関所

 それにしても、国外追放ってもっと厳しい処罰なのかと思った。追い立てられるようにして国を出なければならないと思ったのに、本当にのんびりとした旅行気分だ。


 関所を通るのは二度目だけど、何も悪いことなんてしていないのにすんなり通れたためしがないな。前回だって―――


「あれ、誰かの嫁にならないと通れない?」


 スマルトさんに誘拐された時の事を中途半端に思い出して私は焦った。どうしよう、選ぶならカーマインだけど、でも振られたら置いてけぼり?えっと、どうしてそんな話になったんだっけ?


「身分証も通行証もしっかり持ってるから、そんな関所破りみたいなことしなくても大丈夫ですよぉ。それにしてもどっからそんな知識仕入れたんですか」

「関所破り?やっぱりあの通り方ってまずい方法なの?」

「あーあの時か。再会した途端にノアがぎゅーっと抱き着いて―――」

「わあーーっわーっあーーっ。トープ、ダメだよ」


 慌ててトープの口を両手でふさぐ。慌てて周りを見回すけれど、こちらを気にしている人やカーマインはいなかった。

 ほっとして胸を撫で下ろしていると、ぽそっとラセットが神妙な面持ちで言う。


「気を付けて下さい。主はああ見えて結構嫉妬深いです。なんせ赤の女神の加護を受けているかもしれないお方なんで」

「ヴァレルノの王様たちはそんな人を処刑しようとしていたんですか」


 神様の加護を受けているなら、特殊な能力を持ったりして何だかすごい事が出来るイメージだ。国に保護されたり、悪い集団に誘拐されたりするならわかるけれど、国家が処刑するなんて理由が見当たらない。取り込んで味方に付ける方が余程国の為になる。


「通常は神殿で認定を受けて加護持ちとされるんですがね。旦那はめんどくさいと審査を受けてなかったんですよ。神殿に束縛されるのは嫌だって」

「つまり、まだ断定もしてないし公表もされていないのですか」


 加護持ち、加護持ちか……夢の中で神様に会ったと言うのは加護とは言えないよね。闇の日生まれで長生きしているのは、闇の神様のサービスで前世の残り寿命を上乗せしてるってだけだし。特別な力なんて特に何もない。はずだ。うん。

 肖像画でカーマインを助けられたのは私の絵の才能のお陰だと信じたい。……難しいところかな。


 ―――あれ?

 七つの月が女神で、夜空を渡って闇の神に会いに行く。

 会いに行った先は死者の世界なので、闇の神が転生させる。

 ……神々が生き物に大して加護を与えるのは、転生していたら出来ないよね?


「転生とは違うんですか?」

「あ、その辺は民間伝承ですねぇ。神殿の見解は加護持ちと言う扱いで統一されてます。ってか女神の転生者が何人もいたらおかしいでしょ」


 加護持ちは一人ではない…と。歴史の中で変わってしまったり、都合の良い解釈をされたりするのは分かるけれど、こうもポンポンといろんな情報が出てくると覚えていくのも大変だ。

 そして、どれも本当かもしれない。どうか、誰かに教えるような機会がありませんように。


「あとそれともう一つ質問が」

「何ですかい?」

「私、その……カーマインに焼きもちを妬いてもらえますか……ね…」


 恋心は確かに自分の中にあるのは自覚できてる。けれどそこから先に進むとなるとカーマイン側の気持ちだって必要なわけで。処刑の危機から助けはしたのに、惚れてもらえる自信なんてまだまだ無い。トープを振ってしまった手前、幸せになりたいとは思っているけれど……


「お宅の妹さん、ちょっとおかしいんじゃないですか。命がけで救ったのにあれは無いでしょ」

「国外追放されて付いて来いとまで言われたのに…あっ、フラれたのにのこのこ付いてきちゃった俺が悪いのか?」


 ラセットとトープが二人してぼそぼそと話している。何だか可哀想な人のように見られている感じがするのは気のせいだろうか。不安になったので頼れる縁結びの妖精様に聞いてみた。


「ガガエ、私、カーマインにちゃんと好かれるかな?」

「大丈夫、縁は切れてないよ。ノアはそのままで大丈夫」


 ガガエが太鼓判を押したのでひとまずは安心する。後はこれから少しずつ努力するだけだ。邪魔にならないように、且つ好かれるように。性格は大人な感じが好みかな。それともいつまでも若々しい感じ?グラマラスボディを期待されてもちょっと無理だけどスレンダーが好みって人もいるし、その辺りを探りながら旅をしよう。

 密かに決心していると、カーマインが受付の係りの人に連れられて待合室へとやって来た。


「連絡も取れたようだし、必要な手続きは全部終えたよ。さあ、行こうか」

「イーリック国内はまだまだ不安定です。一見平和に見えても各地に爪痕が残されてます。どうか、お気を付け下さい」


 係りの人に見送られながら馬車に最後に乗り込んだのはカーマイン。ヴァレルノ方面をほんの数十秒ほど見てから馬車に乗り込んだ。

 二度と戻れない場所。痛い程、良く分かる。でも、私の時とは状況が違う。


「生きていれば、いつか戻れる可能性だってあるはず。大丈夫だよ、カーマイン」

「そんなに、名残惜しそうに見えたかな?……でも、有難う」


 生きていれば。生きてさえいればなんだってできる。そりゃあ個々の能力には限界があるけれど、意思や望みを持つのは自由だ。

 私だって画家に成れたくらいなので、カーマインならもっと選択肢の幅が広がりそう。


 伝説級の勇者になって故郷へ凱旋とか、世界を救って名が知れ渡るとか。そうなったらまた肖像画を描かせてもらおう。私も、数百年後に名前が残っている画家に成れたらいいな。



 おそらくはそれぞれが色々な思惑を抱いて、私たちはヴァレルノを出てイーリック国内に入った。

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