肖像画7

 カーマインの捕らわれている塔へ第二王子がやって来た。第一印象は、出来る人。王女の時と同じように立ち上がろうとしたら手で制される。王族って人の動かし方だけでなく止め方もうまいんだな、なんて馬鹿な事を考えた。


「やあ、カーマイン、元気か。不自由は無いか?」

「アスワド殿下、お心遣い有難うございます」


 物静かな雰囲気なのにカリスマがあると言うか、柔らかい感じなのに気が引き締められると言うか。カツカツと靴音を立てて歩く姿すら、目が離せない。

 カーマインが心酔するのも、分かりすぎるほどよく分かる。


 そんな王子が時折こちらへ顔を向けながらカーマインと話している。声も穏やかではっきりとしていて、人を引き付ける不思議な声だ。


「やっと会わせてくれたね、カーマイン。君が奇跡の闇の御子か」


 闇の御子って誰だろうね。ちょっと中二病っぽい響きの言葉が王子の口から出てくるなんてびっくりだ。呼ばれてますよ、闇の御子さん。どこにいらっしゃいますか。カーマイン動いたから背景塗っておこうっと。


「緊張しているのかな?返事くらいはしてほしいのだけれど」

「ノアールっ!」


 慌てたカーマインに名前を叫ばれて、はっとする。


「えっ、私?だって闇の御子って……」

「そうだよ。その年まで生きている闇の日生まれは皆無だ。奇跡だとしか思えない。だから、闇の御子と呼ばれるにふさわしい」

「そのような呼ばれ方をするのは初めてなので反応が遅れました。申し訳ございません」


 勝手に変な二つ名付けないでください、なんて言えるわけがない。

 かなり失礼な態度を取ってしまったにも拘らず、王子はにこやかなままでいる。激情に任せて処刑を言い渡すような人には思えない。もしかしたら表面は取り繕っていて中身は物凄く怒り狂っているのかもしれないけれど。

 カーマインから離れて私の方へと近づいてきた。王女の例もあったからほんの少しだけ、身構える。


「大した用もないのに平民を呼びつけるのは止める様にカーマインに言われてたんだ。画家に成ってくれて良かったよ。こうして話をする機会も出来た」


 カーマイン、グッジョブ!訳も分からず王族に呼び出される事態になっていたらぞっとするよ。でも……

闇の日生まれで偶然長生き出来ているだけの私にどんな話があるんだろう。


「不思議そうな顔をしているね。自分にそんな大層な価値があるとは思っていないのかな?私は七属性を持っていてね。四属性の日の生まれで他は自力で手に入れた。後は闇があれば完璧なんだけれど、とても難しいらしい。生まれ持つ人間も直ぐに死んでしまうから諦めていたんだけど―――」


 座ったままでいる私に、王子は顔を近づけた。かなり素敵なお顔立ちですが何故か心は全くときめきません。寧ろ恐怖を感じて背筋に冷たいものが走るくらい。

 そんな王子が耳元で囁く。


「良いもの持ってるね、君。……欲しいな」


 ひっ、と短い悲鳴が聞こえる。と思ったら自分の口から出た物だった。聞きようによっては愛の言葉みたいなのに、ヴェスタ王女と言い、ここの王族って人に恐怖を与えるのが得意な血筋なのかもしれない。


 エボニーの目指したものはまるっきり見当違いではなかった。闇の神を降ろす方法が闇属性を手に入れる事に繋がるなら、この第二王子が欲しいものに当てはまる。あんな恐ろしい方法に需要があるなんて思いもしなかった。

 しかも知識欲に狂った魔法使いの類ではなくて権力も持っている王族だ。


 ―――あ、もしかして。

 カーマインがそこまで上がれたのはエボニーを捕まえたからではなくて、エボニーの残した研究をこの第二王子に報告した手柄から―――?


 第二王子は私を見定めるように目を細めていたが、硬直の解けない私に飽きたのか王子は私から描きかけの絵に視線を移した。


「まだまだ途中か……楽しみにしているよ」


 一言だけ言ってカーマインの元へと戻る。呪縛が解けたように私は肺の空気を一気に吐き出した。

 全ての属性を手に入れて何をするつもりなのか、聞きたくもない。人の命をそんな簡単に奪える人間が考える目的なんてきっと碌でもないに決まってる。

 今後、あの王子の肖像画を頼まれたとしても絶対に描きたくない。面と向かったまま長時間対峙してたらきっと私の身が持たないだろう。


「兄上が王となった暁には、アスコーネ領の地位は確実なものになっていくだろう。君と兵士たちの犠牲によってね」


 こうべを下げるカーマインがどのような表情をしているのか、ここからでは読み取れない。

 聞こえてくる話を纏めると真犯人は第二王子で、カーマインは代わりに罪をかぶったと言う事?だから国王が認めざるを得なかった?


