画廊オベルジーヌ
病院での護衛は二人ずつで組んで三交代制になったらしい。イーオスは腕の立つ者を選んだのでトープも安心だ。何かあった時には片方が馬車屋敷へと報告しに来る形になっている。
一方の私はイーオスに連れられ、ミリア村の風景画を持って画廊へと向かう。富裕層が住む城壁の内側にあり、貴族御用達の店が並ぶ一角にあった。
念のためにとカーマインに付けられたガガエが、首に巻いたストールに潜り込んでいる。
―――それにしても、ノアール様の周辺には男性のお知り合いばかりが増えていきますね。
ふと、ベルタの言葉が頭に浮かぶ。画商は女の人が良いな。やっぱりまだまだ男性社会かな~なんて思いながら歩いていると、間口のそれほど広くない店に着いた。
「ここがギャラリー・オベルジーヌ。画商のオベルジーヌが経営しています。初対面では驚くかもしれませんが絶対に顔に出さないように」
「変わった方なんですか?」
「会えば分ります」
イーオスの言い様に何だか怖くなってきた。堅物か変人か、はたまた人外か。それはそれで私は寧ろ喜んでしまうのだけれど。
ドキドキしながらイーオスの後に付いて店に入る。店構えも店内も非常にシンプルだけど奥行きが広く、白い壁にたくさんの絵が並べられていた。
「あちらがこの画廊のオーナーです」
イーオスが示す方には、なんて言うか……控えめに言っても派手な人がいた。すらりと背は高く、茄子色の髪に遠目でも分かるほど濃いめの化粧。スーツは動きやすそうなパンツスタイルだけど、金色のラメ入り。
こちらに気付くとハイヒールをカツカツと鳴らしながら近づいてきた。
女のひとだろうか。それにしては肩幅も広くて―――
「あっらー、イーオスってば久しぶり~。あら、あらら?そちらの子はどなた?」
話す言葉こそ女性らしいけれど、声は完璧に男性の物だった。意図して高めの声を出しているのか、低めの女性の声と言う感じもする。
いわゆるオネエな感じの人。前世のテレビではよく見ていたし、実際に目にするのは初めてだ。でもファンタジーの世界でもそんな人はいるんだな、くらいの感想で驚くほどではなかった。
「彼女は画家だ。紹介しようと思って連れて来た」
あれ、イーオスは誰にでも敬語を使うのかと思ったら抜けてる。もしかしたら商売の相手と言う以外にも何か関係があるのかなと思いながら、自己紹介をした。
「ノアールです。よろしくお願いします」
「私はオベルジーヌよ。よろしく」
「取り敢えず、風景画を一枚だけ持ってきました。見て頂けますか」
「ええ、奥へどうぞ……良い子ね」
「はい?」
最後の一言は小さくて聞き取れなかったので、聞き返すと「何でもないわ」と言われ奥へと急かされた。
ギャラリーの奥には商談をするためか、低いテーブルとソファが置かれていた。その上で丁寧に包みを開いていく。
アトリエに居た頃は描いた後には浅葱さんに預けていたし、ミリア村からフォルカベッロに運ぶ時はトープが持ってくれた。だから自分で運ぶのはこれが初めてだ。
カンバスをある程度の高さのある額縁のような木枠にはめ込み、衝撃吸収や保存の為の魔法陣が施されている厚手の紙で絵に触れないようにぴっちりと包んである。紙はトープがアトリエから持って来たもので何度も使い回しをしているみたい。持ち帰る為に丁寧に畳んだ。
プチプチや段ボールも無い世界での運搬はどうするんだろうと思っていたけれど、魔法陣が使われている分だけ劣化や傷がつく心配が無いのは凄い。
木枠から外した絵を丸めて運ぶのは流石に抵抗がある。
現れたミリア村の風景を、オベルジーヌは丹念に見ていく。それまで華やかな印象を受けていた表情がいつのまにか真剣な顔に変わっている。中性的な感じが消えて、トープやバフさん達に見られる職人のような顔つきになっていた。
「絵はどこで?」
「成人する前は自己流で、成人後はアトリエ・ベレンスで学びました」
「ベレンスって、ディカーテにある?」
「はい。と言っても二年もいませんでしたけれど」
