展覧会の絵

 締切から二か月が過ぎた。季節は春から初夏に移り変わろうとしている。

 その間にニールグ家で花図鑑の春バージョンの手伝いをした時には、カナリーさんが既に結婚していてとても驚いた。結婚式は互いの身内だけで慎ましやかに行われたそうだ。相手はいつかお嬢様ズが薦めていた貴族の四男で、事ある毎にあまーい空気が流れてメイズさんと苦笑してばかりだった。


 コンクールの結果発表は受賞式があるわけでは無く、領都アンツィアの大神殿で入賞したものだけが展示される。先に見た人から情報が入ってくることはあっても、基本は会場に行くまでわからない。

 まるで受験の合格発表みたいだ。会場に来られない人は希望すれば通知もされるらしい。


 今回はきちんと大神殿の外観が見られた。マザーの言う通り七つの塔が周囲にあり、敷地もかなり広い。歴史を感じさせる古い建物で、ゴシック風の建物は時間を掛け点滅かなり気合を入れながら描かないと無理そうだ。


「ノア、ぼっーとしてると置いてくぞ」

「あ、待って」


 浅葱さんの計らいで私にはしっかりトープがつけられている。護衛兼世話係兼職人として色の勉強と言うのが名目だ。画家の好みによって色はどうしても偏るので、色彩感覚を養うために他の画家の絵も見て来いとバフさんに言われたらしい。


 スケッチブックも時間も無いので、諦めて階段の上にあるこれまた広い入口から入る。前に兵士が整列していた誰でも入れる広い礼拝堂が、今回の展覧会の会場だ。

 作品に直接触れられないようにロープが張られている。一定間隔で監視をしたり巡回するのは神官や兵士で、誰でも入られる状態なので対策が取られているのは安心できる。


 審査員である先生は別行動で、浅葱さん達と一緒に絵を見て回る…はずだったのに見る速度が違うのでいつの間にかはぐれてしまった。


 コンクールはアトリエに所属していなくても資格があり、応募総数は優に三ケタを超える。金、銀、銅、大賞から各色の女神賞、審査員賞だの特別賞だの順位が分からない賞がたくさん設定されていて、佳作まで含めれば二十作品ほどが受賞できるらしい。


 入口付近から佳作が壁に展示され、奥に行くにつれ評価が高い物へと続いていく。作品を見て回るのはかなりの勉強になる。どの程度、或いはどの傾向で描けば入賞できるかの目安になるし、これは是非とも作品に取り入れたいと思う色使いもあれば、ここはもう少しどうにかなったのではと疑問に思うような筆使いもある。


 他の絵の前は人がどんどん流れるのに、広間の中ほどに展示されたある絵の一画ではわざわざ足を止めて見ていた。

 この場が神殿かつ美術展という事もあって大きな声で話しをする人はいない。「星が……」とか「綺麗…」とさざ波のように聞こえてくる声に、私の心臓は高鳴る。


 見ている人の邪魔にならないようにゆっくりと近づくと、そこには嫌になるほど毎日向き合ってきた私の絵があった。立派な額縁が付いているせいか、何やら高級感が漂って見慣れない作品のようだ。

 花はアトリエで見た時よりも鮮やかに咲き誇り、星は未だ瞬いている。


 下のネームプレートに名前とタイトル、所属のアトリエ、そしてどの賞を受賞したかが書かれていた。


「新人賞……」

「おめでとう、ノア」

「ん、いっぱい頑張ったもんね」


 ずっと傍に居たトープとガガエが、褒めてくれた。新人賞と言うからには新人がもらえる賞なんだろうけれど、どのくらいの確率でもらえるのかは不明だ。もしかしたら今年の新人は私しかいないのかもしれない。大喜びするのはまだ早いかもしれないけれど、二人の言葉には素直に「有難う」と返事をしておく。


「こちらが貴女の作品?」

「ええ、そうで……す」


 気品のある声に返事をすると、そこにはメイズさんの家で会ったお嬢様のうちの、リーダー格の子がいた。名前は確か―――まだ聞いて無いはずだよね?


