城の地下迷路

 牢屋も描き飽きて、腕を組んで壁にもたれ掛かりいい感じに牢名主みたいなカーマインをこそっと描き始める。下っ端トープは床に横になっているが、眠っているわけではないらしい。

 ただひたすらガガエを待つしかない時間をそれぞれに過ごしていると、牢の外がにわかに騒がしくなった。


「王様がノアたちを呼んでるの!言うこと聞かないと鬱金に食べてもらうよ!」


 のしのしと歩く黄色い狼の頭にちょこんと乗った妖精が、牢番に向かって叫んでいる。

 ―――虎の威を借る狐ならぬ、鬱金の威を借るガガエ。

 本人は一生懸命脅しているんだろうけれど、どう見たって微笑ましい。牢番も怯むどころか仕方ないと苦笑しながら牢の鍵を開けた。


 流石にパーシモン様本人がとは思わないけれど、命令を受けた人間である誰かが釈放の書類などを携えて来ると思ったのに。

 私が画材をしまっていると、カーマインが牢番に尋ねた。


「出してもらうことに異存はないが、大丈夫なのか?」

「鬱金が一緒にいるからな。意思を汲み取れるものは少ないが、それでも逆らうとな―――」


 牢番は急に声を潜め、怪談話でもするかのように話し始めた。


「……貧乏になるんだ。黄色の女神の化身だから。前に鬱金の不興を買った奴は減給されたり財布を落としたり詐欺にあって巻き上げられたり、散々な目にあってた」

「それは恐ろしいな」


 本当に恐ろしいと思っているのか、貧乏生活とはおそらく無縁のカーマインが答えた。思わずトープと笑いながら目配せをする。まぁ、私たちも何日も食べられないようなひもじい思いはしていないけれども。


 皆で体をほぐすように動かしてから、牢を出る。

 どれくらいの時間が経ったのかすらわからない。食事を出されたりはしなかったから、長い時間ではないと思う。


「あんたらがどういう理由で投獄されたか知らないが、悪さをするようにも見えないしな。大方イーオス様の暴走だろ。権力を笠に着ているんじゃなくて若さと責任感から来るものだ。この国を、パーシモン様を悪く思わねェでくれ」


 そう言いながら牢番はカーマインに剣を返す。平民を玉座に据えてやりたい放題の悪の巣窟かと思ったら、まともな人もいるんだ。

 皆で王様を支える、まるで大きな村みたいな国。

 その一方で、戦争で姿を変えられても元に戻せない人達もいるわけで。どれだけ国王に親しみが持てたとしても、そう単純に物事は進まないのだろう。

 


 ぞろぞろと鬱金の後について城の中を歩き回る。途中で何人かとすれ違ったが軽く会釈をするだけで驚かれることもなく、誰かと問われることもなかった。

 女神の化身と言えど、必要以上に丁重な扱いを受けるわけでも無いみたい。この城に溶け込んでいるもう一人の主の様だった。


 もしも鬱金が獣の姿ではなく人型だったら、国家として成り立っていなかったかもしれない。金銭的な豊かさを司る女神の化身に取り入ろうとする者は絶対に居たはずだから。



 歩いている内に階段を何度も降りて下へと向かっていることに気付く。牢自体が低い場所にあるはずなのに、どう見てもそれより低い場所に移動している。

 魔法陣の施された壁を何度かすり抜けたりして、周囲に見える物はどんどん変わって行った。

 壁も、整えられた物から巨石を積み上げた土台の部分に移っていた。三人で横に並んで歩けていた通路も細くなり、あちこちに分岐したり折れ曲がったりして入り組んでいく。もちろん、鬱金が通れる程度の幅はあるけれど二人並ぶのがせいぜいだった。

 壁に一定間隔で点けられていた明かりも無くなり、先頭を歩くガガエが光っているだけだ。魔法陣を手持ちのスケッチブックに描いて光源をもう一つ作った。

 

