大森林2
エルフの村には、ログハウスのような家が木の上や地面に建てられていた。辺りが既に暗いこともあって、精霊石ではなく魔力による炎が灯されたランタンがあちこちにつるされている。家の数は大小合わせて二十くらいかな。
馬車は少し開けた広場で止まった。降りて辺りを見回すが、見える範囲にエルフはいない。
「みんな寝ちまったかなァ。モーブ、いるかー?スマルトが来たぞォ」
遠慮なしに大きな声を出すスマルトさんにちょっぴりハラハラしていると、地面の上に建つ家の一つから不機嫌そうな一人のエルフが出てきた。
髪の間から出る耳が尖っていて肌が抜けるように白い。長身で手足もすらりと長い。何にもしてないのに魔力が感じられる。想像通りのエルフだ。
彫刻のように整った顔立ちは私達人間から見れば神秘的とさえ言えるほど…つまり、イケメンだ。
「こんな遅くに大所帯で来られてもうちに泊められないぞ」
「ああ、すまん。本当はノアールと二人で来るつもりだったんだが―――そう言えば、それで警戒したのか?森にかなり振り回されたぞ」
「連れ合いを人質に取られてここへ来る、魔法で惑わされてここへ来る。顔見知りだとしても裏切るやつはいるからな。そっちの妖精のお陰でここまで来れたのか」
ガガエの能力は縁結び。ただ馬車を先導していただけにしか見えないけれど、エルフとの縁を結んでくれたのだと思う。
それにしても警戒の仕方が半端ではない。あまり歓迎されていないのか、エルフは先程からにこりとも笑わないで対応している。
「名前はモーブだ。スマルトとは腐れ縁だ。もうみんな寝ているので、できれば静かにしてほしい」
静かだが一方的に話すモーブさん。私たちを見回しため息をついた。
「そちらの女性二人と老君はうちに泊めよう。スマルトと他はそのまま馬車で寝てくれ」
「そんな、皆が勝手についてきただけなのに。俺はノアールだけ連れてくるつもりだったんだぞ」
大勢で押しかけているのだからモーブさんの申し出もかなりの譲歩なのに、スマルトさんは納得できないらしい。私の腕を掴んでモーブさんの前に立たせた。
モーブさんは目を細め、私を見る。
「スマルトの細君か?随分と物好きな……」
「違います。スマルトさんが私をいきなり馬車に押し込んで誘拐したので、アトリエの皆が心配して追いかけてくれたんです」
嫁扱いはもう嫌だ。スマルトさんの罪状をぶちまけてこの人に正しい状況を知ってもらうために、私は必死で弁明した。決して野宿がもう嫌だからちゃんとした家に泊まりたくて言っているわけでは無い。
「つまりは全部スマルトが悪い、と。自業自得だな。トイレは共同でそちらの小屋だ。火は焚かないでくれ。馬車はそのまま動かすな」
モーブさんが簡単に指示していくとスマルトさんはがっくりと肩を落とした。関所で万が一の為にそのまま食べられる食料も積み込んだし、毛布も人数分購入していたので十分足りるだろう。女性と言うだけでお言葉に甘えるのはちょっとだけ後ろめたいけれど、素直に従った。
荷物の中から袋を取り出した浅葱さんや先生と一緒にモーブさんについて歩くと、後ろでトープの声がした。
「ガガエ、頼む。ノアについてやってくれ」
「ん、了解。任せて」
お、おお?仲直りする様子なんて全くなかったのに、普通にやり取りしているよ。耐え切れなくなったトープがガガエを傷つけるかもと心配してたけど、良かった。男の子って不思議だなぁ。
小屋の中は外観から想像するよりもかなり広い。手織りの絨毯や壁掛けが飾ってあり、色彩的には鮮やかだった。
とても意外だ。自然をこよなく愛するエルフだから人工の装飾物なんてほとんどない、質素なものを想像していたのに。
どこかの民族っぽい内装だから寝床は毛皮などにくるまるのかと思いきや、三つあるベッドは宿屋にあるものと同じで敷いてある布団も全く変わらない。もう一つの部屋には木で出来たテーブルとイスがあった。
使う魔法系統は違っていても生活に精霊石を使うのは同じみたいだ。水回りやかまどなどは人間が使っている物とほぼ同じだった。
文化の融合と言うよりはちょっと……いや、かなりちぐはぐだ。
それに、エルフが絨毯を織る―――?どちらかと言うとドワーフの方がしっくりくる感じはする。
「外を旅するエルフが整えた客間なんだが、大丈夫だろうか。その、ここへ来る人間はスマルトしかいないから良し悪しが分からないのだ」
ああ、そういうことか。外の文化をあちこちから集めたから違和感があるんだ。
一人で納得していたので返事が遅れ、モーブさんの問いかけには先生と浅葱さんが返事をした。
「老体で床に寝るのはちときついからの。ベッドがあるのはとてもありがたい」
「馬車だと男性陣と雑魚寝ですからね。夜分遅くにご迷惑をおかけして済みません。助かります」
浅葱さんがモーブさんに合わせて
「ユニコーンの住処には明日案内する。今日はもう休まれると良い」
そう言ってモーブさんは小屋から出て行った。ここは完全な客間のようだ。
夕食は迷っている間に馬車の中でとっていたので、必要ない。洗浄魔法は画材を馬車の中に置いてあるし、少し眠いのできちんと扱える自信が無い。
「ノアちゃん、一応着替え持って来たよ。貴族服のまんまでしょ」
「うわぁ、助かります。絵描き用とはいえずっと気になっていたんですよ。このまま森を歩けないなって」
「……では、わしは外に出てようかの。終わったら呼んでくれ」
もちろんガガエも外に出てもらう。浅葱さんはいつも着慣れた作業服の他に、下着も持ってきてくれた。
「へぇ、貴族ってこんなの着てるんだ。肌触りは良いけど、厳しーよね?」
浅葱さんは私の脱いだコルセット…まではいかなくても補正下着みたいなものを、もの珍しそうに見ている。
「作業するのにそれですからね。粧(めか)し込むとなったらどれだけ着るのか想像もつきませんよね」
手早くしゅぱっと着替えるとかなり楽になった。持って来たのは私の服だけで、浅葱さんはこの旅で着替えるつもりは無いらしい。先生の洗浄の魔法を見たことがあって、それを期待しているそうだ。
私が魔法を扱えることは、確かまだ知らない筈。会ったばかりのスマルトさんには話したので、とても心苦しい。
「あの、ですね。浅葱さん」
「うん?なーに」
仕事仲間と言うよりは姉のような存在の浅葱さん。信頼しても、良いよね?
「私魔法が使えます。簡単なものですけど」
「うん、知ってるよ。アトリエの中で知らない人はいないと思うけど」
「―――え?」
魔法を扱えるために一度貴族に狙われたと言う、事実を少しぼやかした形でアトリエ内には通達が為されているらしい。古株の中には先生やスマルトさんがどんな目にあって来たか見ている人もいるから、一丸となって私を守ると言ってくれたそうだ。
「まあ、戦える人なんてほとんどいないんだけどね。それでも今回みたいに誰かが誘拐を目撃さえしていれば、先生やメイズが何とかしてくれるから」
今まで通りで大丈夫だよ、と笑って私の着ていた服を畳んで袋にしまうと、浅葱さんは先生を呼んだ。
アトリエの中で誰が信用できるかとか区別して、自分の身の安全しか考えていなかった自分が本当に嫌になる。もう少し周りを見回して視野を広げていきたい。
それでも魔法をおおっぴらに使うなんて出来ないけれど、明日、森の中で使う分には大丈夫だよね。
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