可能性

 渋面を隠そうともしないイーオスとの再会となった。


「全く、どうしてあなたは我が国で問題ばかり起こすのですか。画家は画家らしく絵だけを描いていればよかったのに」


 正論過ぎてぐうの音も出な……ちょっと待って。


「絵の件を問題にしたのはあなたの方だと思います。私はパーシモンさんに絵を売ろうと―――」

「その話を蒸し返す程、私は暇ではありません。陛下がお呼びです。今回の件について詳しく話を聞きたいと」


 むう、一方的に悪者にされるのは釈然としないけれど終わった事をこっちだって議論するつもりは無い。

 けれどゴブリンに魔法陣を使った件は、やっぱり個人の問題では終わらない様だ。

 イーオスとはちょっぴり馬の合わなそうなカーマインが、茶々を入れる。


「随分と耳に入るのが早いんだな。一兵士に魔法をかけただけの話だろ」

「我が国の民は優秀なので陛下の目となり耳となるよう皆が普段から心がけているだけです」


 カーマインがふいっと医者を見る。昨日周りにいたやじ馬かこの医者しかいない。両手を上げながら、医者は白状した。


「察しの通り、俺が報告した。患者が死んだら魔法を使った殺人罪。ただでさえ魔力を持った平民が増えてきているのにそんなことをする奴がいたら大問題になる」

「殺すつもりでは―――」

「だとしても結果は結果だ。壁の向こう側のヤツらはもっと大騒ぎするだろうさ。陛下と懇意なら元老院よりも先に陛下に知らせるのが筋ってもんだろ。お前さんたちにとっても一番いい方法を取ったつもりだ」

「元老院?」


 あまり聞き慣れない言葉が出てきた。ヴァレルノに居た頃だってそれほど政治に詳しかったわけではないのに、他の国の上層部の事情を知るわけがない。

 無知を咎められるかと思ったのに、暇では無いはずのイーオスは意外にも説明してくれた。


 この国の創世期には加護持ちは貴族から生まれていて、何の問題も無かったそうだ。その頃には既に鬱金の先祖も居り、選ばれた者に対して異を唱える者もいなかった。

 けれど、とある代で黄色の狼は平民を選ぶ。文字の読み書きさえ出来ない農民で政治を全く知らず、貴族からは当然反発が起きた。

 急ごしらえながらも王に教育を施そうとする者、加護持ちは迎え入れるが国王以外の特別な地位を用意するべきとする者、制度自体を見直すべきだとする者。

 幸いにして加護持ちを殺害しようとする愚かな者は現れなかった。そんなことをすれば大地からの恵みは途絶え、鬱金もこの地を去る可能性があったからだ。


 長きにわたる話し合いの末、貴族たちで構成される元老院が設立された。高齢で当主を引退したり、能力があっても家を継げない者達が集められて政治を行う組織だ。

 

 例えば先の戦争ではたくさんの民間人が参加したけれど、正規の軍隊だってイーリックには存在する。ただしそれを動かすのは国王だけではなく元老院の承認も必要となる。国境に近いミリア村出身のパーシモンさんは全ての軍を一度に北へと向けようとして、元老院がそれを止めた。

 パーシモンさんの気持ちはわかるけれど、それが国家としてまずいことぐらい私にもわかる。他の村や町、このフォルカベッロだって守らなくてはならない。

 飽く迄、平民からも選ばれる国王へと助言する為の機関。けれど、この元老院が無ければ政治が回らない事も多いのは確か。

 国王と敵対して疎かにする機関ではないと、イーオスに何度も念を押された。


「絵画の取引は一度きりだと思っていましたし、そこまで念を押されなくてもパーシモンさん…様に深くかかわるつもりはありません」

「あなた達がそう思っていても向こうはそうではありません。そしてあなた方が元老院に対して敵意を見せれば陛下の立場が悪くなります」

「私は只の画家なのに」


 いまいちピンとこない。せっかくの御縁だもの、仲良くしたいとは思うけれど相手に迷惑がかかるのならば関係を断つのだって別に厭わない。医者が呆れた声を出した。


「出身地であるミリア村から国王が連れて帰った画家。ゴーレムを一人で退治した騎士。自覚が無いかもしれないが、お前さん達はかなり注目されているぞ。特に画家の方は生き別れた娘なのではと邪推する者もいる」


