大森林1

 関所での諸手続きを終えて馬車に乗り込み、そのまま屋内にある巨大な門を通過した。ウォルシー側にもヴァレルノ側と同じような施設が連なっていたので異国に来たと言う感じはしなかったのだが―――


「うわぁ、木以外に何もないんですねェ」


 石造りの建物を抜けると、森しかない状態だった。道の両側には人が何人も手をつながないと囲めないくらいの巨木が迫り、奥の方まで続いている。空にも緑が伸びていて、僅かな隙間から日の光が差し込んでいる状態だ。

 馬車は幌に覆われているので後ろの幕をめくり、身を乗り出して景色を見ていたらトープに首根っこを掴まれた。


「ノア、落ちたらどうすんだ」

「だってもったいないよ。せっかく初めての国外旅行なのに景色が見れないなんて」

「それよりそいつを紹介してくれないか。さっきから気になってたんだ」


 トープがガガエを指さした。皆に注目されて「ん、僕?」とガガエは自分を指さしている。そう言えばアトリエに戻ったのも一瞬なので紹介してなかった。


「この子はガガエ。メイズさんの家に庭に咲いてたファタルナって言う花の妖精です」

「よろしく」

「私は浅葱だよ~よろしくね」


 魔法陣云々に関しては説明も面倒なので伏せておく。縁結びと言えば浅葱さんが黙ってはいないのでこれも伏せておいた。先生や紫苑さん達が口々に挨拶と自己紹介をしている間、トープが呆れた顔をした。


「お前、生き物全てにガガエって名づけるのやめろ。ゴブリンならまだしも流石に妖精の名前じゃないだろ。もっとましな名前つけてやれ」

「あのガガエもこのガガエも自分で名乗ったんだよ」

「…そんな偶然があるわけないだろ。死んじまった原因になった俺への当てつけか?」


 呆れから、いら立ちと言うよりは何だかやり切れない口調に変わっているトープ。


 ああ、ずっとずっと気に病んでいてくれたんだな。私を助ける為とは言え、自分がフリントさんを呼んだことでガガエが死んでしまったから。

 でも、どちらも私が名づけたわけでは無い。死んだゴブリンと同じだからガガエに改名しろって言うのもおかしいし。


 なんと言えば良いのか考えていると、馬車の中を一周したガガエが戻ってきた。


「僕は生まれる前からガガエだよ、弱虫トープ」

「なんで、俺の名前知って―――」

「だって、|ノア(・・)がそう呼んでたじゃないか」


 一触即発。ガガエが不敵な笑みを浮かべ、トープは顔を歪めた。今までノアールと呼んでいたガガエにノアと呼ばれて、私は複雑な気分になった。もう、区別なんて出来ない。

 私とトープにとって、妖精のガガエ=ゴブリンのガガエになってしまった。本人が申告しない限り確かめる術はないと思っていたけれど、切り離して考えるのはもう無理だ。


 そんな相手が生まれ変わって目の前にいたら、どうなるか。


「……俺が殺したんじゃない。ノアを守るために最適な行動をしただけだ」

「分かってるよ、トープ。大丈夫。私は恨んでないよ」


 絞り出すような声で呻き、小さく丸まってしまったトープの背中を優しくさする。我慢できず、宙に浮いているガガエに確認した。


「ガガエはやっぱり、あのガガエなの?」

「ん。召喚された時は分からなかったけれど、ちょびっとずつ思い出してる途中だよ」


 いくら神様たちの存在する世界とは言え、祈りが通じて本当に生まれ変わるなんて思いもしなかった。しかも、生きている間にまた会えるなんてかなりの確率だ。

 奇跡の再会に、涙が滲む。けれどトープの気持ちを考えると手放しでは喜べない。


「ガガエはもしかしたらまだ恨んでるかもしれないけれど、トープは私のお兄ちゃんだよ。仲良くしてね?」

「ん、恨んでるってのが何のことか分からないけれど、ノアがそう言うなら。よろしく、トープ」


 トープは、返事をしなかった。




 街道は真っ直ぐ東へ伸びていたけれど、馬車は途中で南側へと方向転換した。スマルトさんは道を知っているらしく、細い道に入ったため少し速度を落とし迷うことなく分岐をすいすいと進んで行く。


