受賞

 一通り見て回り、アトリエのみんなと合流して傍に居た神官に受賞者だと声を掛けると、別室に案内された。そこで賞状や賞金、各審査員の寸評が描かれた冊子を受け取る。随分と時間や手間の無駄遣いをするなと思っていたけれど、主催者達の安全を確保する為だと得心が行った。

 部屋の外にも中にも、何人かの騎士が警備をしている。トープとガガエには会場の方で待ってもらった。


 審査員で見知った顔はベレンス先生とマロウ神殿長だけだったが、ヴィオレッタによく似たご婦人はおそらくアトリエの代表者だろうと予想を付ける。とするとその隣に居るのはアトリエ・ヴェルメリオの代表者かな?


 賞状を読み上げ渡すのはアスコーネ領領主、ヴォルカンだと紹介される。細面で少し神経質そうだけど笑うとその雰囲気が和らぐ。立派な口髭は威厳があって、領主よりも王様だと言った方がしっくりくる人物だった。王冠を頭に乗せたら似合いそうだ。


 アトリエの他の皆は今までに何度も受賞して顔見知りらしい。式典は無いと聞いていたので領主と面会するなんて思っていなかった。一応、余所行き用の服を着ているけれどもう少しかしこまった服装でなくて良かったのかな?


「アトリエ・ベレンスは全員受賞か、流石だな。おめでとう」


 全員の授与が終わるとヴォルカン様からお言葉を賜った。よく通る声だが柔らかく、威圧感も無かったので緊張はしなかった。画家を見回す目が、私で止まる。


「特に新人賞の作品は星空が素晴らしかった。特殊な絵の具でも使ったのかね?」

「ええ、アトリエの工房の職人がまだ研究中の物なので、公に出せるかどうかは分かりません」

「そうか、今後も精進するように」

「はい、有難うございます」


 あらかじめ予想していた質問には、先生と浅葱さんが用意してくれた答えを返す。様々な手続きが終わっても店頭に並ぶかどうか分からない品物だ。言葉を曖昧にしておくのが一番らしい。


 星はあくまでおまけであの絵のメインは花と妖精なのに、審査員の話題もその後に受けた新聞社の取材も褒められたのは瞬く星の事ばかり。


 私の絵が賞を取ったのではなくて、トープの作った絵の具が賞を取った気分になった。このまま気分を落ち込ませていけば、せっかくスランプから抜け出したのにさらなる泥沼にはまり込みそうだ。


 そもそもアトリエに所属してる分だけ審査に手心を加えられているのではないか。なんて、受賞を素直に喜べばいいのに疑り深くなってしまうのは私の悪い癖だ。

 私の実力ではないかもと後ろめたくなるよりも、トープの頑張りを認めて感謝したり次は完全に実力で別の賞を取ると奮起した方が余程良い。

 それは分かってる。分かっているのだけれども―――


 賞を取っても取らなくても、後味が悪い。だから、コンクールは苦手だ。

 今回は新人賞だったから良かったものの、次に取れなかったら。有り得ないとは思うけどもしも兄弟子たちよりも良い賞で、それに兄弟子たちが納得できなかったら。


 私はただ、絵を描きたいだけなのに。賞を取るために描いてるわけでは無いと思いながらも、やはり結果は気になっている。




「あんまり嬉しくなさそうだな?」


 展覧会の会場に戻って合流して真っ先にトープに指摘されるほどに、私は不機嫌そうな顔をしていたらしい。私は自分の頬をぐにぐにとこねくり回して無理やり笑顔を作った。


「嬉しいよ。新人賞は二十万ルーチェだって。トープの絵の具のお陰だね」

「ノアが頑張ったからだろ。たった一色の絵の具だけで絵の価値が変わるわけがない」


 至極真っ当な正論を返すトープがとても眩しく見えた。そうだ、あの絵のうちのたった一色なんだ。絵の具に貴重な材料を使っているから価値が上がるなんて話、あまり聞かないもの。