 思わぬ情報に私は目を見開いた。


「ちょ……ちょっと待ってください。どこからそんな情報が、と言うか私達、もしかしてイーオスさんが息子なのではと思っていたくらいなんですけど」

「私の父はウルサン、母は貴族の娘だ。人の生まれを勝手にねつ造するな」

「だって私の父は……あれ、でも。だって―――」


 エボニーだって実の父親ではなかった。エボニーに引き取られる以前の事は記憶になく、どこから来たのか当時のカーマインでも調べがつかなかった。

 てっきり親はヴァレルノ国内の誰かだとばかり思っていたけれど、確かに他の国出身だってあり得る。


 黙り込んでしまった私を医者は訝しむ。


「おいおいおい、なんですぐに否定できないんだ?画家なんてやってるくらいだからそれなりの家の生まれだろ」

「俺ら、孤児なんですよ」

「……なんてこった」


 代わりにトープが答えると、医者は呻いた。自分が付きとめられなかったものをはっきりさせておきたいのか、カーマインはイーオスに矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「パーシモン様の元夫は再婚し、子供には新しい母親がいると聞いているが、違うのか?子供についての詳しい情報は?」

「陛下が玉座についたのは十五年前。当時娘は二歳で名前はネラ。髪の色は父親と同じ黒。陛下には伏せてあるが所在が追えたのは五歳までで、それ以降は両親が死亡し行方知れずだそうだ」

「誕生日の属性は?」

「平民で魔法も使えないようだったからそこまでは…だが髪の色が違うから別人だろう」


 イーオスが私の白い髪を見る。


「ノアールは子供の頃、記憶を失う程のひどい目に合って白くなった。元々黒髪だ」


 カーマインが答える声が酷く遠くに聞こえる。ノアールと言う名前だって、もしかしたらエボニーに付けられたのかもしれない。

 それ以外の条件が当てはまりすぎていた。思わず鳥肌が立ったので二の腕を温めるように擦る。これで闇の日生まれだったら、ほぼ確実だろう。


 ガガエを連れてくれば良かった。そうすればきっとすぐにわかるのに。


 パーシモンさんを母として認識した後は、どうする?何を話す?

 母親かも知れない人に会えるのは悪いことではない。寧ろ嬉しいことのはずだ。でもそれが相手の足を引っ張るようであれば私は一生知らなくてもいい。

 ゴーレムの絵だって、いろいろ勘ぐられる原因になるかもしれない。その上、聖地に連れて行かれたと知られたら。あ、でも国王と鬱金しか知らないのか。


 それと、もう一つ。


 画家としての活動を反対されるかもしれない。逆に宮廷画家として取り上げられるかもしれない。もっと普通に幸せになりなさいと、言われるかもしれない。自分の仕事を手伝うように言われるかもしれない。親とはきっと、そう言うものだから。


 イーオスが不思議そうな声を出した。


「もう既に成人しているのだから誰が親でも関係ないだろう。何の問題がある?」

「……え?」

「確かにこれがよその国の話であれば、そして本当に陛下の娘であればあなたは王女として扱われなければならない。だがパーシモン様は一代限りの王だ。玉座についた時点で既に親子の縁は切られる。今回の件だって陛下に責が及ぶことは全く無いはずだ。統治者として状況把握の為に呼んだだけだからな」


 イーオスの言っているのは確かに正論だ。理屈だけで感情を全く考慮していない。自分の子供と同じくらいだからと言う理由で、全くの他人に親切にする人だっているのに。


「そんなことを言っているんではなくて―――」

「なあ、ノア。俺らを育ててくれたのはマザーだろ。実の母親が出てきた途端に今までが全部無くなるのか?」


 トープが寂しそうな顔をしている。不思議と寒気は止まった。

 そうだ。どんな人が親だとしてもバスキ村の孤児院のみんなが家族だって胸張っていればいい。今更出て来られても困るだけだ。


「無くならないよ。誰が親だったとしても私のお兄ちゃんはトープだ」


 うじうじした考えを吹き飛ばすように、私は笑って見せた。バスキ村だって今ではすっかり故郷になっている。

 イーオスがわざとらしく咳払いをした。


「とにかく陛下が呼んでいる。親子かどうかは別件として、今は昨夜のゴブリンに掛けた魔法の話だ」

「それは全員が行かないといけないのか?ラセットとトープは魔法についてはくわしく知らないし、出来れば旅の準備をしておいて欲しい」


 カーマインが先の事を考えているようだけど、すぐに終わるかな。もう一度牢屋に入る羽目になるかもしれないから、二手に分かれるのはいい方法だと思う。


「構わない。魔法を使った本人だけでもいいのだが」

「また牢にぶち込まれる可能性だってあるからな。俺もついていく」


 皮肉を言われたイーオスは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 病院から出ていく時に、カーマインがラセットに指示を出す。


「ガガエの目が覚めたらこちらへ寄越してくれ。万が一の時には連絡係になってもらおう」

「了解しました」


 こうして私とカーマインはトープ達と別行動となった。

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