肖像画6

 塔に幽閉されるのは実は破格の待遇らしいとラセットから聞いた。今まであの塔に幽閉されたのは王族ばかりである、と。道理で部屋が割と綺麗に整えられている筈だ。牢に付き物のネズミや蜘蛛の類も見かけないから絵を描くのに集中できる。

 ホテルに戻る途中、今日は王女が婚約破棄の報告をしに来たと告げるとラセットは首をひねった。


「会いに行けば普通は色々と疑われるもんなんですがねぇ。共犯や主犯格が口封じの為にカーマイン様を訪れるように見える―――まぁ、そんな心配もないから割と自由に出入りできるんでしょう」

「どうして?」

「そりゃあ……っと、危ねぇ。これ以上は勘弁してくださいよ」


 ラセットは慌てて自分の口を塞ぎ、目だけを動かして私に訴える。直前の会話を脳内で再生して真相に迫ろうとしたが駄目だった。


 王女が疑われる、王女が主犯か共犯でカーマインを口封じ。でもそんな心配はない。王女が犯人ではないけれど、カーマインが王女に告げ口しても問題ない。

 王女は犯人を知っているから。王女なら助けられる。でも王女はカーマインを助けない。


 いろんなパターンを思いついては可能性を消し…とやっていると訳が分からなくなってきたので考えるのを放棄した。


「ラセットは知ってるんだ、いろいろと」

「いやまぁ、カーマイン様から色々と。教えてもらわなければ動いて消される可能性がある人間にだけ教えているみたいですけど」

「ふぅん、私は良いんだ」

「お嬢さんが動いたって大したことは出来ねぇだろうって判断じゃないですか」


 ちょっとイラッとする。浅葱さんやトープ達が協力者を募っても、まだ返事が来ない。ほとんど人任せであるのもイライラを助長させる。

 言ったのがラセットであるのもなんか嫌だ。


「どうせ私なんか絵を描く以外に何もできない小娘ですよ」

「まあまあ。絵を描ける小娘だからこうして呼ばれたんでしょ?あっしは面会すら許されてませんからね」

「面会できないのに教えてもらったの?」

「ええっと、そのう……手紙で」

「よく検閲に引っかからなかったね」


 ぽろぽろと情報を漏らすのは過失なのかそれとも意図的なのか。口元が引きつっているから前者かな。事情を教えてくれればもしかしたら力になれる可能性だって、万に一つくらいはあるかもしれないのに。


「あと一押しかな」

「送り迎えが無くなったら死んだと思ってくださいねぇ」


 ラセットが遠い目をしながら穏やかな声で言う。ちょっと追い詰めるのが楽しくなってきたところに思い切り水を差された。

 そうだった。軽いおしゃべりではなくて命がかかっているんだった。城でも街中でもホテルでも、どこで誰が聞いているのか分からない。


「ごめんなさい」

「いえいえ。分かって頂けたようで何より」






「ノアちゃん、メイズから返事があったのだけれど……『うちを巻き込まないでくれ』だって」


 王都でニールグ家が拠点にしている屋敷をいきなり訪れるのも悪いかなと思い、メイズさん経由で連絡を入れてもらおうとした。不在の可能性も高いし、頼みごとをするのはこちらなので一応貴族の手順を踏んでおきたかった。

 王妃と言う後ろ盾があるニールグ家ならば、もしかしたら何らかの道が開けるかもしれないと思っていたのだ。


 実は一番期待していた方法だったのに、これでカナリーさんに頼る道も断たれてしまった。

 悪い知らせは続く。今度はトープが読んでいた手紙を折りたたんで、内容を報告してくれた。


「マザーにも連絡取ったんだけど、戦争だの反乱だの、多数の人命が著しく失われる危険がない限りは神殿は不干渉だって。今回も犯罪者を一人捕らえただけだから介入は難しいらしい。カーマイン様がそんな事するはずはないって、フリントはめちゃくちゃ怒ってるみたいだけど」

「マザーは神殿の大元国家の、えっと……デアルーチェの人に聞いたのかな?」

「いや、聞いたのはディカーテのレド神官。そこから連絡入っているかもしれないけれど、無理だって考えはマザーとレド神官の物だって」

「そっか。図書館のクラレットさんも神殿関係者だよね。後はマロウ神殿長とか」


 過去に神官だったマザーよりも現役の神殿長や司書の方が立場が強そうに見える。マザーが頼りにならないわけでは無いけれど、交渉事には向いてなさそうだ。


「マロウはアスコーネ出身だから、王家に働きかけるにはちと無理があるかの」

「クラレットは原料調達に奔走していて不在だ。しびれを切らしたらしい」


 見通しが立たなければ足場を組むことも出来ない。先生と紫苑さんは下絵を描いたりやることはあるけれど、トープは暇なんだそうだ。浅葱さんも作業開始を見届けてアトリエに戻るつもりだったみたい。いつになったら帰れるのかと時々ぼやいている。


 けれど、そうか。そうなると―――


「打つ手、無し?」

「署名集めなら手伝うぞ。ただし庶民に限るけど。たーっくさん集めれば王様だって無視できないんじゃないか?」


 トープはそう言ってくれるけれど、集めたところで誰に渡すべきか、だ。みすみす敵の手に渡してしまっては元も子も無い。


「もう少し待ってくれる?カーマインからもっと情報を引き出して、味方になってくれそうな人を探すから。渡す人も選ばないとせっかく集めても無駄になるかもしれないでしょ?」

「そっか。そっちは任せる」


 庶民の味方になってくれて、犯人ではなくて、尚且つ王様の言葉を覆すことが出来る人。そんな人、いるのかなぁ。何だか途方も無く無駄足を踏んでいるような気もする。

 じわじわと包囲網が狭められていくような感覚。これで周囲に頼る手段は一つだけになってしまった。


 私が考え込んでいると、先生は穏やかな声で仕事の進捗状況を聞いてきた。


「カーマイン殿と話すばかりではなく、絵はきちんと描けておるかの?」

「はい。万が一があったとしても、せめて依頼の仕事はきっちり仕上げたいと思ってますので」


 助けることも出来なければ、画家としての本分を遂げることも出来ない。そんな中途半端な覚悟では私の絵を盗作した上で死んだアクバールの言った通りになってしまう。

 それだけは絶対に嫌だ。死刑を止められないのならせめてカーマインの最期は私の最高傑作と言われるくらいにまでしっかりと描きたい。


 ……あれ、スランプだったはずなのにいつの間にか復活してるっぽい?こんな時なのに描く意欲が以前にも増している気がする。

 そんな心を先生は見抜いたのか、「重畳、重畳」と笑った。


「人生に於いて自分を成長させる出来事なんて滅多にないことだからの。結果が悲劇だとしても傑作を描ければカーマイン殿も浮かばれよう」

「先生、まだお亡くなりになってません。止めて下さい」

「そうだったかの」


 年寄り特有のすっとぼけを先生がやるとは思わなかった。もしかして、カーマインが死ぬのはもうどうしようもないと気づいていて、先生は私の行動を止めずに好きにやらせてくれているのかな。

 目指すところは死刑判決を覆せる程の絵だ。

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