王都ヴァレルノ

「浅葱さん、トープやガガエとパレードを見に王都へ行きたいんですけども……」


 事務室で仕事をしている浅葱さんに声を掛ける。


「丁度良かった。ノアちゃんに王都での依頼が来ているの。新人賞を取ったと聞いて是非とも肖像画を描いてほしいって御指名よ」

「本当ですか?」


 自分の描きたい絵かどうかはともかくとして、このタイミングで王都で依頼なんて何だか幸先がいい感じがする。


「結構上の方の貴族の方だから、普通ならアトリエ・ヴィオレッタの方に行くものなんだけどね」

「上級貴族……」


 貴族で思い当たるのはメイズさん関係かな。ニールグ家はそれほど上の方だとは聞いていないし、花の図鑑のお仕事関係から知らずにできた伝手かもしれない。でも新人賞が理由なら、知らないうちにファンが出来てしまった可能性もある。

 絶賛落ち込み中な内心は複雑だけども、働かざる者食うべからず。仕事が何にもないよりマシだ。


「依頼主はどなたですか?」

「ヴォルカン様のご子息で、蘇芳将軍の養子に出されたカーマイン様」


 思い掛けない名前を聞いて、私は思考が一旦停止した。……のも束の間、ぎゅるぎゅると音を立てそうなほどに目まぐるしく頭の中身が回転する。


 カーマイン……え、ヴォルカン様の息子だったの?将軍の養子?私を指名って、どうして新人賞取ったことを…ってヴォルカン様から聞いていてもおかしくないのか。これもガガエが結んだ縁?どうしよう、忘れようとしている所への残酷な再会、いやいやきっぱりケリを付ける良い機会かもよ―――


 中央行きを望んでいた貴族の少年が将軍の養子になって、王女と婚約して、戦で軍を率いて。

 最後に会ってからカーマインが歩んできた人生の片鱗を垣間見て、本当に自分とは違う世界の人だったと思い知った。

 もしついて行ったら、完璧に足手まといだ。ついて行かなくて良かった。


 浅葱さんが訝しむように硬直状態の私の顔を覗き込んだのではっと我に返る。


「確か森から帰ってくる時の神殿の中で、知り合いみたいなこと言っていたよね?だから受けたんだけど……なんかマズかった?」

「いえ、大丈夫です。知り合いです。私が子供の頃にバスキ村の自警団に参加されていて、面倒見てもらった事があります」

「えっ、貴族なのにそんな事してたの、あの人」

「今思うとかなり変ですよね。子供の扱いも慣れてたみたいでしたよ」


 上り詰めるのに遠回りをしたんだろうけれど、微妙に方向性が間違っていたような気もする。マロウ神官に付いてきたとはいえ、自警団員と同じ労働をしなくても良かったのではないか。

 まあ、そのお蔭で私は助かったんだけれども。その次にあった時は兵に指示を出したりと貴族らしい仕事をしてたから、きっとあれは若気の至りだったんだろう。


「一躍時の人になったから、画家の方から肖像画を描きたいって申し込みが殺到しているらしいよ。その中での御指名だからちょっと気を付けてね」

「どういうことですか?」

「平民の新人画家が分を弁えずに上級貴族と繋がりを持とうとしている。自分の方が技術的にも身分的にもふさわしいはずだ―――なんてね。王都には宮廷画家だっているんだよ。妬み嫉みを持ったタチの悪い奴ってのは手加減ってものをしないからね。その座を奪おうとするのに、手段なんて択ばない。利き手と目と心と命を潰されないようにね」


 ひぃと悲鳴を上げそうになる。嫉妬怖い。王都怖い。

 ディカーテでの生活圏内はほぼアトリエで済んでしまう。外へは滅多に出ないけれど、出かける時は必ずトープや誰かと一緒にいて、今まで絵画関係で危険な目にあったことは無かった。……狙われる理由が無かっただけかもしれない。


「無事に会えたらなんでこんなペーペー指名したのってカーマインに文句言ってやる!」


 私が頭を抱えて叫ぶと、浅葱さんはあはははと笑った。


「流石に王女様の嫉妬は無いと思うけど、二人きりにならないように気を付けてね」

「っ、そっちの心配もあった!トープとガガエ連れてきます。連れて行ってもいいですよね?王都のどこで描くんですか。……まさか、お城!?許可無し平民の侵入は不可ですか。あっ、いつも絵を描いている時に着てる服だと門前払いかもっっ」