「あの町はかなり特殊よね。オークションにかけるのは通常は二次流通なんだけど、画家が自分で出せちゃうんだもの。と言ってもあんまりひどいとオークショニアに断られる場合もあるらしいけれど」
余所の街の人の目線でディカーテの話を聞くのは、非常に興味深い。……と言うか異世界だからそれも常識だとばかり思っていた。
「オベルジーヌさんはディカーテに行った事があるんですね」
「ジーナって呼んで。私は元々アトリエ・ヴェルメリオに居たのよ。でもあそこって程度の低い絵もいろいろな事情で高い評価をつけたりするでしょう?美術品って見るものによって価値が変わるとは言え、余りにもあからさま過ぎて辞めたの」
ヴェルメリオは利益最優先の団体で、犯罪まがいな事もやっていたと聞く。でもそこを辞めたと言うことはおそらくこの人はまともな感覚を持っているんだと思った。
信用できる画商だ。できれば縁を繋ぎたい。
「で、地元に戻ったら幼馴染がしっかりヴェルメリオの魔の手に引っかかっててねー」
そう言いながらイーオスを見た。
「幼馴染だったんですか」
「そうよー。それでイーリックの貴族が騙されるのを防ぐ為にここでギャラリーを開いたの。あらやだ、すっかり身の上話になっちゃったわね」
視線を絵に戻したジーナの顔とも相まって、今しがた聞いていた人生の一部が一本筋が通っている生き方だと感じた。
どうして女装をしているのか聞いてみたいけれど、こう言うことはもっと仲良くなって、それから話してくれるまで我慢だ。
「亜麻布に油絵の具。ベレンスにいたのなら色合いだってもっといろいろな組み合わせが試せたんじゃなぁい?」
「もう少し長くいて収入が落ち着いたら、そうする心算でした」
いくら工房がアトリエ内にあって通常よりは安価で手に入ると言っても、失敗したキャンバスに別の作品を重ね描きすることは時々あった。旅にトープが付いて来てくれたとは言え、造り出せる画材には限度がある様になって、殊更慎重に描くようになっている。
「どうして辞めたの?」
カーマインを救ったから。
……嫌だ、カーマインを理由にはしたくない。それに外に出たい理由は別にあった。
「旅をしながら絵を描きたかったんですよ。アトリエの画家にはそのように活動している人もいましたし」
「ならば辞める必要は無かったのよねぇ?ベレンス先生には独り立ちを認められたの?」
「いえ」
うまい言い方が見つからない。アトリエを危険な目に合わせない為に、行動を起こしたら辞めるように約束した。カーマインを救うために魔法陣を描いた。
結果として助けられたから先生は快く送り出してくれた。
「事情も無しに勝手に辞めたのなら、肩書は無しとして評価するわよ」
「ノアは、絵を描いてカーマインを救ったからアトリエを出たんだ。ノアは悪くないよ!」
それまでストールに隠れていたガガエが、ジーナの目の前に飛び出した。ジーナは目を白黒させながら、手をガガエに伸ばす。
「あら何このちっこいの」
「んうう、やっぱちょっとなんか怖い」
と思ったらやっぱりストールの中に隠れてしまった。
「ごめんなさい。この子はガガエと言って、ファタルナの花の妖精なんです」
「傷つくわぁ。やっぱりこの格好、変かしら」
「似合っているので問題ありません。ガガエ、謝って」
ストールを外すとガガエがコロンと転がり出た。目を回すような素振りを見せた後、ジーナを視界に納めると慌てて私の後ろに隠れてしまう。
「謝る必要などない。苦手は誰にだってあるし、価値観の押し付けに困るのはオベルジーヌだって同じだろう?」
「それはそうだけど……イーオスもジーナって呼んで」
「断る」
二人の関係性が少しだけ見えた。決して妖しい仲ではなくて、価値観を受け入れてくれる親友ってところかな。
イーオスがわざとらしくコホンと咳払いする。
「カーマインの死刑がどうして国外追放に変わったのか私も気になっていました。話してもらえませんか」
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