画商

 イーリック国内に入る関所では死刑判決が下された話までしか伝わっていなかった。テスケーノ領ではそれすらも知られておらず、死刑から国外追放になったとカーマインが告げた。

 元老院の一員がシャモアさんの祖父にあたる人なのでフォルカベッロまで伝わっているが、おそらく情報はそこで泊まっているのだろう。


 カーマインはあくまで蘇芳将軍の養子でしかなく、まだ一騎士に過ぎなかった。だから同盟国であるイーリックでそこまで重要視されていないのだと思っていた。


「国家反逆罪と報告では上がっていますが、それもどのような罪なのかヴァレルノ王家に問い合わせたが返答がありません。知っている範囲で教えて頂けませんか」

「国王の動向は医者にまで知れ渡っているのに、よその国の情報は手に入りにくいのですか?」


 同盟国とは言え動向を探るためにあちこちに諜報員を忍ばせたりするのかと思ってた。国王が平民ならなおさら周りがしっかり活動していなければ、国としてはやっていけないだろう。

 図星をついてしまったのか、イーオスは渋い顔をした。


 ……そう言えばこの人の笑っている顔、見たことないな。


 パーシモンさんは普段の顔と国王としての顔の切り替えが出来ていた。普段の顔は金狼亭のおかみさんとよく似た愛嬌のある顔だ。ウルサンも元老院の面々がいた時は厳かな感じを受けたが、初対面では柔らかな印象だった。


 幼馴染と話しているのに、ずっとこんな感じなんだ。


「昔のように貴族同士の婚姻でもあればもう少し安易になるのですが、最近ではそれも出来ず、ヴァレルノは諜報活動に関してはガードが固くて、人を送り込んでも何故だか第二王子に見抜かれるんですよ」


 イーオスに言われて、塔の中で会ったアスワド王子を思い出していた。たくさんの兵士を実験と称して殺した、人を人とも思わない所業。家族や友達の臙脂様は物凄く大切にするけれど、その枠に入らないカーマインは陥れるのに躊躇しなかった人。

 

 ……ああ、あの王子様かー。納得。きっと諜報員も生きてはいないんだろうな。


 その王子様が隠そうとした情報をどこまで言っていいのか、私には分からない。と言うか下手に言ったら殺されてしまいそうだ。


「ええと……私は死刑確定後に肖像画の依頼を蘇芳将軍から受けました。カーマインにはちょっとお世話になったことがあったので、知り合いの貴族に連絡を取って処刑回避の方法を探りましたが、ベレンス先生にこれ以上何か行動を起こすなら破門だと言われて……」


 ついでに破門になった理由も付け加えて、差し支えなさそうな情報だけを話していく。イーオスがパレードの事件を知っている可能性もあるけれど、芋づる式に色々な隠し事が出てきてしまうので、話の糸口をもたらさないよう意図的に避けた。


「……それでも助けたかったので、私は長寿などを願う魔法陣を描き込んだりして全身全霊をかけて肖像画を仕上げました。その肖像画で王族の気が変わったそうです」

「どうしてそこまでして助けようと―――」

「それが理由でアトリエを出たのね。で、その絵はどこに?私でも見られる?」


 イーオスの言葉を遮り、ジーナが風景画を横に避けてずずずいとテーブル越しに詰め寄ってきた。ガガエでなくてもこれはちょっと怖い。けれど、理由まで聞かれたら隠したいことも話さなくてはならないから、ちょっとだけ助かった。


「蘇芳将軍に買い取って頂いたので無理だと思います。国外追放を受けた者の肖像画を一般公開するとも考えられません」

「もう一枚描いて。それほどの物なら言い値で買ってあげるわ」

「無理ですよ。描き終えた晩は夢の中で闇の神様に会ってしまいましたから」

「本当に命がけで描いたのね、ますます見たいわ」


 後ろに下がれば下がった分だけ詰め寄ろうとするジーナの額を、イーオスが強く押し返した。「きゃっ」と悲鳴を上げながらそのままソファにしりもちをつくジーナ。


「変な悲鳴を上げるな」

「変とは何よ失礼ね」

「大体よりによってどうして今日はそっちの格好をしているんだ」

「気分よ!」


 やっぱりここでも喧嘩を始めるイーオス。もう、これがこの人の標準装備なのではないかと思えてきた。対するジーナは本気で怒っていると言うより、イーオスをからかっているようにしか見えない。

