ご褒美
「トープ、コンクールの結果をマザーに知らせたいんだけれど……って、何やってるの?」
トープが仕事をしている絵姿も送るつもりでモデルの依頼をしに来たのだが、工房の真ん中で浅葱さんとバフさんがにらみ合っていた。トープが二人の間でおろおろしているのに他の職人たちはそれにかまわず黙々と作業をしていて、状況を聞かずにはいられない光景だ。
扉の一番近くにいた職人さんが、状況を説明してくれた。確かトープと仲の良いダ…なんとかさん。
「新人賞を取ったご褒美に、トープがノアちゃんに木彫りの髪留めを贈るつもりだったらしいんだけど―――」
ダ…なんとかさんが渦中の人物達に目をやると、それに答えるかのように双方が主張を始める。
「ノアちゃんはもう成人してるのよ。もうオ・ト・ナなの。あげるなら宝石の付いた貴金属にするべきよ」
「って浅葱さんが出てきて」
「扱うもんは画材と言えど歴(れっき)とした職人だったら自分で手作りに決まってるだろうが」
「って親方が」
と言ってダ…なんとかさんは肩を竦めた。どうやら私への贈り物が二人のいさかいの原因になってしまったらしい。トープが私にくれるものなのにどうして二人がいがみ合っているのか、理解できない。
「他人に贈るものでそんなに熱くなれるものですか?」
「二人とも自分自身の願望が入っているんだろうな。浅葱さんは男性から貴金属を贈られたい。親方は自分が作ったものを女性に身に付けてもらいたい」
「なるほど」
お金を稼げていない状態で賞を取れたのならともかく、私にとっては仕事の一環と言う感覚だ。賞金もきっちりもらったし皆からお祝いの言葉をもらっただけで十分だと思っている。
とは言え、トープの気持ちは物凄く嬉しい。
二人の言うことも、これから身に付ける場面を想像すれば理解できなくもない。貴族の屋敷で仕事をする機会もあるので少しでも価値のあるものを身に付けたい。心が不安定になった時に世界で一つだけの手作りは特別感があってきっと自信をくれる。……なんて、もらった事が無いんだけれどね。
もらう物を自分から指定するのにはかなり抵抗があるけれど、このままでは埒が明かなさそうだ。私は思いついた物をそれとなく提案してみた。
「トープ、銀の加工ってできる?」
「ああ、銀筆をうちでも扱ってるから簡単なものなら……ってそうか!銀は貴金属だし自分で加工すれば手作りになるな。後は石だけど―――」
銀筆と言うのは銀で出来た鉛筆の形をした物だ。顔料をあらかじめ塗った紙に対して、主に素描で使う。普通の金属よりは高いけれど、金やプラチナよりも安上がりなのは前世と同じ。
石なら私の首からぶら下がっている袋の中に丁度良いものがある。画材として使いたいと最初は思ったけれど、時折石の中で瞬く光に何だか愛着が湧いてしまい、すり潰すのは止めようと決めた。
まあ、加工の手段が今のところ無いからとも言える。
「人魚の涙をペンダントトップに加工してほしいの。石を加工しなくてもそのまま使えるような感じで良いんだけれど、お願いできるかな?」
「でも、確か特殊な技術が必要だって親方が言ってたような。それに他人に渡そうとすると炎みたいなのが出るんじゃないのか?」
トープの視線を受けてバフさんはやれやれと肩を竦めた。浅葱さんもそれならと納得したみたい。一触即発の状態は何とか収束したようだ。
「技術が必要なのは石を研磨したりする場合だな。俺も詳しくは無いが銀を巻きつけるような加工なら、ノアールから石に呼びかけてもらって何とかなるんじゃないか?なんなら手伝うぞ」
バフさんの助言を受けて、トープは考え込んでいる。
「初めてだから大したもんなんて出来ないぞ。ご褒美のプレゼントなのに本人から石を提供されるのは……しかも一粒十五億」
「本当に簡単で良いんだけどな。例えば石を銀の網で包み込むようにして、上にひもを通す部分をくっつけるだけの。不格好でもあまり気にしないよ?」
「ノアがそう言うんだったらやってみるか」
迷った末に決心がついたらしいトープは、うんと頷いた。
加工中に精霊に暴れないよう言い含めて人魚の涙を二つともトープに渡すと、怪訝な顔をされた。
