盗作

「アクバール?」

「いや、それは……それだけは勘弁してください。盗作したのは俺の方です。認めますからどうか、どうか」


 余程覗かれたくない記憶が有るのか、今までごねていたのが嘘のようにあっさり手のひらを返した。それどころか土下座をして頭を床にこすり付けている。

 体の端々が震え、大丈夫かとこちらが心配してしまう程に息遣いが荒い。

 アクバールの異様な状態にヴォルカン様は顔を上げるように言った。


「認めたか……。だがどうやってそなたが盗作したのかを調べなければなるまい。こちらに納められたものを盗作されたとなれば神殿の警備にも問題ありという事だ」


 あ、疑いが飛び火した。アクバールががっくりと項垂れるだけでなく、マロウ神殿長までもが真っ青になってる。


「あ、アトリエで見られた可能性も―――」

「アトリエでは弟子同士の間でも作品が見られぬよう、部屋ごとに魔法陣を仕掛けて管理しておりました。余所者が入れる状態にはありません」


 先生は神殿長と友人なのにかばうどころか突き放した。え、それってうっかり他の階の扉を開けたらまずかったという事?一階は紫苑さんとスマルトさんの二人で使ってたのに、部屋の中はどうなってたんだろう。


「とは言え、戦地に兵士を派遣するために膨大な魔力を使用したため、必要最低限の魔力で神殿を回した結果かと思われます。どうか神殿には寛大な処置を」

「そ、その通りです。保管庫で扱う魔法陣の発動条件を調整して魔力の節約をしておりました」


 お、今度は神殿長をかばう発言だ。先生が考えられる原因を報告すると神殿長がそれに頷いた。ちょっぴり二人の力関係が分かった気がする。マロウ神殿長に何か言われたらまず先生に相談しよう。


 ヴォルカン様は「そうか」とだけ言って頷いた。


「詳しくはこれから調べるとして―――ノアール、アクバールは君の作品の盗作を認めたわけだが彼に与える罰について望みはあるかね?考えられるものとしては二度と絵を描けなくして欲しいとか、国外追放などがあるが」

「そんな、とんでもない。今のところ私に被害はありませんし、二度と盗作をしなければそれでいいです。たった二日なんて短時間でこれだけ描けるのだから、次はもっと素晴らしい絵が描けるはずです。私はそれを見てみたいと思います」


 もしかしたら印象派の画家として大成するかもしれない。私は被害者としてかなりの譲歩を見せたつもりだが、アクバールはそれが気に入らないらしい。敵意をむき出しにして睨みつけて来た。


「お前は、食うに困るなんてことが無いだろう。精魂込めて描いた絵が安値でも売れない経験をした事があるか?ぬくぬくとアトリエに守られて自分の描きたいように描いて。もっと素晴らしい絵が描けるだぁ?」


 怒鳴り声に危機感を持ったのか、周囲の騎士たちが取り押さえる。両腕を後ろに回され掴まれながらも、アクバールは吠えることを止めなかった。


「ふざけんなっ、次を考えてる画家に良いものなんざ描けるっ訳がねぇっ。絵の具も満足に買えないのに」

「だったら他の仕事もすればいいじゃない。これだけ早く描けるなら仕事の合間でも何とかなるでしょう」


 言いながら、あ、これ前世で親が言っていたのと同じことだと思った。いつの間にか自分が腑抜けていたようで愕然とする。絵に対しての熱は変わっていないつもりなのに、どっぷりとぬるま湯につかっていたようだ。

 言われた人間がどう感じるかもわかっている。自分が目指す場所を否定されて気分がいいわけがない。


 私が自分の変化に呆然としている間に、アクバールは「ちくしょうっ」と叫びながらも連行されていった。もっと反省を促し希望へとつながるように声を掛けたくとも、良い言葉は見つからなかった。





 結局、盗作疑惑でごたごたしていたのでまたしても神殿をスケッチする時間は取れなかった。翌日アトリエに戻って直ぐにスマルトさんは旅に出た。どうやら北へ向かうらしい。賞金をある程度アトリエへ納め、絵の具やカンバスを買いこんで馬車に乗って行った。ぱっと見は画材を扱う旅商人のように見えるかもしれない。


 受賞からひと月も経たずして、アクバールの訃報と記憶を覗く術で明らかになった事を先生から聞かされた。がりがりに痩せ細った体は栄養が足りていないだけではなく病魔に侵されていて、起きて絵を描けるのが不思議なほどだったそうだ。


