殺し屋
巡回の看護士が立ち去った後、警護のいなくなったスクワルの病室の扉が音も無く開いて、人影が入ってきた。その数、三人。顔が見えない様に覆面をしていて、隠密活動に向いてそうな黒い服を纏っている。
むき出しの刃物がわずかな明かりを受けてきらめいた。
三人は辺りを見回しながら、おもむろにベッドに近づくと、一斉に横たわるものを突き刺す。何度も何度も。が、感触となかなか滲まぬ赤に違和感を覚えたのか、一人が布団をめくり上げた。
そこにスクワルの姿は無く、ただ、枕が一列に並べてあるだけ。
たじろぐ暗殺者に、彼らとは別の人物から声が掛けられる。
「こーんばんは。あーあ、遠慮なく突き刺しちゃって。布団一式にベッド代。壁の外の病院としてはかなりの痛手だと思うけど」
部屋の隅で気配を消していたカーマインが言葉を発すると、三人は一斉に振り向いた。彼らもそれなりの心得があるはずなのに、差が歴然であることが私にも分かる。
スクワルが覚醒したとの連絡は、パーシモンさんと元老院に今日の内に伝えられた。ただし、面会は医者の提案で翌日となり、スクワルは今、イーオスと入れ替わりで馬車屋敷にいる。
理由は二つ。一つは体調の考慮。やはり寝たきりの状態が一月以上続いたので、動作に差支えがあるそうだ。陛下の御前に出るのにこの体ではとスクワルが委縮していたが、おそらく明日の午後には呼び出しがかかるだろう。体調を整えつつリハビリの時間に当てられた。
もう一つが病院でスクワルを調べていた不審者のあぶり出しだ。まさかいきなり暗殺に持って行くなんて思ってもいなかったけれど。
もちろん、スクワルの移動は誰にも報告していない。運び出すにもちょっとした荷物を装って誰にも知られないようにした。
警備が手薄になったように見えたのだろう。早速のお出ましだった。
「スクワルをどこへやった」
「保護されているよ。君たちはシャモアの関係者?」
「誰が話すか」
カーマインが彼らを逃がす気が無いと悟り、三人は一斉に攻撃を仕掛ける。けれど、一人用の病室なので人数の多さは逆に仇となっていて連携がとれていない。
それでも動きは俊敏だけれど、カーマインは易々とそれを避けながら、或いは剣でいなしながら話す。声だけ聴けば戦いながら話しているだなんて思えない程、のんびりとした調子だ。
「元老院の誰かかな。それともまさか、アスワド?」
「くっ」
誰かの名前で反応してくれれば分かりやすいのに、暗殺者たちは攻撃に必死だ。
それにしてもどうしてヴァレルノの第二王子の名前がここで出て来るんだろう。確かにあり得なくは無いけれど、他国を旅しているカーマインを狙っても何の得にもならないはずだ。
「神殿が把握していない治療術を封じ込める為だったりして」
カーマインが言いながら、剣を突きだす。避けそこなった暗殺者の腕を掠め、布地が切り裂かれた。
動揺しているのかな。まだわからないかも。
「でも医者は神殿も知っている方法だって言っていたな」
「馬鹿な、闇属性がそう簡単に使えるはずが―――」
「だから赤は馬鹿って言われるんだよ」
うん、犯人は神殿確定。
ちょっとだけほっとした。シャモアさんが元婚約者を殺すだなんて、まさかそこまでするような人には見えなかったから。
カーマインは剣の柄で暗殺者を殴って、次々と気絶させていった。
どさっと重たい音が三つした時点で、暗殺者たちが開けっ放しにした扉から医者がひょこっと顔を出す。
「終わったか、御苦労さん。神殿が犯人なら俺も消されるのかな」
部屋に入るなり、縄で暗殺者たちを縛り上げている。後ろに回させた腕にぎゅっと力を入れて縄をかけていく様子に、迷いが無い。
「やけに手際が良いな」
