疑惑
対処は早ければ早い程良いよとメイズさんから聞いた私は、神官に付き添われて先ほど賞を受け取った場所にもう一度来ていた。浅葱さん達も入室しようとしたが騎士に引き留められる。
―――一人で説明するしかないという事だね。
背筋を正して気を引き締めた。大丈夫、盗作ではないとしっかり説明できれば分かってもらえるはず。
部屋の中に叫んでいた男はいない。居たのは椅子に座った領主ヴォルカンとベレンス先生、神官や護衛の騎士だけで、神殿長や他のアトリエの代表者はおらず記者たちも姿が見えなかった。
睨まれたり罵声を浴びせられたりするのを覚悟していた私はほっとした。悪いことは何もしていないのだから堂々とすればいいのは分かっているのだけれど、怖いものは怖い。
「盗作だと名指しで批判されたので、弁明の為にこちらへ窺いました」
「ああ、聞いている。彼は別室で聴取を受けているが、君からも話を聞きたいので出向いてもらって丁度良かった」
私も神官が用意してくれた椅子に座ると、まるで受験の面接のような気分になった。
「さて、盗作ではないと証明できるかね?」
はい、と一言返事をして深呼吸をする。本来なら盗作ではないと証明するのは非常に難しい。けれど私の絵の中には私しか描けないものがいくつかある。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら言葉を慎重に選び、説明を始めた。
「私の絵の光景はニールグ家において花の図鑑のお仕事を受けた時に見た光景です。絵に描いてある通り、季節は秋、緑色の月が単体で浮かんでいた日でした」
こんな疑いをもたれるなら、月の色を変えなくて本当に良かったと思う。ニールグ家と聞いてヴォルカン様の眉がピクリと動いた気がするが、私はそのまま続けた。良く思わない貴族が関係したからと言って真実を捻じ曲げるようでは、領主なんて出来ない…と思いたい。
「秋に咲く花でファタルナと言う花がありまして、花自体が妖精を召喚するんです。他の花もそこで見たものを花畑としてアレンジしているのですが、品種改良された新種も混ぜているので他の方が絵に描くならばニールグ家か王家と繋がりが無くてはなりません」
言いながら、作品に取り入れても良いかニールグ家に問い合わせをしておけばよかったと気づいた。無断で花を取り込んだ作品は別の事例で訴えられるかもしれない。
先生が満足そうに頷いているところを見ると、私の説明は少なくとも疑念を深めるようなことにはならなかったらしい。
領主は更に追究してくる。
「変わった構図のようだが、この発想はどこから?」
魚眼レンズってこの世界にあるのだろうか。精霊石を使った特殊なカメラはあるみたいだけれど……ああ、誰かに聞いておけば良かったな。
悔やんでも仕方がないので自分なりの言葉で説明をした。
「メインの妖精を中心に置き、花畑を水平では無く歪める事によってより視線を妖精に集めやすくするような効果を狙いました」
その結果、星空に注目されてしまったわけだけれども。
うまく説明できたと私は思ったのに、ヴォルカン様の表情は芳しくない。
「質問の答えにはなっていないな。着想をどこから得たのかと聞いているのだ」
言い方がきついわけでもないのに妙な威圧感がある。心拍数が上がり冷や汗が吹きでそうな感覚だ。
……どう説明すれば良い?この世界でありそうな物を次々と思い浮かべていく。逆さに映るビー玉、歪んで映る鏡、等前世で経験した代わりの物は思い浮かんでも、ノアールの身の回りにありそうな物かどうかが定かでない。
私が描いたような絵のように映り込むもの―――とそこまで考えて、あるものが閃いた。何も映るものだけではない。
「星図―――そう、星図です。星図から発想を得ました。全天の星を一枚の絵に収めようとすると、地平線はぐるりと円を描かなければなりません。その地平線を花畑で表現しました。星空自体は再現できずに適当になってしまいましたが」
そもそも天文学の分野があるかさえ分からないのに、私の口は勝手に動いていた。言い終えてからはもう心臓はバクバクと鳴り響き、口から飛び出しそうだ。
「なるほど……言われてみれば星図に似ておるな」
穏やかな声で答えたのは先生だった。ヴォルカン様は眉間にしわを寄せる。
「私は見たことが無い」
「天文学の分野の本であれば大抵は記載されております。アンツィアの図書館にもおそらく置いてあるでしょう。誰にでも閲覧できるものですから矛盾は有りません」
先生のサポートで何とか乗り切れた。星図が秘匿されている物で無くて本当に良かった。どこで見たのか聞かれたらかなり困るけれど、いざとなったら記憶喪失の件を持ち出そう。
けれど、そこでいったん会話が切られた。神官がヴォルカンに耳打ちし、別室で取り調べをしていた男がこちらへ来るようになったようだ。
沈黙の時間が怖い。
こちらから話しかけて地雷を踏むのも怖くて、ただひたすら待つだけの時間が過ぎていく。
盗作だと喚いていた男とマロウ神殿長や審査員たちが入ってきた。男の顔は当然の事ながら見覚えが無い。食事もまともに取れていないような細い体つきなのに、背丈があるので手足が棒のように長く見える。骸骨にそのまま皮膚を張り付けたような顔は目だけがぎょろぎょろと異様な光を放っていた。
「ノアールって……女だったのか」
途端に顔つきが私を見下したものに変わり、せせら笑いが耳に障る。
「平民のくせに女の身で画家?しかもまだ子供じゃねぇか。こっちは遊びでやってるんじゃねェんだぞ」
これから判断される身なのに心象悪くしてどうする心算なんだろう、この人は。早く切り上げて外から神殿を描きたいのに。顔を背けて大きなため息をつくと、相手は頭に血が上ったようで歯茎をむき出しにしてこめかみに青筋を立てていた。
私の作品と男が提出したらしい作品が持ち込まれる。同時に、周囲に咎められることなくヴィオレッタも入ってきた。よく見たら首元の辺り、髪の毛に紛れてガガエが隠れている。様子を見に来てくれたのかな?