「二つとも?同じデザインで良いのか」
「うん」
「そう、か……分かった」
一瞬複雑そうな顔をしたトープだったが、出来上がりはお楽しみという事で私は工房から追い出された。
そして数日後―――
「こんな感じで良いか?」
「うわあぁ、有難う」
渡されたのは思ったよりもしっかり作られた物だった。鳥かごをねじって中に石が入っているようなデザインで、首から下げるのは皮ひもだ。甘すぎず、ちょっとハードな感じも入って私の好みにドンぴしゃだった。
一つを自分の首に下げ、もう一つをトープに差し出す。
「はい、トープの分」
「……は?」
「賞を取れたのはユニコーンの絵の具のお陰でもあるから、ね?」
人魚の涙が反抗するようにチカチカと瞬いたので、私は「お礼だから、お願い」と言い聞かせると、明滅は収まった。
もう一度ハイっと突きだすのにトープは手を出さないまま、私とペンダントを見ている。しばらくたっても動く気配が無かったので、金メダルを授与するみたいに私が首にかけてあげた。
シンプルなデザインなので男性が掛けていても全く違和感が無い。我ながら良い仕事をしたと思う。細工をしたのはトープだけど。
悦に浸りながら、自分の首にかかっているペンダントを目線の高さまで持ち上げる。石の向こう側にまだ固まっているトープが見えたので思わず笑ってしまった。
「お揃い、だねぇ」
「―――っ、―――ぁ」
見る見るうちに表情を変えたトープが声にならない声を上げた。両手で顔を覆っているけれど、耳まで赤いのが隙間から見えている。
一拍おいて、工房の中がワッと蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「親方ぁ、もう俺耐えられないッス。何この激甘な空気。こんな仕事場じゃなかったはずだ」
「窓を開けろー、窒息するぞー」
「トープ、おめでとう。これでお前も一人前の男だな」
「ノアちゃん、わかってやっているの?結婚したいのにできない私へのあてつけ?」
「え?えーと、浅葱さんもご褒美欲しかったんですか。でも人魚の涙は二つしかないので差し上げられません」
「ぅああ~もう、全くこの子はぁっ!」
浅葱さんが何故か雄たけびを上げた。そりゃあ、手前からペンダントを下げるって何だかいちゃいちゃしているように見えるかもしれないけれど、相手はトープだしそんなに騒ぐことだろうか。私としてはご褒美を上げただけで、しかもトープが作った物なのでツッコミを入れられるかと思っていた。
この騒ぎ方は異常だ。徐々に不安になっていく私に、ダ……さんが苦笑いしながら話しかけてきた。
「すげぇな、公衆の面前でプロポーズか。けどノアちゃん、トープの男としてのメンツも考えてやろうな?」
「え、今なんて言いました?」
ダさんから聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、もう一度聞きかえす。
「男のメンツ?」
「じゃなくてその前」
「プロポーズ?指輪でもペンダントでもお揃いの物を贈るのは求婚―――」
「トープごめん、やっぱ返してっ!」
首からペンダントを取るために顔を覆っている両手を引っぺがすと、ダさんとのやり取りがしっかり聞こえていたみたいで、トープが珍しく魂の抜けたような顔をしている。まだ赤みが引かないのが本当に申し訳ない。
「ホント、ごめん。お揃いの物を上げるのがプロポーズになるだなんて私、知らなくて」
「ああ、うん。そんな事だろうと思ったから大丈夫だ。うん、ハハハ……はぁ」
今にも泣きだしそうな、緊張が解けたような、そしてがっかりしたような笑顔。私は居た堪れなくなって工房を飛び出し、自室のベッドに潜り込んだ。
―――やってしまった。文化の違いは十二分に承知していたはずなのに。
この一件以来、工房の職人さん達から小悪魔を通り越して悪魔だと言われるようになってしまった。男心を弄ぶ魔性の女だ、と。
人魚の涙は結局二つとも、私の首元にある。
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