鬱金のおもてなし

 言い争いを始めてしまった彼らを余所者である私達が止められるはずも無い。見覚えのある城の出入り口がすぐそこに見えているのに。しかもここは部屋でも何でもなく、只の廊下だ。

 通りかかる騎士や侍女たちも横目で見ながらもぺこりと会釈をしていくだけ。


 始めは落ち着いて話し合いをしていた二人の雲行きがどんどんと怪しくなってくる。


「でもね、だからと言って絵を取り上げた上に牢屋にぶち込むってのは酷いと思うんだけど」

「ですから、陛下を謀った証拠品として押収したまでです。ウルサンにも反対されたのでしょう?買い取りの余裕はないと」

「私が絵を描いてと頼んだ時に目安の金額も提示されているのに、払えないから詐欺だと難癖つけるのはどう考えてもおかしいでしょう。それよりも高い値段をふっかけられたわけでもないのに」

「絵を返したらまた同じような手口を使うかもしれません。犯罪者を野放しにしておけば陛下が困るでしょう!大体……」

「絵を描いて貰っただけなのに!どうして……」


 声が段々と大きくなり、埒が明かない。

 二人の顔を見比べてみる。これといった特徴が無くて、親子かどうかなんて判別は出来ない。客の扱いが雑なのはそっくりかもしれない。

 ううん、この城全体がおもてなしに慣れていないような気がする。見かけたらすぐに声を掛けるミリア村の人や金狼亭のおかみさんを少しは見習えばいいのに。


 鬱金がまるで人間の様にがふぅとため息をつく。……あ、そうだ。


「鬱金、ちょっと描かせてもらっても良いかな?」

「がう?」

「鬱金なら絵に描いても差し支えないと思うんだ。黄色の狼なんて描く機会、滅多に無いからね」


 ゴーレムの絵でこれだけもめるのだから、鬱金の絵を仕上げたとしてもパーシモンさん達に売るつもりは無い。これは完璧に私のコレクションになる。

 出入り口の手前の広場、玄関ホールのような場所で通る人の邪魔にならないように気を付けながら描く。本当はお城も描きたいのだけれど、政治的にも文句がつけられそうだしなぁ。スパイだとか城内見取り図を描いているだとか言われそう。

 立ちながらスケッチブックに描いているので、流石に色付けまでは出来ない。形を自分の中にはっきりと刻み付けていくだけだ。


「綺麗な毛並みだよねぇ。ミリア村の小麦畑を思い出すよ。黄色の女神よりも豊穣を司っている感じもするね」

「がふ……?」

「双子だからその辺りは似通って来るんだろ。おー、なかなか美人さんに描けてるね」


 カーマインが後ろから覗きこんだ。トープもガガエも傍にいて、パーシモンさんとイーオスの二人は未だに言い争っている。声を聴く限りでは話は全く進んでいない様だ。


「美人さんって、鬱金って女の子?」

「女神の化身なんて言うからメスだとばかり思っていたけれど、どうなんだ?」

「がうっ」

「んーっと、性別は無いけれど、その代の王様と同性のつもりでいるんだって」

「がうがうがうっ」

「子孫を作るのにつがいになる必要が無いから、って言ってるよ。僕たちとは違うんだね」


 ガガエが通訳をしてくれた。表情が柔らかいから女の子かなとは思っていたけれど、性別の無い生き物なんだ。それにしても―――

 

「鬱金が一番おもてなし出来てるよね、偉い偉い」


 私がほめながら撫でると、鬱金はくふーっと笑った気がした。

 二人が言い争いをしている内にと思い鬱金のデッサンを急いでしたけれど、一区切りしてもまだ続いている。

 流石に、トープが呆れた声を出した。


「そのまま出て行っても問題ねぇかもな」

「鬱金に許可を取れば大丈夫かな。ね?」


 鬱金に聞いてみたがきゅううんと首を傾げるばかり。ガガエによると、パーシモンさんの意見を尊重したいけれどそれは私たちを見送る結果になって、もう少し一緒に居たい鬱金は何とも言えないそうだ。

 動物に懐かれるのは悪い気はしない。ただしユニコーンは除く。


「そうだね。ここを出たら滅多な事じゃ会えないものね」


 ぎゅうっと思わず鬱金に抱き着いていると、男性の声がした。


「おや、ここで何をしているのですか」


 通りがかったウルサンが声をかけてきたらしい。険の無い落ち着いた声はやはり王の執事と言うだけあって、仕える立場でありながら気品が感じられた。

 さて、どこから話そうか。


「イーオスさんのおもてなしを受けたら、牢に入れられてしまいまして。パーシモンさんと鬱金に助け出されてここまで来たのですが、お二方ともあちらで言い合いを始めてしまいました」


 時じくを引き合いに出さず、簡潔に説明しながら未だに言い争っている二人に目線をむける。同じように二人を見ながらウルサンは顔をしかめたが、それも一瞬の事。

 

「主とイーオスが大変失礼をいたしました。少々お待ちくださいませ」


 ウルサンは二人に歩み寄ると、私たちから見えない様に壁の影となる場所へ連れ込んだ。その途端、鼓膜がびりびりと震えるような怒鳴り声が聞こえてくる。


「陛下っ、客人をないがしろにして何をしておられるっ!それでも我が主か!イーオス!主の客を主に無断で牢にぶち込むとは何様だっ!」


 ガガエは耳を塞ぎトープとカーマインは目を丸くして、私は思わずもう一度鬱金に抱き着いた。もしかして事態を更に大きくしてしまったのではと、兵士や侍女たちはいないのか辺りを見渡すけれど、タイミングを見計らったかのようにこの場所にはいない。

 もしかして、日常茶飯事?


