関係

 お祭りが終わり、私は再度景色を描き始める。トープは膠を買い付ける為に畜産農家へ、ガガエもそちらへついて行った。カーマインとラセットは馬車のメンテナンスや食料の補給をするらしい。

 秋も深まって日が沈むと寒くなり、外で描いていられなくなる。おそらくもう少ししたら馬車の中にこもりきりになるだろう。


 一人で夢中になって描いていると、ふと後ろに気配を感じる。振り向くとシーバさんが立っていた。まともに話したのはミリア村を紹介してくれた時と、ダンスに誘われて断った時。そしてこれで三回目。


「ごめん、驚かせたかな。集中していたみたいだから邪魔したくなかったんだ」

「いえ……」

「綺麗な絵だね。心が温かくなる絵だ。この村、気に入ってもらえたかな?」

「ええ」


 宿屋の息子でもあるせいか、商売人特有のそれなりの愛想の良さ。対して私は周りにトープもカーマインもいないので警戒している。我ながらぎこちない、かなり無愛想な対応をしていると思う。

 これから絵の売り込みもするなら見習わなくちゃ。そんなことを思いながら少しだけ気を緩めた。


「今までに売れたことはあるの?」

「ええ。私、アトリエに所属していたこともあるんですよ。ディカーテのアトリエ・ベレンスと言うんですけど……」

「ふうん……?」


 シーバさんに言ったものの、いまいちピンとこないらしい。画家がたくさん来るんだなんて言っていたけれど、一般人に、しかも隣の国の事なのであまり知られていないのかもしれない。


「どのくらいの金額で?」


 え、いきなり商談になるの、この会話。だとしても少し不躾ではないだろうか。表情に出ていたらしく、シーバさんは慌てて弁明した。


「ああ、いや。この絵が綺麗だから僕にも買い取れるかなって。いずれ継ぐことになる宿に飾っておきたいんだ」

「そうですねぇ……」


 カーマインの絵を蘇芳将軍がかった時は一億だった。けれどあれはかなり破格の値段だ。一番最初にアトリエで描いた自画像が二十万。それから貴族の依頼も受けたし新人賞も取ったし、海の絵の対価は三十億だった。

 でも、村を紹介してくれた恩もあるからかなり抑え目にして。


「五十万ルーチェくらいで」

「ごっ―――!」


 目を見開いたまま固まってしまった。あれ?安すぎただろうか。暫く動きそうもないシーバさんをほっておいて私は絵を描き始める。

 そろそろゴーレムを描きたいな。受け入れられやすい景色としてこの村を描いたけれど、他の人も描いているのならあまり高くは売れないかもしれない。

 寒くなると扱いにくくなる画材もあるから南へ行った方が良さそうだ。出発を考えようとカーマインに提案してみるか。

 これからの計画を立てているとシーバさんが復活した。 


「き、君と僕はかなり金銭感覚が違うみたいだね。もしかして実は貴族だったりする?」

「カーマインは元貴族ですけれど、私とトープは平民ですよ」

「そう言えば君の旅仲間とどういう関係?」


 絵を描きながら答える。


「トープは兄です。画材を作る工房に居たので、いろいろ作ってくれます。ラセットはカーマインの従者で」

「カーマイン・ロブルと君の関係は?」


 答えに詰まってしまった。お互いに命を救いあったのだから友人以上ではあると思っている。けれど恋人かと問われるとそうでもなく……こ、告白とかしても良いものだろうか。以前したようにプロポーズ?でも遮られているし。

 ってそう言う話ではないか。資金や馬車の提供者。護衛。場合によっては商売相手?