 自分が、ではなく兄上が王となった暁にと言った。第一王子と第二王子が敵対しているのではなく協力体制にある。王子たちが敵対していると思い込んでいたカーマイン自身が王家の敵にされた―――?

 だとしたら、王族全体が第二王子を罰するよりもカーマインを犠牲にすることに納得済みで、しかも将軍や宰相などの重鎮からも声が上がらない。助けようとすれば国家中枢のほとんどを敵に回す事になる。

 これで知り合いの貴族たちが手を引く辻褄が合った。


 怒りで目がくらみそうだ。今すぐにでも問いただしたい気持ちを、ギュッと筆を握りしめて歯を食いしばり抑え込む。


「城門前の実験で闇属性を得ることは出来なかったけれど、こうしてこの子に会わせてくれたからね」

「彼女に手は出さないでください」

「ああ、それは約束する。先ほどの様子だと私ではどうにも落とせそうにないし、せっかくの生存者を追い詰めて死に至らしめるようなまねはしたくないからね。所在確認だけして後は自由にさせてあげる。人質にもならないよ、平民の画家なんて」


 第二王子は笑いながらひらひらと手を振る。


「次に会うのはきっと処刑台に上がる時だな。それまで元気で」

「待ってください」


 カーマインと王子のやり取りで一つ可能性を見つけた私は、先程まで恐怖で固まっていたのも忘れて王子に思わず声をかけていた。


「私があなたのものになったらカーマインの死刑を取りやめてもらえますか」

「随分自意識過剰なお嬢さんだな」


 王子に指摘されて自分の言葉を反芻して気付く。あなたのものになる―――って!ぎゃあぁぁっ、何変なこと言ってるの私。顔がかーっと熱くなる。


「や、えっとそう言う意味ではなくて、ですね」

「わかってる。闇属性を持つ君が私の元へ来ても私が得られるわけではないし、どのような条件下で君だけが生存しているか分からない以上、城へ招くわけにもいかない。だから取引には応じられないよ」


 お腹の底にずしんと重い感覚を残して、第二王子は塔を出て行った。後に残されたカーマインは項垂れていて、主に会えた喜びなんて微塵も感じられなかった。


 これが、カーマインのせめてもの忠誠の形。間違ってる。絶対間違ってるよ。


「第二王子の身代わりに処刑されるのですか」

「君は絵を描いているだけで良いと言ったはずだ」

「その絵を描くのに必要な事なんです。忠誠、諦め、自己犠牲。本当に犯罪者として描くのなら狂気を―――」

「それで良い。ある意味狂ってるんだから間違いないだろ」


 自嘲気味に言うカーマインの口元には、確かに狂ったような笑みが浮かんでいる。


「尊敬してた将軍には息子の身代わりとしてしか扱われず、共に歩むと約束した第二王子には駒としてしか扱われない。田舎領主の息子が出過ぎたマネをして、挙句の果てには殺される。滑稽だ。こんなの狂ってなきゃやってられないだろ……」


 声に力が無い。


「何も聞かず、綺麗に忠誠心に満ちた僕を描いてくれればよかったのに。お前たちはこんな忠臣を失ったんだと、残された絵でせめて彼らに一矢報いたかったのに、君は一体どんな僕を描くつもりなんだ?」

「反省なんてしませんよ、きっと。次を見つけ出すだけです。エボニーが私にしたみたいに」

「そうか、そうだったな。君はもう既に狂気の犠牲者だった」

「ええ、あなたが助けてくれました」


 カーマインは、嗤った。私は逆に、泣きたくなった。

 感謝の気持ちを、伝えなくては。


「あなたがいなかったら私はここにはいません」

「周りの人間が死を願う人間だ。そんな大した者じゃない」

「私は生きてほしいと願ってます。誰が何と言おうと私はあなたの味方です」


 自分の思いが相手に届かないのがどれだけ辛いかカーマインは知っているはずだ。

 それでも、表情が晴れる事は無かった。



 こんなカーマインの顔、描けないよ。

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