祭り
まるで教会のような小神殿の屋根の橙色は実りを司る女神の色だ。思えば道中でもイーリックには橙色の屋根が多かった。小神殿に併設されることの多い孤児院は、滅ぼされてしまった街の方にあったので、ここには無いらしい。
まだ刈り取られていない麦畑と小神殿の横にある黄色く染まったポプラの組み合わせ。奥には赤や黄色に色づいた広葉樹の混じる森。
時間経過とともに日の光の色が変わり、様々な表情を見せる。
青さを残す空に夕日の光を受けてほんのり染まる雲。油絵にして温かみのある色でべた塗にすれば本当に素敵な仕上がりになるだろう。この空をゴーレムと組み合わせても面白いかもしれない。
夕方の金色の光に包まれた世界を表すなら、黄色一色で画面を塗りつぶし暗い色で風景を浮き上がらせるのもデザイン的で一つの手だと思う。
でもまずは目の前にある景色を写実的に描こうと小高い丘にカンバスを立てる。
風も、村に流れる時間もとても穏やかだ。どこかバスキ村を思わせるけど雰囲気が違う。こちらの方が配置や造形が洗練された感じだ。芸術家が魅了される村と言うのも分かる気がする。
朝早くに外に出てみたら、薄紅色に空気まで染まった景色がとても綺麗だった。その色彩でも後で描いてみよう。
トープもカーマインも収穫を手伝っている。元々体を動かす仕事が好きな二人だから、なんだか生き生きとしている。ラセットの姿は見えないけれど、きっと何かしら仕事をしているんだろう。ガガエは私の傍に暫くいたが、飽きてあちこち飛び回っているようだ。
私が絵を描くためにこの村に滞在しているのは何だか申し訳ない気がしてくる。けれど決まった収入源が無い以上私の絵で稼がなくてはならない。この村には余裕が無く買い手はいないようなので、他の街で売り込むしかない。
描き始めて数日経つと収穫もほぼ終わり、畑が丸裸になった。金狼亭のシーバさん達も戻ってきて村では収穫祭を兼ねた冬支度が始まり、家畜から加工肉を作る準備がされる。屋根から屋根へと万国旗の様に旗やぼんぼりが吊るされたり、テントを張って臨時の店が出され始めた。
おおよその形が取れていたとは言え、こうも色彩が賑やかになってしまっては見ないで描いた方が楽かもしれない。筆を置いて片付けようとすると、視界の端にこちらへ向かうトープが見えた。
トープ達は村の人たちとすっかり仲良しになって、おすそ分けをもらっていた。
「ノア、串焼き持って来たぞ」
「道理でおいしそうなにおいがしてくると思った」
「焼きたてのパンもらってきたよ。ってトープに先を越されたか」
トープに続いてカーマインがやって来た。更にコップと瓶を抱えたラセットまで来る。
「こっちは果実酒です」
「お酒は嫌だってば」
「そう言うと思ってジュースももらってきましたよ」
カンバスの周りを食べ物が囲む。ラセットが馬車から大きめの敷物を持ってきてピクニックが始まった。同じような光景が村のあちこちで見られるから、これがこの村の祭りのスタイルなのだろう。
「絵の方はどう?」
「もう少しかかりそう。明日からは馬車の中で描こうかと思ってる」
「祭りは三日で終わるみたいだから、その後で描いたら?」
「そうそう、只でさえノアは部屋から出なくなるから外で描いていた方が良い」
わいわい、がやがや。美味しい食べ物と、仲間に囲まれて。
「ギルテリッジの残党がいるみたいだよ」
「神殿の介入で平和的に解決したはずでも、この手の話はよくありますからねぇ」
「ノア、気を付けろよ」
ちょっぴり不穏な話もあったりして。
「誰だガガエに酒飲ませたの」
「ん、ノア~」
「あれ、こっちがお酒?ごめんガガエ、間違えちゃった」
「お酒をくれるノア、だーいすき」
酔っぱらったガガエのキスの雨が降る。可愛いけれどうっとうしい。私の顔からトープが引きはがしてくれたけど、今度はトープが洗礼を受けてうがーっと叫んでいた。
それからもシーバさんが差し入れをくれたり、顔見知りになった村の人が絵の進み具合を聞いて来たりした。
大好きな絵が描けて、皆といるのが楽しくて。アトリエに居た時よりも世界が広がって。なのに、ふとした瞬間にひゅっと影が出来る。簡単に言ってしまえば不安、かな?