 まるで迷路の中にいるみたい。


「ガガエ、本当にパーシモン様の元へ向かっているの?」

「王様が移動しているんだって。僕が見つけたのはもっと上の方にある綺麗な部屋だったよ」

「ガガエは鬱金の言いたいことが分かるの?」

「ん。なんでか知らないけど、何となく」


 鬱金が異を唱えるように吠えたりしないので、ガガエの言うことは事実のようだ。


「不思議生物同士、気が合うんだろ」

「僕らからしてみれば人間の方がよっぽど不思議だよ」


 トープが茶々を入れると、ガガエは肩をすくめた。


 城の中だから魔物の類は出ないと思うけれど、これが一人だったらかなり不安だ。特に暗闇は私の苦手とするところでもある。

 時々後ろを振り返ってカーマインがいるかどうか確認する。何度目かに視線がばちっと合った時に、カーマインは苦笑しながら言った。


「心配?」

「いきなりいなくなっていたらどうしようかと」

「だったら隣においで」


 知らず知らずの内にトープの横が標準となっていたので、カーマインの隣を歩く発想が無かった。確かにそうすれば何度も後ろを振り返る必要が無くなる。

 つつつと下がってそのまま歩く。


「お、お邪魔します」

「はい、どうぞ」


 手こそ繋がないけれど、意識はする。

 絵を描く時の対象として見る分には何時間だって見ていられるのに、隣を歩くだけでこんなにそわそわするなんて。

 体温が少し上がるような、ほんの少し息苦しくなるような。この先、もう少し仲が進んだら私はどうなってしまうのかと心配になる。


 私が後ろを歩くことで今度はトープがちらちらと後ろを振り返るようになった。うんうん、分かるよその気持ち。いきなり後ろの人がいなくなったらと思うと怖いんだよね。街中だったらともかく、こんな得体のしれない場所だもの。


 ふと、カーマインが同じ行動をとるのか試したくなって、ぽそっと口にした言葉。


「一番後ろ歩こうかな」

「「「それはダメ」」」


 三つの声が綺麗に重なって反撃をする。ガガエにまでダメ出しをされてしまった。


「んんと、ノアは絶対いなくなる。絵になりそうな壁を見つけて突然立ち止まるんだ」

「ガガエの光源で石壁が照らされるのが良い感じとか言って描きはじめていなくなるに一票」

「現に今も歩幅合わせているのに遅れているし」

「がうっ!」


 その通りと言わんばかりにさらにもう一つ声が加わって、私はがっくり項垂れた。カーマインの言う通り、同じように歩いているつもりが半歩遅れていた。


「信用無いなぁ」

「ノアなら鬱金に乗れそうだけど頭を天井にぶつけそうだし。万が一後ろから何かがやって来た時の為にしんがりは俺じゃないと」


 その何かを考えないようにしていたのに、想像してしまう。黒くてモヤモヤうぞうぞ蠢いていて、闇にまぎれて誰も気づかないうちに一人ずつ減っていく。

 怪談話みたいだが、私は似たような現象でこの世界に転生した。夢の中で闇の神が土着の神の仕業だと言ったが、もう一度が絶対にないとは言い切れない。


 自分が犠牲になるのは別にいい。ああ、またかときっと思うだけだ。でも、もしもカーマインが居なくなってしまったら―――?

 モデルがいなくなることで肖像画の価値が上がるなんて、絶対にイヤだ。


「こ、怖いこと言わないでよ」

「大丈夫だよ。そんなに心配なら今度は手でもつないでおく?」


 おそらく冗談で言いながら手を差し出したみたいだけれど、私は迷わずその手を取りぎゅっと握った。にこにこしてたカーマインの方が逆に驚いている。


「ノア?」


 不思議そうな声。恐怖もあるけれど、恥ずかしさも同じくらいあるので顔はまともに見れない。見かねたトープがカーマインを窘めた。


「ノアは昔から暗闇を怖がってる。その理由はカーマインだって知ってるだろう?あんまりいじめないでやってくれ」

「そうか……そうだったな。でもそれならどうして一番後ろを歩くと言い始めたんだ?」


 カーマインを試すためとは言えなくて、私の言葉はしどろもどろになる。


「いや、ほらそれはあの……あ、どうやら目的地に着いたみたいだよ」


 鬱金の進む先に、ガガエとは違う光が見えていた。

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