 トープのお陰で、今度こそ本当に心の底から受賞を喜べた。


 ちなみに佳作は十万ルーチェ。一番賞金額が多いのは大賞で百万ルーチェだ。私の盗作もどきみたいな鶏の絵が大賞を取れるのだから、私にだってそこそこ実力はあるはずだと思いたい。


 会場の邪魔にならない所でまとまって、浅葱さんが今後の予定について説明する。何だか修学旅行の引率の先生みたい。…と思ったけれど、年齢的に言えば社内旅行か。


「今夜は皆で領都に一泊して明日帰るからね。宿は神殿を出て広場の右手にあるアンツィア・ホテルで予約とってあるから。夕食はつかないから外で食べてきて。では、解散―――」

「盗作だっ!」


 突然、会場に響いた怒声に当然の事ながら解散するどころではなく、アトリエの皆は声のした方へ一斉に顔を向けた。ざわめく観覧客たちも同じ方を向いているが、私の背丈と距離から中心にいる人物は見えない。声からして男性なのは分かる。


 少し前まで盗作の事を考えていたので、もしかして誰か指摘して味方になってくれるのかも、なんて思ったりした。


「この絵は私が描いた絵にそっくりだ。盗作に違いない!」


 再度、男の声が響き渡り淡い期待は一瞬で消えさった。と同時に憐憫の情が湧き上がる。一生懸命描いた作品を横からかすめ取られるようなまねされたら、誰だって怒るよね。

 私はそう思ったのだが他の面々は違う意見を持ったようだ。


 男が延々と訴えているのを尻目にスマルトさんがため息をつき、ぼそりと言った。


「毎年いるんだよなァ、ああ言うのが」

「今年は誰にいちゃもん付けてるのやら」


 紫苑さんも肩を竦める。メイズさんは自分の経験談を語ってくれた。


「僕も前にやられた。まぁ、作品は比べるまでもなく優れていたし貴族だと知ったら即、訴えを引っ込められたよ」


 文句をつけてくるのは大体が無所属か、アトリエ・ヴェルメリオに所属している人らしい。訴えられる方はアトリエ・ヴェルメリオかアトリエ・ベレンスに所属している人達だ。アトリエ・ヴィオレッタは貴族ばかりなので喧嘩を売る方が痛い目を見る。


 直ぐに解決できれば被害は少ないが、長引くとたとえ無実だとしても評判はがた落ち。その後の仕事にも影響が出るのは免れないらしい。

 逆に盗作だと言った画家が売れっ子になるかと言えばそうでもない。売名に伴う実力を持ち合わせていないのがその理由だ。

 コンクールで受賞した作品に吹っかけるのだから、妬みもあるんだろう。


「へぇ、大変ですね。ちなみにメイズさんの時にはどんな絵だったのですか?」

「依頼されて描いた貴族の肖像画だよ。うっかり別の画家に描かせた時と同じ服装でモデルになってしまったらしい」

「それで盗作扱いですか」


 同じモデルを描いただけならそれは盗作とは言わないけれど、相手が平民だと思って喧嘩を売ったらしい。のこのこ出てきた画家はその肖像画を描いた時に装飾品を盗んだ容疑がかけられていて、あっけなく御用になった。


「もしやその犯人をおびき出すための受賞だったりは……」

「そんな事は無い。審査は厳正に行われているはずだ。疑いをかけるのなら先生もその枠に入ると考えろ」


 横から紫苑さんに叱られた。だから大賞の前で口をふさがれたのか。暗黙の了解ではなくて先生を侮辱されて怒ってたんだね。

 少しだけ先生に対して盲目的な感じがしなくもないけれど、私には分からない評価できる部分があの作品にはあるという事か。何年携わっていても、全てが完璧にわかるものではない。それが芸術の面白いところでもある…かな?


 会場で警備をしていた神官や兵士たちが客を掻き分けながら男の所までたどり着く。巻き添えになりたくない客が移動して、私からでも人垣の中心が見えるようになった。男は取り押さえられながらも喚くのを止めない。


「この場にいるなら出てこい!アトリエ・ベレンスのノアール!」

「……私?」


憐れむような兄弟子たちの視線が私に降り注いだ。

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