肖像画8

 本当の黒幕は第二王子だった。カーマインをその罪をかぶって処刑される。それは国王を始めとした王族は納得済みだ。第二王子が闇の属性を得ることは魔法学の研究も進み、国にとっても利益になるから。

 カーマインを犠牲にすることは、アスコーネ領からの忠誠を推し量る判断材料にもなる。

 将軍の息子、臙脂も王女と結ばれてめでたしめでたし。


「って、そんな道理がまかり通るんなら私はカーマインをさらってよその国へ行くわ!」


 らしくないと思いながらも説明の最後に片手をあげてノリで叫ぶと、説明を聞いていた紫苑さんと浅葱さんとガガエから拍手が沸き起こった。


「んーと、当然僕も連れて行ってくれるよね?」

「物語になりそうだ。絵の題材になるな」

「悲劇の英雄を助け出すヒロイン。くぅっ、なんて乙女心をくすぐるロマンチックな恋物語」


 ガガエには勿論だと返事をしておく。自分で呼び出したのに置いていくなんて無責任な事は出来ない。


「恋愛には多分発展しませんけど。だってあの綺麗な王女さまですらカーマインは言われたから婚約したみたいな立場で」

「男女の仲ってのは何が起こるか分からないわよ?」


 浅葱さんが意味ありげな目配せをするが、見張りの騎士がいるとはいえ二人っきりなのにカーマインはそんな素振りを欠片も見せない。きっと知り合いの小さな女の子が大きくなっただけと言う感覚だろう。

 絵を描くにはそちらの方が意識せずに済むから、むしろ助かっているのだが。死の間際で恋の炎が燃え上がったりするわけでもなく、私に魅力が無いのかなとか少し寂しいとか思ったりもしたりしなかったりで、乙女心は複雑だ。


「……で、どうやって?」


 意味も無く盛り上がっている紫苑兄弟とは反対に、トープが冷静にツッコミを入れた。


「署名を集めたところで意味が無さそうだし、知り合いへの働きかけも出来なかった。これからどんな策が出てくるのかは知らないけど、王族を敵に回して無事に済むとは思えない。ノア自身も、俺たちも」

「そうなの。処刑前に連れ出せたとしても追手がかかるだろうし、何より本人が逃げたがらないだろうからかなり難しいよ」


 平民の署名をたくさん集めたところで、提出先がどこであろうと事態が好転するのは見込めなくなってしまった。王子たちが対立しているなら第一王子に提出する手も有ったけれど、それもダメ。


「それからカーマインを生かせたとして、ノアはどこまで責任を取れるんだ?助け出しました、後は好きにしてくださいって放り出すのか。一文無しの有名人で周りは敵だらけ。誰かに雇ってもらうにしても元貴族。雇う方も気を使うだろうしまともな仕事には就けないだろうな」

「例えばフリントさんと一緒に孤児院の手伝いを……」

「マザーは神殿に報告しなければならないだろうし孤児院にそんな余裕はない」

「私の稼ぎで食べさせて……」

「カーマインをヒモにするのか。画家とモデルだったらそんな関係も有りかもな。何だったら肌の色に使う顔料でも多めに用意しとくか?」


 トープが物凄く早口でまくしたてるので、頭が追い付くのにほんの少し時間がかかる。ヒモ、画家とモデル、肌の色の顔料。導き出されるのはとても淫靡な光景。

 トープがそんなことを言うとは思わなかった。ちょっとからかわれただけで真っ赤になるあのトープが、しかもとてつもない皮肉を込めて。


「怒ってる?」

「……カーマインをさらって国外へ逃げるなんて言うから、ちょっとだけ」


 トープがむくれてる。これは、あれか。焼きもちか。なんかかわいいから髪の毛わしゃわしゃしてもいいだろうか。

 じーっと見ていると犬が水浴びした後みたいに首をぶるぶる振った後、私に向かって人差し指をびしっと突きつけた。


「ノアはそろそろ現実を見るべきだと思う。頑固なところがあるからある程度まではって思っていたけれど、もうできる事なんて何も無いだろ?」


 私が異世界に転生したのには何か意味があって、前世の知識を使って誰かを助けたり、大きなことをやり遂げて幸せになったりしたい。すっかりこの世界に馴染んだつもりでもやっぱりその思いは抜けきっていない。

 闇の日生まれなんて特別感はあっても、大きな魔法が使えるわけでもない。絵は描けているけれど、ものすごくうまく描けるわけでもない。前世でいろいろな作品を見て、多少は目が肥えている程度だ。


 空が飛べたら、カーマインを窓から連れ出せるのに。

 物凄く強かったら、見張りの騎士も倒せるのに。

 人を操れるほど魅力的だったら、死刑判決だって覆せるのに。


 出来ないことだらけの私をそれでも選んで依頼してくれたカーマイン。助け出すことは期待されていないけれど、それでも奇跡の一つくらい起こしたいと思うのは、只の夢なんだろうか。


 足のつま先ばかり眺めるようになってしまった私に、先生が優しい声で現実を突きつける。


「諦め時だの。これ以上何か事を起こして助けようとするのなら、破門と言う形でアトリエを出て行ってもらう」

「先生……」


 慌てて顔を上げ反論しようとするが、先生が私を案じているのが表情から読み取れて、何も言い返せなかった。


「辛いだろうが分かってくれ。可愛い弟子を失いたくはない。カーマイン殿を失ったノアールの、これからの成長を見たい」


 誰もかれも、カーマインのいない未来を見ている。カーマインが打ちのめされた状況が手に取る様に分かった。もしかしたら、落ち込んで絵が描けなくなるかもしれないのに。私まで死んでしまうかもしれないのに。

 辛いよ、寂しいよ。今まで頑張って生きたことが、何もかも全部無駄になっていくみたいだ。

 まるで生まれ変わる前の闇の中にいるみたいに、周りに味方が誰もいない。

 もがいてももがいても何かにぶつかることは無くて、光の一筋も、欠片すら見えない。


 ―――だったら、せめて私だけはカーマインの傍にいよう。


「分かりました。後は、絵を描くことだけに集中します」


 私がそう言うと、先生もトープ達も皆ほっとしたような顔をした。どうやら心配をかけているらしい事だけは分かるのだが、私は納得いっていない。

 考えてみれば人の手を借りようとしていただけで、私は絵を描きながらカーマインの話を聞いていただけで何もしていない。王女にちょっと唆されたり、王子に働きかけたりしたけれど。

 

 寧ろ、私の戦いはこれからだ。

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