「こ、怖ぇぇ、親方より怖ぇぇ」

「老いてなおとは言うが、あれだけ迫力あったらこの城を仕切っているのも頷けるな」


 国王との力関係がアレだけど、その辺りは年の功でうまくやっているんだろう。その後はごにょごにょと声はすれども何を言っているのか分からない状態だがしばらく続き、しょんぼりしたパーシモンさんとイーオス、それからウルサンがやってきた。


「失礼しました。お見送りの段階で待たせてしまっていたとは何とも申し訳ない。今後、困ったことがあれば是非ともご連絡ください。もちろん絵の買い取りなどは出来ませんが」


 先ほどの声の調子からは想像も出来ない程に穏やかな物腰だ。だから、私も遠慮なしに言えた。


「では一つだけお願いが。ゴーレムの絵を確実にイーオスさんからパーシモンさんの手に渡る様にしてください」

「はて、支払いは出来ないと陛下にはお知らせしたはずですが」

「イーオスさんに取り上げられてしまいました。美味しいお茶とお菓子も頂きましたし鬱金も描かせてもらえたので、金額分の経験をさせてもらえたと私は思っています」


 代々の国王と鬱金しか見られない景色を見せてもらえたのだ。五十万だって足りないかもしれない。

 イーオスはウルサンやパーシモンさんよりも後ろに控えているけれど、ウルサンが威圧しているのが良く分かる。


「鬱金も見張り、お願いね」

「がうっ」


 鬱金が元気よく返事をするとウルサンは相好を崩した。


「貧乏になりたくないので叶えるしかないでしょうな。いやはや、絵の件ではかなり失礼な対応を取ってしまったと言うのに懐の広い方々だ。それに鬱金にこれ程好かれているならば、我々も信頼せざるを得ませんな」


 イーオスに釘をさすようでいて、実は信頼されていなかったらしいと言葉から察する。そんなに胡散臭いかなと思いながらも、何の肩書も無い身では多分それも止むを得ないんだろうと考え直す。

 城の出入り口まで出てくると、ラセットがむすっとした顔で馬車の前に居た。辺りはもう既に暗くなっている。


「本当にごめんなさいね。ここは泊まっていってと言いたいところなんだけど」

「無理しないでください。お立場は理解してますから」

「がうがうっ」

「ん。鬱金も元気で」


 短い間に固い絆を結んだらしいガガエが、鬱金の鼻先にひしっと抱き着いた。





「客人を城に泊まらせるのは無理だと聞いてたんで宿をとっておきましたよ。馬車を展開する空き地もなさそうですし。どうせごちそうとか思い切り食べて来たんでしょう?イーリックの豊かな実りを存分に堪能してきたんでしょう?」


 ラセットの拗ねる様な物言いに私達は顔を見合わせた。


「お茶とお菓子はおいしかったよね。あれはある意味ごちそうかもしれないけれど……」

「滅多に食べられないと言う意味では、確かに」

「でも、腹は減ったよな。よし、せっかくフォルカベッロにいるんだからどこかに食べに行こう」


 農業大国の首都であるフォルカベッロにはおいしい食材が集まって来るらしい。それを扱う料理人も育っているので美食の街としても知られる。


「報酬もたんまり貰って来たんでしょう?ここはお嬢さんのおごりですよね」

「ううん、献上してきた」

「……あ?」


 ラセットの顔が面白いくらいに歪んでいる。片眉がおでこをはみ出そうなくらいに上がって、ちょっぴりチンピラみたい。器用だなー。


「何言ってんすか、あ、相手がいくら王様だからって、こっちは生活懸かってんですよ」

「お金より大切なもの貰ったからいいんだよ」

「金より大切な物なんかないでしょう!何やってんすか、主が居ながら、どうして」

「そんなにお金が好きなら、後で鬱金の絵を描いてあげる。御利益ありそうだもんね」

「是非っ!」


 がしっと両手を握られてしまった。予想外の食いつきにたじろいでいると、カーマインが引っぺがしてくれた。

 ラセットがあの聖なる場所に居たらどうしていただろうか。

 情報を誰かに売り渡すか、或いは時じくの香の木の実懐に隠そうとし、持ち出せないと知ってがっくり膝を付くのか。

 偶然にせよ、別行動で良かったと心の底から思った。

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