大森林7

「あのユニコーンの被害者に意図的にさせられたんです。マルーンさんのパンはおいしかったですけれど、それはそれ。事前に話してもらえればもっと別の対処が出来たのに、それを怠ったモーブさんに責任を取って頂きたいです」


 知っていたら安易に膝の上になんか乗せなかった。うう、思い出しただけで背筋が……考えてみたら前世でだってそれほど動物との触れ合いをしてこなかったから、嫌いかどうかなんてわからない。

 初めてがもっと可愛い猫や犬なんかの生き物ならともかく、いきなりアレは無い。


「あの、ノアール?」

「あんな気色悪い思いを私にさせたんです。そのくらいどうってことないでしょう?」


 キッと睨みつけたらモーブさんの瞳が揺れた。別に私は変態ではない。画家としてエルフが人間と同じような体つきをしているのか興味があるだけだ。うん。

 もうすぐ冬なので厚手で長袖の服を着ている。弓を扱うのだからそれなりに筋肉はついていそうな腕も、見えていない。

 にらめっこ状態に戸惑うモーブさんの背後にマルーンさんがすっと立った。「えいっ」とモーブさんの服の裾をめくり上げ、白い腹部が露わになる。


「母さんっ!?」

「ノアールさんの犠牲に報酬を支払うべきだわ。いいじゃない、減るもんじゃないし」


 外見美少女でも中身はしっかりおかんだったマルーンさん。年齢的には二十代後半くらいの外見のモーブさんが必死で抵抗しているのに「はい、ばんざーい」と幼児のごとく服を脱がされる様は、何だか微笑ましいよりも痛ましい。


 モーブさんの肌の色は白く、それほど筋肉もついていなくてただひょろ長いだけだった。描きがいのないと言うか、面白味のない体つき。病弱な人物や背徳な感じを表現するんだったらいいかもねってくらいに細くて色気も無く、モチーフとして描いても使いどころが限定されそうだ。

 彫刻を主としている紫苑さんは興味が失せたらしく、ぱたりとスケッチブックを閉じた。浅葱さんも軽くため息をついてあさっての方向を見ている。何か失礼だな、この兄妹。


「見ての通り、この子はあまり筋肉のつかない体質なのよ。その分魔力に長けているんだけどね。だから肉体的なモデルには向かないかも」

「なんていうか、ごめんなさい。でもせっかくだから―――」

「描かなくていい描かなくていいっ。くっ、これだから人間はっ」


 モーブさんは頬を紅潮させながらマルーンさんから服を奪い返して急いで着ている。こうやって種族の溝は作られていくのね。……なんて言っている場合じゃない。


「本当にごめんなさい。でも、肌がきれいでうらやましいですよ?」

「や、ノアちゃんそれ却って傷つくって」


 男性に対してはあまりフォローにもならない言葉だと浅葱さんに突っこまれた。おろおろしているうちにモーブさんは部屋を出て行ってしまい、マルーンさんが苦笑する。


「照れているだけだから大丈夫。本心から人間を嫌っているわけじゃないわ。そろそろ寝る時間ね。明日も早いと聞いているし、今日はこれでおしまいにしましょうか」


 キリが良いとばかりにマルーンさんと紫苑さんは退出し、先生が入ってくる。

 一日いろいろありすぎて疲れたのか、思い返すこともなくあっという間に眠り込んでしまった。



 本来ならばもっと日数をかけて数多くのユニコーンを描きたいところだけれど、何せコンクールまで時間が無い。次の日の朝、荷物を馬車に積み込んだりして帰り支度をしていると、モーブさんとマルーンさんが見送りに来た。


 昨夜あんな仕打ちを受けたにもかかわらず、モーブさんはユニコーンの角の持ち出し許可状を書いて持ってきてくれた。もちろん不機嫌そうな顔だったが、拒否もせず約束を守ってくれるのは本当に律儀と言うか……。


「有難うございます」


 筒状に丸めてひもで結んだ許可状を受け取ろうとすると、そのままがしっと腕を掴まれた。モーブさんはとても怖い顔をしている。……はっ、まさか昨夜の責任とれとか言うつもりじゃ……

 モーブさんは首からぶら下げている袋を示した。


「その首元の人魚の涙に今回はユニコーンの角。魔力を帯びた素材を集めて一体何をするつもりだ?」

「私、見せてませんよね?」

「漏れている魔力で分かるほどのものだ。言え」

「私は画家なので絵を描くだけですけど?画材になったらいいなとは思いますが価値の高い物ですし、何だかもったいなくて」


 何かとてつもない魔法陣を描く為の原料だったりするのだろうか。モーブさんの言いたいところが理解できないので顔をじっと見ると、掴まれた腕をぱっと離された。ひらひらと手を振りながら、ため息をつかれてしまう。

 ―――本当に、何か問題でもあるのかな?