「エルフの村に行くと言ってましたね」


 私は後ろの方に座っているので、御者席に居るスマルトさんではなく近くにいる浅葱さんに聞いた。


「うん、そーだよ。大森林で絵を描くときにはそこを拠点にしているみたい。私も行くのは初めてだから楽しみ。エルフは美形が多いみたいだし」

「やはり体つきも違うのか。彫刻に向いているモデルがいたら連れて帰りたいのだが」

「紫苑、滅多な事は言わねェでくれ。もうここはエルフの領域だ」


 スマルトさんが紫苑さんを窘めて、さらに馬車のスピードを緩めた。と思ったら程なくして馬は足を止めてしまった。

 夕焼けで真っ赤に染まった空がこずえの隙間から見えているが、地面に近いところは既に暗い。鳥とも獣ともつかない声がほーうほーうと聞こえてくる以外は、とても静かだった。


 手綱をぱしーんと打っても馬は動かない。

 

「こりゃァ人数が多いから警戒されてるかな。ガガエ、手伝ってくれ。妖精が先導すりゃァ少しはましだろ」

「ん、了解。明かりになればいいんだね」


 エルフが住む村の周囲には魔法が掛けられていて、侵入者を防ぐ役割をしているらしい。森の外で活動しているエルフに連れてきてもらうしか入る手段は無いそうだ。

 ちなみにスマルトさんは顔パスのはずなんだけど、エルフの機嫌によっては二、三日迷うらしい。


 私も魔法陣のような印が無いか目を凝らす。けれど、次の先生の言葉でそれもすぐにやめた。


「エルフの使う魔法は人間のそれとはかなり違っておる。魔法陣を描いたり呪文を唱えたりする物ではないらしい」

「あァ、人間には理解のできねェ仕組みだと言っていたからな。これだけ広い範囲を弄(いじく)れるんだ。そんな単純なものじゃァないんだろ」


 女神の末裔だの妖精が進化した種族だの、エルフについてはいろいろな考察がされている。たまに外で見かけたりもするけれど、人間と深い付き合いをしている者はいない。浅葱さんの美形が多いと言う情報は、村を出て活動するエルフの外見によってもたらされた。総じて気位が高く、見かけても雰囲気からして話しかけにくいそうだ。


 描かせていただきたいけれど、余程仲良くならないと無理なのかな。


 代わり映えしない景色が続く中、すっと、何かが変わったような気がした。空気と言うか気配と言うか、詳しく説明が出来ない感覚的なもの。

 馬車の後ろから景色を見ていた私が慌てて振り向くと、先生はスマルトさんに声を掛けていた。


「どうやら、入れたようじゃの」

「ああ、森の中で野宿はちと怖いから助かった」

「何も変わっていないようですが……」


 魔力の有無で異変を感じられるかどうかが違うみたいで、紫苑さんや浅葱さん達には分からなかったようだ。トープがこっそり聞いてきた。


「こっち向いたって事は、ノアも分かったのか?」

「う、うん。トープは?」


 先ほどのやり取りから少し立ち直れたのか、普通に話しかけてくるトープに少し驚いてしまった。首を振って否定する所を見ると、やはりトープも魔力は持っていないのだろう。小さい頃から知っていたが成長しても持てると言うものでもないらしい。


「メイズさんは分かったんですか?」


 今度は声を大きくしてトープはメイズさんに聞いた。帰って来た答えは「いいや」だった。


「どうやら魔力の有無で差が出るみたいだね」

「ちょっとだけ、うらやましい。先生もスマルトも持ってるって事だよな」


 膝を抱えてむくれるトープがなんだか可愛い。私をさらった事を根に持っているのか、スマルトさんに敬称を付けていないのが更に笑える。

 スマルトさんは手綱を持ったまま顔だけこちらに向けた。


「あんまり良い事なんてねェぞ。戦争になったら真っ先に徴兵の対象になるからな。それでなくとも貴族のやっかみを受けやすい」

「僕はそんなことはしないよ」


 貴族であるメイズさんが反論する。平民に紛れ込んでいる貴族としてはやっぱり不快に思うみたい。家の事情を垣間見た私は何とも言えなかった。メイズさんの味方に付きたいけれど、普段見えていない部分を少しだけ感じ取ってしまったから。


「ああ、メイズを悪く言ってるわけじゃァねェ。っとと、そろそろ着くころだ」


 ガガエが先導する方向には、明かりが見えていた。

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