元老院
呼ばれた部屋は昨日通された応接間ではなく、玉座のある謁見の間だった。
パーシモンさんだけでなく、ウルサンと六人の貴族がいた。
動きやすそうな服装の人が多いイーリックでは異質な、大きな布地を肩から掛けたり、細かく編み込まれた腰ひもでまとめたりする様なゆったりした服装の人たちばかりだ。中年からかなり高齢と年齢はまちまちで、見るからに女傑と言った風貌の人も含まれている。
もしかして、元老院の方々?聞いていないとイーオスを見るが、彼は何食わぬ顔をしたまま私たちを案内するだけだった。
「陛下の命により、画家ノアール並びに騎士カーマインをお連れしました」
「ご苦労。元老院の申し出により同席を許可することにした。ノアール、昨晩あったことを詳細に話しなさい」
イーオスの呼びかけに答えるのはウルサン。パーシモンさんは口を開かず真っ直ぐ私たちの方を向いたままだ。金狼亭のおかみさんによく似た豊かな表情が、一切消えて冷たい印象すら受ける。
着ているものだって決して華美ではないが、女王にふさわしい服装になっている。
トープにはああ言ったものの、全く気にせずにいるのは私には無理だ。
―――ノアールの、母親かもしれない人。中身が七月(わたし)であることに、ほんの少しの罪悪感を覚える。
「ノアール?」
「あ……と、失礼いたしました」
私は医者にも話したものとほぼ同じ内容を、元老院の面々とパーシモンさんに話した。
屋台で買ったお焼きを上げたこと。けがをしているようだったので魔法陣で回復させようとした事。今までに何度も使っている魔法陣だったのに、意図せずあのような事態が起きたこと。
こちらを見下すような素振りはせず、真摯に話を聞いている。意外にも、平民に対しての心構えが出来ている人達だった。
家族の中を無理やり引き裂くような人達には見えない。きっと、自分達では変えられない昔からの決まり事なんだろう。
話し終えると、今度は元老院の人からの質問タイムとなった。
「そのお焼きとやらを食べてみて体に異変があったりしなかったかね?」
「ええ、特には。ここに居るカーマインも食べましたが」
「魔力に変化が起こるようなことはありませんでした」
「ふむ、念のために調べてみるか。外の屋台だったな」
元老院直々に取り調べをするのは物凄く違和感がある。普通ならフォルカベッロの警察的な役割をする組織に呼ばれるはずだ。
それも、パーシモンさんと繋がりを持ってしまったからかもしれない。
元をたどれば、私がゴーレムの絵を描きましょうかと言ったのが原因だ。商売っ気を出したのが仇になってしまった。
貴族による質問が次から次へと繰り出されていき、私はそれに答えていく。
「魔法陣はどこで学びましたか?」
「バスキ村にいる元神官のネリと言う人から教わりました。魔力を貯め込まないようにと、日常生活で使える簡単なものをいくつか」
けがを治すもの、絵に組み込めるおまじない、それから護身用の雷。お風呂に入れない時の洗浄魔法など、基本となる文字をいくつか組み合わせて使える、初歩中の初歩ばかりだ。
それを正直に話すと、魔法陣について聞いた人はううむと唸ってしまった。
「陛下と親子関係であると言う噂があるが、それについてはどう思うかね?」
「私も先ほど初めて聞きました。陛下のお子様の誕生日の属性をお聞きしてもよろしいでしょうか」
自分で聞いておきながら、答えて欲しいような欲しくないような、妙な緊張感を覚えた。イーオスの言う通り、確かにここまで成長したら関係ないような気もするけれど、自分のルーツを知るには大切な事だ。
私はパーシモンさんに直接聞いたつもりだったが、代わりにウルサンが答える。
「確か橙と緑の日生まれでしたな」
「……残念ながら私ではありません」
私は無意識に息を止めていたようで、気づけば大きく吐き出していた。
「あなたの属性は何ですか?」