「いい、いい。聞いた俺が馬鹿だった。大した事じゃない。気にするな」

「そうは言われても、気になるんですけれど」


 首をひねっているとスマルトさんに早く馬車に乗るよう急かされる。見れば私を除く全員が既に乗っていて私を待っている状態だった。慌ててトープに引っ張り上げてもらいながら乗り込むと、マルーンさんが御者席に座るスマルトさんに声を掛けた。


「また遊びに来てね、スマルト」

「ああ、次に来る時は一人でゆっくりするつもりだからなァ。そっちもその心算でいてくれ」

「来なくても良いぞ。迷惑だ」


 まるでお盆や正月に帰省した実家でのやり取りみたいな光景だ。憎まれ口を叩きながらもモーブさんが少し寂しそうに見える。二人とも村の入り口からいつまでも手を振って見送ってくれたので、偶然馬車の後ろの方に座っている私もアトリエを代表して両手で大きく振り返した。

 ……決してユニコーンの一件以来、普通の馬まで怖くなったわけから後ろの方に座っているわけでは無い。



「スマルトさん、モーブさんのお父さんていないんですか?」


 あの家の中では何となく直接は聞きにくかったことをスマルトさんに聞く。長い付き合いのようなので何かしら聞いているだろう。

 両親がそろっていた前世なら、きっと何の悪気も無しに本人にしてしまった質問。孤児だからこそ出来るようになった気遣いかもしれない。

 亡くなった。別れた。もしかして出稼ぎに出ているだけなのかもしれないけれど、それだってもしかしたら良い家庭状況ではないのかもしれない。だって生活を見る限りお金がそれほど必要には見えないもの。


「モーブの父親は人間だ。何十年も昔、あいつが成長しきる前に寿命で亡くなったらしい」

「言葉の端々に人間を見下すような感じがするのはもしかして―――」

「あいつもあいつで心の内にいろいろ抱えてんだろうなァ」


 寿命の違う種族のカップルの話はこれで二組目。人魚のシアンさんは諦めて、エルフのマルーンさんは結ばれた。

 どちらが幸せかなんて当の本人でないと分からないだろう。マルーンさんから伴侶が先に逝ってしまった不幸さなんて全然感じられなかった。

 でも、モーブさんはスマルトさんの言う様になんて言うか……納得できていない部分もあるんだろうな。


 傍らにあるユニコーンの角を見る。今回の旅でユニコーンとエルフ、ファンタジーな生き物に二つも接することが出来た。どちらも、どこか人間臭い感じがする。そんなことを言ったらガガエもシアンさんもそうなんだけど。


 外見だけが違っていて中身が似通っているのなら、私が人間以外の者を好んで描くのはどうしてだろう。それにこれって見た目の差別にならないのかな―――


「……っと、もう関所が見えてきたぞ。帰りはやっぱり早いな」


 思案に暮れる間もなく、馬車が関所に到着した。時間にして十数分程度かな?


 ここから先、馬車に乗って帰るのはスマルトさんだけだ。他の皆はアスコーネ領の領都アンツィアまで魔法陣で移動し、そこからディカーテまで馬車に乗って帰る。時間がかなり短縮され行きと違っておそらく今日中には帰れるだろう。スマルトさんの荷物以外を皆で手分けして持って、馬車を下りた。

 浅葱さんが受付で全員分の手続きをしつつ、こちらも手荷物検査を受ける。ユニコーンの角の許可状にばこんと大きなハンコが押された。


「ここからまた一人旅か……ノアールも乗っていくか?」

「お断りします。トープ、転位の魔法陣ってどこにあるの」

「こっちだ。一瞬で切り替わるからな、驚くぞ」


 早く帰りたい。冷たいようだけどスマルトさんを見送ることもせずに荷物を持ってぞろぞろ歩く。

 関所の他の部屋とは雰囲気が違う一画に二つの魔法陣が有った。どこかへ行く魔法陣と、どこかから来る魔法陣。この部屋だけは神殿の管轄らしく、傍でエルフの神官が待機している。

 教室ほどの広さの大きな魔法陣は既にうっすらと光を帯びていた。先生が神官に名前と行き先を告げると「お待ちしておりました」と言ったから、おそらく来た時に戻る予定を告げていたんだと思う。


「宙に浮いていると置いてかれる可能性があるので、妖精はどなたかに接触していてください」


 ガガエがペタリと私に張り付いたのを目で確認し、神官が床に刻まれた魔法陣に魔力を注いでいく。視界が光に覆われたかと思うと、全く違う物に切り替わっていた。

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