「図鑑の花とは違って、不思議な絵を描くのね。あまり見たことのない構図だけど、空間の広がりを感じられるわ」


 他の鑑賞者とは違う目の付け所だ。やはりアトリエ・ヴィオレッタに所属する画家なのだろう。


「あの、あなたの作品はどちらに?」


 聞いている間にもし受賞していなかったらと頭を過り、しまったと口を噤む。ニールグ家で見た癇癪持ちのお嬢様の印象は微塵も感じられず、やんわりと微笑む姿は人目を引きつける不思議な魅力があった。


「私は十一代目のヴィオレッタ。審査員の一人だから作品は出品していないのよ」

「ベレンス先生と同じ立場と言うことですか」


 アトリエの名を冠する者。それは代表者や指導者にあたることを表す。ベレンス先生は初代になるけれどアトリエ・ヴィオレッタは貴族中心で歴史が長い。紫やスミレを意味する言葉で、美術を司る紫の女神にあやかってつけられたのだとか。

 それにしても―――先生と言うには若すぎる。見たところ私とそう変わらないくらいの年齢にしか見えない。


「ええ、と言っても当代である母がまだ現役だから補助でしかないのだけれど。私は後継者と言ったところかしら」


 ああ、それでここに居るのか。審査員は別室に集まっているはずだけれど、呼ばれているのは代表者だけかもしれないからね。

 そんなお嬢様に褒められて悪い気はしない。名前を呼ぼうとして一瞬戸惑う。


「あのう、お名前はヴィオレッタ様とお呼びすればよろしいでしょうか」

「っええ!ぜひそう呼んで頂戴」


 後継者だから別の呼び方があるのかなと思って聞いたけれど、何故かとても感激されてがっしりと両手を掴まれた。多分本名は違っていて、ヴィオレッタの名前は誇りに思えるんだろうな。

 会話が途切れた頃に彼女に声を掛ける人がいたので、軽く挨拶をして別れた。


 新人賞は佳作と他の賞の境目になるらしく、そこから先は絵のレベルがどんどん上がって行った。アトリエの皆の作品もしっかり受賞していた。


 スマルトさんは赤の女神賞。ユニコーンが怪物と戦っている絵だった。大森林にいたユニコーンとは思えない程、格好良く描いてある。聖獣とタイトルにある様に荒々しさだけでなく神秘性も表せている。

 メイズさんは紫の女神賞。紫の女神は美術の女神なので女神賞の中では最高位だ。乙女と戯れるユニコーンが描かれている。花冠を頭に付けた美少女のモデルはきっと私ではなく誰か他人だろう。あれだけ暗い森の中で描いたのに若葉の芽吹く明るい森になっていた。

 紫苑さんは銅賞。私の知らない古代の英雄譚をモチーフにしたらしい。特に筋肉を描くのが秀逸で立体的だ。


 入口付近にあったものは近代や現代絵画に近いものがあったけれど、奥に行くにつれて中世寄り、ルネサンスやバロックな時代風の物が多くなっていく。個性よりも定型や伝統を重視する傾向にあるように見えた。

 それまで離れて歩いていたメイズさん達が一番奥の絵の前で止まっていた。怒りともあきらめともつかぬ空気が漂ってる。近づく私たちに気が付いて場所を開け、大賞を受賞した作品を見るように促された。


 大賞は私が以前描いた鶏の絵に似ていた。私が描いた物よりもかなり不恰好で、私が描いた物よりも迫力が無くて、私が描いた物よりも歪だった。私が描いたのは二羽だけだったがもう一羽増えていた。めちゃくちゃなデッサンのその一羽だけかなり浮いて見える。


「描いたのはアトリエ・ヴェルメリオの画家だな。|流石(・・)だ」

「口惜しいだろう?ノアール」


 兄弟子たちの暗い顔に囲まれ、反省を促されているのかやっかみを増長させられているのか分からない。でも、佳作以上の他の受賞作品よりも明らかに劣っているのだけは分かる。


「私が描いたとしても大賞は……だってこれ、明らかにお金を―――」


 積んで、と言おうとしたところで後ろから口をふさがれる。ふさいだ手は二つ、別々の物で左からメイズさん、右から紫苑さんだった。

 公の場で審査結果に批判するのはまずいらしい。審査に先生も加わっているのだから当たり前か。


「その続きはアトリエに戻ってからだね。取り敢えず先生の所に行こうか」

「むぐうう」


 公の場だと言うのに女性に気安く触りすぎではなかろうか。そのまま抱え込まれて連行されそうになったので二人の手首を掴んで外すと、酸欠気味だったのどに一気に空気が入って咽てしまう。

 慌てて誰かが背中をさすってくれたけれど、出来ればそうなる前に助けてほしかった。

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