 真面目なイーオスと飄々として我が道を行くジーナ。次の言葉が思わず私の口から出たのは、多分仕方がない。


「仲が良いんですね」

「誤解だ!頼むから止めてくれ……止めて下さい」


 ジーナに話すノリで私に文句を言おうとして、慌てて取り繕うイーオス。確かにちょっと面白いかも。

 ニコニコしながら見ていると居た堪れなくなったのか、ジーナの格好を責め始めた。


「お前がそんな格好をしているから!」

「あ、変な意味でなくて普通に男性同士の幼馴染のつもりで言いました」

「そ、それなら良いんだ」


 イーオスは頭が冷えたみたいですとんと腰を下ろした。もちろん同性愛だとしても私が忌み嫌うことはしない。私の周囲が巻き込まれなければ、だけど。


「話が随分と横道にそれたが、この絵にいくらくらいの評価をつける?」

「うーん……他の画家が描いたミリア村の風景と比べても遜色は無いわね。色彩に深みが出ていて構図も悪くない」


 典型的な秋の農村の風景だ。郷愁的とも言うしどこかで見たようなとも言える。喫茶店なり食堂なりに飾ってあっても、目には留まるかもしれないが素晴らしい絵だと叫ぶほどでもない。多分。


「けれど、少し個性が無いわね。描きたくて描いたと言うより売るために描いた感じ。さっきの話を聞いてからだとこの程度かと期待外れでもあるわね。アトリエ・ベレンスの出であることを鑑みても……三十万ルーチェ」

「やはりその程度か。五十万なんて吹っかけて、陛下を謀る詐欺師ではないか」

「黙りなさい、イーオス。万人受けするように描くのだって、一つの才能よ。尖がった絵よりもそちらを求める買い手だってたくさんいるんだから……って、この絵の他にもあったの?」


 ジーナの問いに私は頷いた。


「パーシモンさんの為に描いた絵は特殊な絵の具を使って二週間で仕上げました。見られるかどうかはイーオスに頼んでみてください」

「無理です。既に陛下の手に渡ってしまいましたから」

「あらぁ、残念。専属の契約を結ぶにも一枚だけでは判断しづらいわね」

「専属?」


 アトリエでは聞かなかった形態だ。

 ジーナの説明によると画商は画家と専属の契約を結び、絵を買い取る以外にも育てる役目も持つ。宣伝や買い手との仲介も行う、いわば浅葱さんが行っていた仕事だ。けれど、契約を結んだらジーナの元でしか売れなくなると言う。


 それでも、固定の取引先が出来るのは心強い。絵を描く度に地方の貴族を廻って売り込むのは、きっと骨が折れる。


「私はあちこち旅をしながら絵を描くつもりですけれど、可能でしょうか」

「旅って、どのあたり?どれくらいの期間?将来アトリエを構えるつもりは無いの?弟子をとるつもりは?」


 矢継ぎ早に聞かれたけれど、まだまだ絵を描くことしか考えられない私には明確な答えを出せなかった。自然と返答は自信の無いものになる。


「……今のところは、まだ考えていません」

「そうなの。取り敢えずこの一枚だけでも買い取らせてもらうわ。契約についてはもう少し絵を見せてもらってからこちらも考えたいから、丁度良かった」

「はい、お願いします」


 ルーチェ板でお金のやり取りをした後は、画廊に展示してある絵を見せてもらう。華やかだけでは無く骨太な作品もあった。どれも画家の個性が光る秀逸な物ばかりで、先程の助言も審美眼も的確で信じられる画商だと思えた。


 この先、何度もお世話になる予感がする。


 そう思いながら展示された作品を次から次へと見ていくと、見覚えのあるものを見つけてしまった。思わずそこで立ち尽くしていると、ジーナが声を掛けてくる。


「どこかで見たことある子だなって思ったら、もしかしてこれ、あなた?」

「ええ、はい……」


 メイズさんの描いた、一応私がモデルとなった一枚。何倍も美化されているから毎日見ていても私に気付かなかったんだろう。


「ディカーテへ行った時にオークションで手に入れた物よ。名前を伏せて四枚出されていた時の内の一枚。競り合う相手がいてかなり値が上がったけれど、どうしても手に入れたかったの。メイズ・ニールグの絵は美しいの一言に尽きるわよねぇ」


 ほうっとため息をつきながら絵を見上げる。

 メイズさんのお父さんと最後まで競り合っていた相手って、ジーナだったのか。思わぬ縁にただただ驚くばかりだった。

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