二つの作品はパッと見て本当によく似ているけれど、男の方は細かいところがぼやけていた。
「見てみろ、俺の方が優れているだろう」
輪郭がぼやけた絵は、ルノアールやモネを思わせる。私の絵を慌てて模写したのだろうが、前世の記憶に印象派の有名な作品が残っている分だけ、余計に自信が無くなっていく。
どちらが優れているかなんて、私には分からない。優劣がはっきりと分かる物ならば画家がこんなに苦しみながら作品を残すことなんてない。
でも、一つだけ確かな事がある。
「私は盗作なんてしていません。理由は先ほど述べた通りです」
「俺もだ」
神官が用意した椅子に足を組んで座る。横柄な態度に審査員たちが顔をしかめているが、強気なのも策の一つかもしれない。
「この景色はディカーテの外の草原で見かけたものだそうです。去年の春先に見た光景がどうしても忘れられず、創作意欲を刺激したんだとか。絵の具の乾燥が遅いのは他の題材を提出しようと思っていたがうまくいかず、締め切り直前でこちらに切り替えたからだそうです」
聞き取りの要点だけが纏めて報告された。それを受けてヴォルカン様が手元の書類を確認する。
「提出はノアールが二日前の朝、アクバールが期限当日の締め切り時間間際か。アクバールは去年もその前も出しているからどうあがいても新人賞は取れないわけだが」
「え…でも佳作くらいにはなるだろ…ですよね?」
「いいや。他の作品と比べて劣るから賞が取れなかったのだ。それにしてもこの風景をノアールがどのようにして盗作するんだ?」
しかも私の方が早く提出しているし。
男の名前はアクバールと言うらしい。自己紹介されても非常に困る相手だが、私の名前だけが一方的に知られていて気持ちが悪かった。
「いや、だから俺のスケッチをこいつが見たんだよ。きっとそうに違いない」
「花畑の両端を上げる構図はどこから発想を得た?」
「たまたまそう言う地形で見た。ちょっと窪んだ土地を真ん中に据えてなだらかな斜面の……」
そう言って両手を動かすアクバール。中心部よりも両端の花を少し大きめに描いている為、説明には無理があるのに気づかないらしい。
「ノアールの話を聞いていると君の方を盗作と言える条件が出そろっている。彼女はニールグ家と言う貴族の屋敷で描いた絵をもとに作品を仕上げたそうだ」
「嘘だ、なんで平民が貴族の仕事を―――」
「ノアールのお仕事ならば私が証明できますわ」
見るからに貴族のご令嬢なヴィオレッタを前にして、言葉を遮られたアクバールも口を噤む。
「私がニールグ家の令嬢に会いに行った時、彼女は庭で仕事をしていました。それにこのノアールに懐いている妖精の存在が何よりの証拠となるでしょう」
「助けに来たよ、ノア」
ヴィオレッタが連れて来たガガエは、真っ直ぐ私に向かって飛ぶと肩のあたりにぴたっと張り付いた。絵の主役が私の味方をすれば流石に認めるだろうと思いきや、アクバールはまだごねる。ただし当初ほどの自信はなさそうだ。
ヴォルカンがため息をつきながら眉間を揉む。ちょっとお疲れのようだ。
「埒が明かぬな。ならば、魔法陣による記憶の透視を行うがそれでも良いか?」
「なっ」
アクバールが驚きの声を上げる。記憶を覗く術が存在していたとはマザーに教わらなかった。おそらく、闇の属性なんだろう。
「私は構いません。ただし口外はしないでください」
見られるとまずい記憶は結構ある。今世もだけれど遡りすぎて前世を見られたら大変だ。けれど身の潔白を証明するのがそれしかないのだとしたら仕方がない。
潔く返事をした私とは逆に、アクバールは落ち着きが無くなった。
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