「カーマイン・ロブルがゴーレムを退治していた時、君、泣いていただろう?」

「見られてましたか。恥ずかしいです」

「君は、もう少し普通の相手を選ぶべきだと思う。あんな化け物ではなく」


 カーマインを化け物呼ばわりされてちょっぴり腹が立つ。カーマインが怖くて泣いたのではなく、カーマインが死ぬのが怖くて泣いたのに。

 でも、一般人からしてみれば仕方のないことだ。私だってあんな芸当は出来ない。


 カーマインよりも普通の人を商売相手に選ぶって、どういうことだろう。ある程度裕福でないと絵を買う余裕なんてないと思うけれど、違うのだろうか。


「この村の様に穏やかな時間が流れる場所で。普通の女の人みたいに。何だったら絵を描いて過ごしたっていい」


 ……ん?絵がおまけみたいな言い方だ。それに、普通の女の人って何。


「普通の女の人の様に結婚して、畑仕事かうちみたいに商売を手伝ったりして。子供を産んで育てて」


 前世の記憶が無ければシーバの意見にも同調したかもしれない。―――って、これ結婚の話!?慌ててカンバスから目を外してシーバさんを見ると、頬を赤らめていた。なんてこった。

 万全の告白体勢に入っていたらしいシーバさんに言われたのは、飾り気のない素朴な言葉だった。


「うちに、嫁に来る気、ない?」


 商売の話ではなかったのか。カーマインの事をとやかく言えないな。

 バスキ村では同年代の独身の村人がいなかったから私に話は持ち上がらなかったけれど、過去の話とかはマザーに聞いていた。だから、こう言った農村地帯の嫁問題にも理解はあるつもりだ。取り敢えず未婚女性は全て嫁候補だから大して美人でもない私に声をかけたのだって、分かる。

 あくまでも、社交辞令だ。


 親や周りに頼らず、自分で話しに来たのは好感が持てる。酷いのになると誘拐まがいなのもたまにあると山岳地帯で傭兵をしていたフリントさんから聞いた。


 だ、け、ど。


 言葉の端々から絵を取り上げようとする魂胆が見えるのはどうしてもいただけない。ちょっと怒ってる。いや、かなり怒ってる。怒髪天だ。


「先ほどこの絵を売るなら五十万と言いましたけれど、私の絵は一億で売れたこともあるのですよ。そんな私をこの村に閉じ込めて単なる嫁として扱うおつもりですか?私が宿屋のおかみさんになるのがふさわしいなんて本気で思ってます?」


 もちろん、宿屋のおかみさんだって立派なお仕事だ。貶しているわけではなく、私が出来るかどうかで言ったら、きっとできない。


 私が早口でまくしたてると、シーバさんは一億と聞いたところで真っ青になった。


「私は画家です。貴族でも王族でも私の絵を気に入ってくれる方はいます。その方々を全て敵に回す覚悟はおありですか?」


 ちょっと虎の威を借りてみる。シーバさんは真っ青な顔のままぶんぶんと首を振った後、可哀想なくらいずずんと落ち込んだ。シーバさんを当たり障りのない言葉で慰める。


「私でなくともシーバさんなら良い人見つかりますよ」

「みんなそう言うんだ……あのゴーレムのところにいたエルフ神官だって……」

「クラレットさんまで声をかけたんですか!」


 本当に手当たり次第だ。ちゃらちゃらしていなくて、寧ろ純朴そうに見えるのに人は見かけによらない。只の女好きだ。お揃いのアクセサリも用意していないみたいだし、女性をそんな物みたいにしか見られないなら地獄に落ちると良いよ。


「誰でも良いと思っている内は絶対に良い人なんて見つかりませんように」

「ひどい……」


 日も傾いて来て仕事を終え迎えに来たカーマインたちの姿が見えると、シーバさんが明らかにうろたえ始めた。化け物呼ばわりしたからだろうか。


「ノア、どうしたの?この人、金狼亭の息子さんだろ?真っ青じゃないか」

「シーバさんがね、この絵を買い取りたいって言ったから五十万くらいだって言ったら驚いてしまって」

「こんな田舎の宿屋じゃどう考えたって無理だろ。もともとこの村で売り込むつもりはなかったし」


 トープがに微妙に失礼な事を言ったが、シーバさんはそれに腹を立てることもせず相槌を打った。


「で、ですよね。俺も軽い気持ちで話を振ったのに金額に驚いてしまって……ノアールさんはかなりすごい画家でいらしたんですね」


 それまで気さくに話しかけていたのに、なんだかゴマをするようなへこへこした態度になっている。


 ―――切り替え、早っ。

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