手がかり
フォルカベッロの街を囲む城壁の内側、富裕層の住む場所には高級なレストラン。
城壁の外側、新市街には大衆食堂や屋台が軒を連ねている。
外側には私たちの使っている馬車を預かれる様な宿屋は無い。一応貴族仕様のものなので、ごたごたを防ぐ為にも宿は城に近い場所にとったらしい。
ラセットがわざとらしくため息をつく。
「報酬をアテにしてたんですけどねぇ。節約のためにも食事は新市街の方にしますか」
「俺はそっちの方が良いな」
「ノアはどうしたい?俺はどちらでも良いけど」
高級レストランを期待していたラセットと、屋台で買い食いを希望するトープ。カーマインは私に意見を求めているけれど、私だって実はどちらでも良い。けれど、贅沢する癖がついても後々大変そうだ。
食べる量を調節できるのは、多分屋台の方。
「素材が良いものなら屋台でも十分おいしそうだから、新市街で良いよ」
「じゃ、歩くか」
貴重品は馬車の屋敷の部分に積んだまま宿に止め、ちょっとした小銭を持って皆でぞろぞろと歩いて移動する。
衛兵はいるものの、開いたままの城門をくぐるといい匂いがしてきた。
屋台では定番の肉の串焼きだけではなく、バーベキューみたいに野菜を焼いている店もある。麺料理や粉もの系。冷え込む夜には、とっても嬉しい汁物や煮物系も。
夜目には眩しい程の明かりが煌々とついていて、まるでお祭りみたいだ。
お店の合間に小さいながらもテーブルとイスが準備されていて、お客さんがそこで食べている。
そんな中で私の興味を引いた物。
「七宝お焼きはいかが?野菜がたっぷりとれて美味しいよ。国内のいろんな産地の野菜が入ってるよ」
「あれ、あれが食べたい。フォルカベッロならではって感じがしない?」
若い女の人の威勢のいい呼び込みは、男の人が多い中で非常に目立つ。七宝お焼きなんて少なくともディカーテやバスキ村ではお目にかかったことが無いし、ミリア村にもなかった。
「夕食なんだからもう少しボリュームがある方が…肉とか」
「うん。馬車の中だときっちり料理された物が多いし、こう、野性味あふれる肉ーって感じのが食いたいよな」
トープとカーマインはお肉が食べたいらしい。お焼きも結構ボリュームはあると思うんだけど。でも、二人の言うことにも一理ある。
馬車の中の料理人マリクが作ってくれる肉料理には、塩コショウでただ焼いただけの物なんてない。下味から手間が掛けられて肉の臭みも消され、丁寧に調理されたものしか出ない。
健康にも気遣われ、馬車の移動を考慮した量なので私にはちょうどいいけれど二人には物足りないみたい。
別の店を覗こうかと思ったタイミングで、お焼きの店のお姉さんから声がかかる。
「お嬢さん、うちのはチーズ入りもあるよ。持ち帰りできて冷めてもおいしいし夜食にも向いてるよ」
「な、なんと!」
チーズはやばい。きっとお焼きの真ん中でとろりと溶けて……ああっ、もう我慢できない!