「落ち着きなさいって。描くのは将軍のお屋敷になると思うけど、多分戦後処理で忙しくなるだろうから行ってすぐに描けるってものでもないと思う。少なくとも本人がパレードに出ている間は呼び出されないでしょうね」


 花を描いた時のように屋敷に寝泊まりは出来るかどうか、いつから描き始められるのか、依頼の打診に対して返答はしたもののまだ具体的な事は何も決まってないらしい。


「パレードを見てから呼び出されるまでの間、私はどこにいればいいですか」

「先生と兄さんが同じ時期に王都で仕事があるから暫く行動を共にして、呼び出しを待つ形になるかな」


 パレードがある為ホテルや宿屋はどこも予約でいっぱいで勿論今からでは取れないが、以前から先生に仕事の予定が入っていて、広い部屋をとってあるのでそこに詰める形になる。


「その間、私のお仕事は……」

「今回は見学がお仕事。いずれはノアちゃんにもやってもらうかもしれないからね」



 王都へ行くのはやはり領都へ行ってから神殿の魔法陣を使っての移動になった。度重なる魔法陣の使用にマロウ神殿長は非常に苦い顔をしていたが、文句は言わなかった。

 メンバーは先生と紫苑さんと浅葱さん、それに私とトープとガガエ。

 先生が受けた依頼は王都にある大きな図書館の壁画に、知識を司る藍色の女神を描くお仕事。図書館自体は王立ではあるが、女神を描くので依頼主は神殿だ。


 ちなみに、神官になるには大陸の中央にあるデアルーチェで一定期間勉強をしなければならない。誕生日によって神官としての色が決定され、それぞれの色に合わせた勉強をする。神殿内に留まるのであれば知識や技術をさらに伸ばすが、世に出てからはほとんど重要視はされない。各地にある神殿は特に祀る女神を限定しているところは少ないし、孤児院などの施設へ派遣される場合もある。マザーがいい例だ。


 マザーが神官を止めた理由はいくつかある。フリントさんとの結婚だったり、神官として急に何かの仕事に就かせられないように、だ。孤児院の担当なのに都合のいいように扱われては孤児たちにしわ寄せがいく。

 神官を止めても孤児院の院長は続けられているし、ディカーテの神殿にも出入りしているからかなり融通は利くんだろう。


 私のような闇の属性を持つ神官は、いない。おそらく神官になる前に死んでしまうからだろう。


 パレードが開かれるのは二日後だと言うのに、王都はもうお祭りムードになっていた。南門から大通りを北上し、王城へと入って行くルート。沿道には飾りがつけられ、道行く人はどこかそわそわしているように見える。


「記念グッズとかあるのかな?」

「出るとしたらカーマイン様の結婚式の時じゃないか?流石に凱旋記念ってのはないだろ」


 神殿から予約のしてあるホテルに向かいながら、トープに話しかける。はぐれないように気を付けながらちらっと店先を覗くが、軒並み置いてある商品が少なかった。

 こういう時こそ稼ぎ時だろうとセールを期待するのは、もしかしたら日本人特有の感覚なのだろうか。人の集まるこの時期に大量に商品を並べておけば、多少高くとも売れそうなのに、もったいない。


「前に来た時はこの辺りに食事の旨い店があったんだ。ディカーテから移転したらしくて、贔屓にしてた店なんだが……ああ、閉まってるな」


 紫苑さんが気落ちしながら、扉に張られた閉店の張り紙を見ている。何だか世知辛い。


「やっぱり王都となると家賃も高くて、経営が苦しかったんでしょうか」

「それもあるが、王都は物価が相当上がっているらしいからの」


 ディカーテやアンツィアでも少し上がっていたが、物が集まってくる王都は輸送量なども上乗せされて余計に上がりやすい。

 派遣した兵士の食料、同盟国への支援物資、そして神殿の調停後に求められる人道支援への協力。

 新たな土地を得たわけでもなければ、それに代わる収入源を得たわけでもない。


 浮かれた空気に隠された物が少しだけ見えた気がした。

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