「ノア?」
鈍感なはずのカーマインが、私の様子に気づいて名前を呼んだ。うまく笑えていないのかもしれないと、自分の手で頬をムニムニと動かす。
「ちょっとね、バスキ村の春のお祭りでラセットが来た時を思い出してたの」
「あーそう言えば、お嬢さんはクッキー売ってましたねぇ」
ラセットが懐かしそうにうんうんと頷く様子は、実年齢が分からないけれどかなりおじさんくさい。カーマインと再会したのはエボニーの屋敷なので、バスキ村のお祭りを見ていないカーマインは蚊帳の外におかれてむっとしていた。
暗くなってきたのでぼんぼりに明かりがともされ、音楽が奏でられ始めている。
「あの時は何かが始まる予感がして、期待よりも不安が大きかったな」
「ラセットが胡散臭かったからな。勝手に攫われないようにノアの手ぇ繋いで孤児院に帰ったの、覚えてる」
「……ひでぇ」
トープの言い草にラセットが落ち込んだ。実は私もずっと胡散臭いと思っていたなんて言えない。祭りの中心部の広場に人が集まって、二人一組になって踊りが始まった。フォークダンスのような、あまり激しくは無いけれど楽しそうな踊り。
「それからパレードの時はカーマインが捕まったし。お祭りってあまりいい思い出ないなって」
「だったら今日は思いっきり楽しめばいい。ずっと絵ばっかり描いてないで偶には良いだろ」
隣で座っていたカーマインが立ち上がって手を差し出してくる。意図が分からず条件反射で手を乗せると、そのまま引っ張り上げられた。
「踊りに行こう、ノア!」
「え、ちょっと、まだカンバス片付けてない」
「トープ、頼む!」
「分かったー」
足早にお祭りの会場に行くと熱気がすごかった。魔術の明かりだけではなく火も灯されているせいかもしれない。
戦が終わった解放感からか、皆、弾けんばかりの笑顔だ。遠くから眺めていただけではきっと気付かなかった。
「どうしよう、私踊りなんて知らない」
「俺も城でのダンスはみっちりたたき込まれたけれど。こういうのは見よう見まねだ。ほら、パターンは四つだけみたいだよ」
運動神経の悪い私は中々覚えられない。カーマインと両手をつないで向かい合わせになり、足を前後に動かす、左右に動かす。くるっとまわって、逆に回る。リズミカルに動くカーマインと違って私のダンスはどこかぎこちなく、時々足を踏んでしまったりした。
「ごめんっ!」
「大丈夫。それよりノア、顔上げないと姿勢が悪くて踊りにくいだろ」
「無理っ!足また踏んじゃうからっ!」
多分、今の私は物凄く必死なしかめっ面。まったく、ロマンスの欠片も無い。
曲の終わりに漸く動けて来たと思ったら、悲しいかな、運動不足の私は息が上がっていた。
「大丈夫?」
「や、ちょ、ともう、勘弁」
「じゃあ、そこで休もうか」
屋台の傍に用意されていたテーブルに着いて、息が落ち着くのを待った。カーマインは飲み物を二人分持ってきて、そのまま楽しそうな顔でお祭りの様子を眺めている。
もっと踊りたいのなら他の子と踊ればいいのに、ずっと私の傍にいた。
「不安になる時は体を動かすと良いよ。それで何が解決するわけでもないけれど」
「うん、それは何となくわかるけど」
「ああ、もしかして不安が絵の原動力になるタイプ?」
「ううん、多分スランプになるタイプ」
私のは、只の面倒臭がりだ。シーバさんがダンスに誘いに来たけれど、もちろんお断りさせていただく。
翌日、私は筋肉痛になった。
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