 具合の悪いふりをして礼拝堂で倒れ、善良な神官を騙して一般には公開されていない区画へ侵入した。魔法陣の条件として魔力ではなく生命力のみに反応するようにしていた為、死に掛けの体で神殿の防犯魔法陣にも引っかからずに保管庫まで侵入できてしまう。


 神殿の雑な防犯にも驚きだが、既に提出されている物を記憶しながら短時間で写し取って、家で描くと言うかなり無謀な方法にも驚いた。

 若い頃に贋作の量産などで早く模写をする手法を身に付けていて、傍に元となる絵が無くても細部まで緻密に描けたそうだ。

 ただし、私の星空までは当然似せることが出来ず、それに合わせて全体の輪郭を曖昧にしたのは苦肉の策だったらしい。


 犯人が死亡したので、盗作のニュースはさほど広がることなく結末を迎えた。


 住処としていた町はずれの粗末な部屋に残された作品は、全て処分されてしまった。アクバールには罪を犯す記憶がたくさん在ったらしい。そんな人間の作品を世に出すことは領主や神殿長が許さず、一枚残らず燃やされた。


 記憶の中には子供を誘拐して売ったと言う情報が有ったそうだ。相手は闇の日生まれの子供を高値で買い取る領都にいた貴族。偽名を使っていたそうだがおそらくはエボニーだろう。売られた子供が私なのかどうかまでは分からない。


 何度も受賞して名の知られた画家の絵では無くどうして私の絵を選んだのか、それは今となっては本人にしかわからない。記憶によればたまたま目に留まった物を選んだようだ。

 もしかしたらガガエの縁結びによるものなのかもしれない。私の絵でなければアクバールの策は成功した可能性だってある。そうなればエボニーに続く記憶など明かされなかったのに。


 それでも何か、私の絵の中でアクバールの心にとまるものがあったのなら。


 絵描きの身としてはかなり複雑だ。そのせいで盗作されてしまったのだから。……ただ単に瞬いてる星がアクバールの意識を引いてしまっただけかもしれないけれど。


 食うに困って、或いは絵の具を買うために犯罪に手を染める。私だって一歩間違えれば同じ道をたどっていたかもしれない。アトリエにいればわずかでもお金が入る仕事は融通してもらえるし、寝泊りも食事も心配しない生活が出来る。でもそれで果たして良い絵が描けるのだろうか。






「先生、命をすり減らして描かなければ良い絵は描けないのでしょうか。画家とは言えないのでしょうか」


 先生は仕事の合間に習作として何度も同じ女性を描いている。ユニコーンの角から作った白い絵の具を、瞳を描くのに使ったようだ。

 ……綺麗な人。少し儚さも感じるけれど、でも、とても優しそう。


「アクバールの言った事を気にしているようだのう?」

「ええ。もっともっとすぐれた先品を描こうと思ったら、寝食を忘れるほど貪欲になった方が良いのかと思ってしまうんです」


 先生は筆をおき、パレットからも手を放してこちらを向いた。作業を邪魔するつもりのなかった私は、それだけで萎縮してしまう。


「わしも同じように悩んだ記憶が有るが、人それぞれ、だの。純粋で美しいあの絵は衣食が足りているノアールでなければきっと描けなかった。アクバールは自分に合わない題材を選んでしまった。……自分の死期を悟っていたからこその選択だったかもしれんの」


 先生はやんわりと笑みを浮かべ、楽園に見えたのかもしれないと付け足した。


「星に新作の絵の具を使っていなかったとしても、あの絵が佳作では無く新人賞になったのは必然。賞を取ろうと似たようなテーマが集まれば審査はさらに厳しくなる。技術も優れていたがあの絵には個性があった」


 大賞に選ばれた物もそう言う点で評価されたらしい。元の絵を知っている先生もその評価を下したなら、私にはもう何も言えない。絵をずっと長く描き続けていても良し悪しなんて分からなかったりするものだ。自分の失敗の経験として踏まえ、今後の糧にしよう。


「もしも人並みの生活をしていては良い絵が描けないのなら、わしがこのアトリエを作り出した意味が無くなる。学術的とは言われとるが、困窮して早世する優れた画家を救うのが目的だったからの」

「どなたかお知り合いで亡くなった方がいらっしゃっるのですか?」

「ああ。……ただ悩むだけだったら絵を描きながら悩みなさい。幸いにして今の君はアトリエに所属しているのだから」


 それきり先生は口を閉ざした。先生のいうことも尤もだと思った私は結果報告の手紙をマザーに贈る為、添える絵を描きに工房へと向かった。

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