「治療代を暴れて踏み倒そうとする患者もいるからな。荒事になれてなきゃ壁の外で医者なんかやってらんねぇよ」
「一体どんな風に報告したんだ?」
「言った通り奇跡が起きたと報告したんだが。宗教団体の癖に神の奇跡を信じないのかねぇ」
医者は肩をすくめた。
奇跡が起きたと本当に報告されたのなら、検証をする為に神殿から誰かが派遣されてくると思う。カーマインもそう思ったのか、胡乱な目で医者をじーっと見た。
視線に耐え切れなくなった医者はため息を大きくつく。
「俺だけのせいじゃない。お前ら、少し目立ちすぎだ。泳がされているだけかもしれないと肝に銘じておけ」
「……忠告、感謝する。ノア、ガガエ、もう出てきてもいいよ」
「はぁい」
私は魔法円の外へ一歩踏み出す。姿をくらまし、身を守るための魔法陣の一種でカーマインが描いた。
手のひらに乗せて一緒に隠れていたガガエが、スーッと暗殺者たちに寄っていく。
「うん、神殿関係者で間違いないよ。ミリア村で王さま誘拐しようとしたヤツらと同じ縁を持ってる」
「便利だな、このちっこいの。患者の身元が分からない時に欲しいな」
「んーん。僕は飽く迄、縁を感じ取る程度だからそれは無理だよ、お医者さん」
暗殺者たちが誰の手先か分からない時の為に、ガガエを待機させるのは、まあ、当然だ。
どうして私までもがこの場にいるかと言うと―――
描くために決まっているじゃない。
「暗殺者って言っても、動きやすいってだけで特別な服を着ていないんだね。鎖帷子(くさりかたびら)とか着てないんだ」
「音が鳴るから暗殺には向かないよ。ってノア、気絶している人の服をめくるのは止めなさい」
「神殿なんだから魔法陣ももっと使っているかと思ったけど……」
黒い何の変哲もない服。寒さ対策の為に重ね着はしているみたいだけど、中も黒い服。顔の周りを黒い布で巻いて目だけが出るようにしている。せめて忍者みたいな恰好をしていたら描く気も起きたのに。
……つまらない。
取り敢えず一人だけ描いたけど、かなり雑だ。
「がっかりだよ、殺し屋さん」
「絵に描かれると思わないだろうし、お洒落な暗殺者ってのもなぁ。連れてってもいいか」
「はい、どうぞ」
医者はイーオスから派遣されたもう一人の警備担当と、地下室へ連れて行った。明日の朝、明るくなってから町の警備兵に突きだすらしい。
神殿とは別の派閥から誰かが差し向けられるかもしれないので、またしばらくガガエと一緒に魔法円に入る。
カーマインから私は見えない。けれど会話は出来た。
「カーマインが神殿を嫌がるのってさ……」
「うん?」
「カーマインが、赤だから?」
普通に外で生活している分には、加護持ちだろうが七色のどれかだなんて注視されるものではない。精々が誕生日や扱う魔法の属性に関わる程度で、色の派閥みたいなものはほとんど無い。
これが神殿で一括りにされると、どうやら赤は理性的ではない戦闘狂みたいな言われ方をするらしい。
「グラナダみたいにまともなヤツがいるのは分かっているんだ。でも会うのは大概こんなのばかりでさ。勧誘されているけれど、馬鹿の仲間入りしろって言われているみたいで。差別意識は持たないようにしても、こう何度も続くと、ね」
カーマインは自分の髪を指先で弄った。
「この髪の色も、だから嫌いなんだ」
この世界で私が初めて見た色を、綺麗な赤を、カーマインは嫌いだと言う。
少し、寂しい。
「私ね、孤児院に入って最初に作ろうとした絵の具、赤色だったんだよ」
「……それって―――」
カーマインの言葉を遮るようにして、ふっと、影が入口から入ってきた。
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