「取り敢えずチーズ入り四つください」
「はいよっ!四つで千ルーチェね」
後ろでカーマインたちが苦笑する気配がする。受け取ったお焼きは焼き目のついた平べったいお饅頭みたいだけれど、ずっしりと思い。
空いているテーブルを見つけて適当に座る。場所を決めた後は入れ替わりであちこちの店へと買い物に行った。
一口齧り付いて見てみた中身は根菜や葉物野菜、豆などが入っていて彩り豊か。青と藍の区別が微妙だけれど、きちんと七色入っている。少しだけ塩気を利かせてある分、野菜の甘みもとっても引き立って美味しい。
無論、チーズは絶品。橙の女神の恩恵を共に感じながら、まったりと味わった。
「綺麗だねぇ。美味しいねぇ。幸せだねぇ。ベルタ達にも買っていこうかな。あ、あと夜食にも欲しいかも」
「それほどか。……俺も食うかな。ノアもこっち食っていいぞ」
「うん、ありがと」
「あったまるよ!七色の麺だよ」「七色団子、甘くてうまいよ!」「試食してみるかい?」
掛け声があちこちで聞こえる。遅い時間にも拘らず閉まる店は少ない。不夜城なんて言葉が頭に浮かぶけれど、割と表通りしか通っていないのでいかがわしいお店は見かけてない。農業大国だから朝も夜も早いと思ったのに、フォルカベッロは例外のようだ。
「旦那ぁ、ミリア酒買ってきましたよ」
「いやそこはせっかくだから別のにしとけ」
「何でですか。うまかったでしょ、ミリア酒」
「現地でさんざん飲んできたんだから、この辺りの特産を買うべきだろ」
「じゃあ、あっしが全部いただきますねぇ。くせになるのど越しなんですよねぇ」
「待て、飲まないとは言ってない」
あちこちの店で買った食べ物をテーブルの上に広げ、交換したりしながら食べる。ミリア村の収穫祭と比べても規模が大きい上に、ほぼ毎日屋台は出ているらしい。
豊穣の大安売り。女神様ってば気前がいいのねと、丁度空に浮かぶ橙色の月を見ながら思う。
「あ、そう言えばパーシモンさんに親子かどうか聞くの忘れたね」
「あれは、かもしれないってだけだ。顔が似ているかと言われてもなかなか分からないもんな。ガガエはその辺り、分かるのか?」
お酒を密かに狙うガガエに、カーマインが聞いた。
「んー、野暮なことは言わないよ。謎は謎のままが素敵なんだ」
「ガガエ、一杯おごろうか?」
「親子の縁は全く見えないね。全くの赤の他人だ」
お酒の誘惑に負けたガガエはあっさりとカーマインの疑問に答えた。親を目標にしてここまでのし上がったのなら、少しはイーオスを見直したのに。
「なぁんだ」
「俺の思い過ごしか」
「イーオスは普通にウルサンの息子だよ。ただ……」
珍しくガガエが言い淀む。
「どうしたの?」
「ん、その内に話すよ。それより、お酒!」
ちっちゃな手でバンバンとテーブルを叩いて催促すると、カーマインはラセットに買ってくるように頼んで、お金を渡した。ガガエがぷはーっと一杯飲み終わったところで、今後の予定について話す。
「どうする?明日出発する?」
「ミリア村では雪が降り始めたらしいから、ここらもすぐに寒くなるだろうって酒屋の店主が言ってましたよ」
「そうなると南か。明日は準備と情報収集に費やして、明後日出発かな」
お腹も膨れ、旧市街の方へと移動を始める。現金なもので、食事が終わって漸く食べ物以外の屋台へも目が向くようになった。
屋台の中には装飾品を売っている店もあった。貴金属などの高価なものではなく、草木で染めた布製品や木彫りのアクセサリ、竹のような植物を編んで作った籠など。民芸品を色々と集めて売っているみたい。
その中で、鮮やかな橙色のストールにトープが引き寄せられた。模様も無く、綺麗に均一に染め上げられている。明らかに女性もので、トープが買うような物ではない。
お店の人に早速声を掛けている。
「これ、何で着色しているんですか?」
「柑橘系の皮で染めてるらしいよ」
柑橘系の皮―――トープは時じくの香の木の実の皮から画材を作りたいらしい。ただ一つしかないので失敗は出来ない。アトリエに送るにも、説明を添えなければならないから自力で何とかする心算なんだろう。
「染料はどうやって作ってるんすか。顔料としても使えますか」
「近くの集落を回って買い集めて売っているだけだから詳しいことは……買い取ったのはここから南へ行ってすぐのカゼルトリって町だ」
「ノア!」
振り向いた時のその顔と言ったら。キラキラと好奇心に満ち溢れた子供のようだ。
「うん、行ってみよう。いいよね、カーマイン」
「ああ、その前に」
カーマインはお店の人からストールを買い取り、私の首にふわりと巻く。
「冷えてきたから巻いておこうね。現物があった方がトープも現地で聞きやすいだろ」
「あ、ああ。それもそうだな。流石カーマイン」
「ん……なんか、キザっぽい」
最近カーマインとの距離がやたらと近い気がするのは、気のせい……じゃないよね?
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