ここで闇と答えれば闇の属性を組み込んだ魔法陣を使われてしまう。元に戻るか確実でもないのに、死ぬほどの苦しみを兵士に与えることになる。
嘘を、つこう。
どうせパーシモンさんと鬱金にはばれている。拳を握りしめて真っ直ぐに玉座を見つめながら答えた。
「紫、です。画家なのでこれ以上ない属性だと自分でも思ってます」
「紫の属性がゴブリン化した兵士に回復を使ってもなんともなかったな」
「振出しに戻るか。神殿に頼らず元に戻せればと思っていたのだが。他に彼女たちに問いただいしたいことがあるお方は居りませんかな」
割と雰囲気の柔らかい方が多い中、一人だけ武人のような雰囲気を醸し出す人が一人。声を出しただけで場が引き締まるほど、重圧感のある低音ヴォイス。
「そちらのカーマインとやらはヴァレルノでは国家反逆の罪を犯したと聞く。貴女ではなくそちらがやったのではないか」
入国した時には広がっていなかった情報が、やっと伝わったのだろうか。それとも中枢部ではかなり前から手に入れていたのだろうか、分からない。
けれどその情報をここで持ち出されるのは、かなりの痛手だった。
「私は平民ですが彼は元貴族です。安易に魔法陣を使ったりは致しません」
「どうだろうな。わしの孫娘を騙したようにそなたを利用しているのではないのか?」
孫娘……?
私は横にいるカーマインを見るけれど、カーマインは首を振った。身に覚えが無いらしい。シャモアさんと言い王女と言い、ちょっと女運無いんじゃないの?
「テスケーノ領のシャモアだ。覚えてすらいないと抜かすか」
と思っていたらシャモアさんのおじいさんだった。当然カーマインは凍りつく。私は慌てて答えた。
「あれは元々あちらの勘違いだと聞いてます。それにカーマインの置かれた状況を話したところあちらからお断りされました」
「自領の兵士を魔法陣で殺したと聞く。戦争を共に戦った仲間を裏切るようなまねをする輩をかばうのなら、そなたも同等とみなす」
「あなたがそこまで知っているのに、シャモアさんはどうしてご存じなかったのでしょう?それにその情報も真実ではありません」
「問題をずらすな。彼なら一人くらい殺すなどわけないだろうと言っておるのだ」
「まだ死んでません。本当に回復させてあげたいと思っただけなんです!」
確かにあわよくばちょっと描かせてもらいたいなとは思ったけれど。殺人の濡れ衣を私やカーマインに着せられるのは納得できない。
言い合いが暫く続いて間が空いた時に、パーシモンさんの声が発せられた。
今までに聞いた事の無いような、女王として威厳のあるものだった。
「彼女らは逃げることなく出頭した。信頼するに値する人物だと感じる」
「ですが……」
「名声が欲しいのならば宮廷画家の仲間入りを申し出るだろう。傷つけるのが目的ならば逃亡するはずだ。一番大事なのは魔法陣を使われた者の命。戻った兵士が生き延びればそれでよい。原因も分からないのなら彼の意識が回復し、事実であることが確認できれば不問にしよう」
淡々と言うパーシモンさんに頭を下げて元老院は従った。もちろん、シャモアさんのおじいさんも。
パーシモンさんの言葉を実行するべく、話し合いが行われる。
「回復するまで行動はフォルカベッロ内と制限をつけるとして、見張りはどうしますか?」
「腕の立つ者を付けた方が―――」
「だがゴーレムを倒した者だぞ」
「攻撃や逃亡の意思が無いのだから誰でも良いのでは?」
「イーオスをつけよう。既に見知った彼ならば傷つける事も撒く事もしないはず」
パーシモンさんの鶴の一声が出た。イーオスは慌ててそれを拒む。
「待ってください。私は仕事がありまして……」
「陛下の命令だ。大人しく従え」
ウルサンにまで言われて、イーオスはがっくりとうなだれた。
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