不老長寿の果実
「全く、誘拐を阻止してくれた恩人を牢屋に入れるなんて!」
パーシモンさんの第一声が何の事だかわからなくて首を傾げると、カーマインが説明をしてくれた。私が馬車屋敷に籠って絵を描いている間に金狼亭で一悶着あったらしい。
村に里帰りをさせてもらえなくなるからと、護衛に箝口令を敷いたパーシモンさん。気持ちはわかるけれど、もしも報告がされていたらもう少し丁寧な扱いを受けていたかもしれない。
褒賞をもらうどころか牢屋に入れられてしまったカーマインは苦笑した。
「護衛に口止めしたならば知らなくても仕方ありませんよ」
「それはそうだけど、本当にごめんなさいね。乱暴な事されなかった?」
「俺は何も。ただ、ノアの絵が…」
「はい、取り上げられてしまいました。依頼された品なのに、申し訳ございません」
私は深々と頭を下げた。だって、本当にパーシモンさんの手に渡るかどうか怪しいものだ。パーシモンさんはそっとため息を一つ、ついた。
鬱金に導かれてたどり着いた場所は、なんて言うか…不思議な場所だった。
足元は石の床ではなく、いつの間にかむき出しの地面に変わっていた。
石造りの城の中には変わりないけれど、地下であるはずなのに日の光が差し込んでいる。天井部分が狭いながらも空いていて、上まで吹き抜けになっているようだ。
その下に、一本の木が生えている。枝もしっかりと広げて成木のように見えるが決して大きいものではなく、影を作るよりは日差しに溶け込んでしまいそうだ。もうじき冬だと言うのに葉を青々と茂らせ、ミカンのような柑橘系の実をつけていた。
いい香りがするので思わず木の方へと引き寄せられる。手にはもちろんスケッチブック。
とても神秘的な場所。生命力に満ち溢れていて、ほんのり魔力も感じられる。
「ここは鬱金と代々の国王しか知らない場所なの。この木は、橙の女神が闇の神の後を追うために首を吊った場所だと言われていてねぇ」
ひいいいぃぃっ、こ、怖い―――
思わず顔を強張らせて木から後ずさると、パーシモンさんは声を上げて笑った。
「あははっ…まぁ、本当か嘘かなんて分からないんだけどね。鬱金もその辺りは伝え聞いた事しか知らないみたいだし。で、女神の力が残っているこの木を中心としてイーリックの豊穣地帯が広がっているんだって」
ヴァレルノ国アスコーネ領にまで及ぶ肥沃な大地は、ここを中心にして広がっている。この国の、心臓のような、核のような場所を目の当たりにして鳥肌がたった。
……あれ、でもこの木があったら国王が平民から選ばれる必要も無いよね。
「だとしたら、加護持ちの国王が選ばれるのにはどういった意味があるんですか?」
「よく気が付いたね。加護の力でこの木を枯らさないようにしているの。対外的には私自身がイーリック全土の豊穣を司っているように見せているけれどね」
加護持ちを玉座に据えることによって、周囲の、特に神殿の目を欺きつつ秘密を守り通してきた。もしも国王以外の身分だと上から命じられたら秘密を話さざるを得ないだろうし、必要以上の警護をつけるのも難しい。本人の心がイーリックから離れてしまい、凶行に及ぶことだってある。
城塞のような頑丈な守りもここを守るためのものだと納得が行った。
よく見れば石の部分には外からの侵入を防ぐ為なのか魔法陣が描かれている。ここへ来るまでは鬱金の案内が無ければたどり着けなかったし、上部に穴が開いてると言っても生き物が下りてくるのはおそらく無理だ。
「国に豊穣をもたらす以外にも、この実を鬱金が食べて永遠に近い時を得ているの。国王を選ぶお役目を続ける為に」
柑橘系の実。豊穣。不老不死。前世での神話か何かで聞いた事のあるあれは、確か―――
「時じくの香(かぐ)の木の実……?」
「あら、良く知っているわね。やっぱりあなた、只者じゃないのね」
時じくは日本神話に出てくる不老不死の果実だ。この世界では人の名前に和名もあるのでもしかしたらと思ってつい口にしてしまった。
秘匿されているなら確かに私が知っているのはおかしい。顔からさーっと血の気が引いた。我ながら迂闊すぎる!
「か、カーマインたちは知らないの?」
「ああ、今、初めて聞く言葉だ。でもノアールは記憶を失っているから知っていてもおかしくは無いだろう」
「マザーやフリントから教わったこともないし。アトリエでもそんな話は聞いた事が無いな」
「んー、僕も。この木に妖精が居たら知っていたかもしれないけれど」
トープもガガエも記憶をたどりながら答えた。
ごめん、カーマイン。そうじゃない。ほんの少し罪悪感が疼く。パーシモンさんの探るような目が、少し怖い。言い訳をしようといろいろ考えるけれど思いつかなかった。
カーマインは気にする様子も無く、パーシモンさんに向かい合う。視線がそらされて、偶然にも守られているような形になった。
「それより、どうして俺たちはここに連れてこられたのですか」
「連れて来るように言ったのは鬱金なの。ノアールさんに闇の神が力を貸したなら自分もそうするべきだと思った、だって。お金に困らない程度の金運は持っているみたいだから、絵のお代としてときじくを渡すべき……何のことか分かる?」
「ええ。彼女は闇の日生まれなんですよ。この齢まで生きているのは奇跡に近いから。そう言えば、ノアは闇の神の国に行ったことがあるんだっけ」
再び視線が向けられて、びくっとすくみ上る。そんな事カーマインに言っ…たような気がする。確か塔の中で王女様と会った時。やばい、何言ったか覚えてない。
「う、うん。夢の中なんだけど闇の神と話もしたよ。どんな夢かはあまり覚えていないけど」
「そう言うことね。神殿相手にも秘密にしているのにどうして時じくを知っているのか不思議に思ったけれど、闇の神から知識を得ても不思議では無い、か。ここを守る為にも詳しく聞きたいけれど、無意識で得た知識なら仕方がないよね」
話しの流れで運よく疑いは晴れたみたい。ずっと怪しまれていたら拷問とかされてたのかな。すっかり毒気の消えたパーシモンさんは、今度は両手を合わせてごめんと頭を下げた。
「ウルサンにも相談してみたけれど、残念ながら金銭での支払いは無理そうなの。その代わりと言ってはなんだけど、これで許してもらえないかしら?鬱金みたいに食べ続けるのでなければ、不老長寿は気休め程度かもしれないけれど」
「ノア、どうする?」
不老不死ではなく不老長寿らしい。前世での寿命を上乗せされていので、七十歳くらいまでは生きるつもりだ。この世界の人間の平均寿命が分からないけれど、長生きな方なんじゃないかな。
「副作用ってありますか?」
「無いよ。鬱金が証明してる」
「どのくらいの頻度で食べてます?」
「一年に二、三個かな。伸びる寿命はその種族の常識の範囲内だって。鬱金も代替わりを続けながら三千年近くここを守っているみたい」
「そう言うことなら、遠慮なく頂きます」
一人で八百年とか生きたらどうしようと思ったけれど、ちょっとした健康食品みたいなものかな。
鬱金が器用に実についた葉の部分をくわえて私に差し出した。鬱金の大きさではこれだけ小さな物をくわえるのは力加減が難しそうで、プルプルと震えてちょっと辛そう。
受け取ってから鼻先を撫でると、すり寄ってきた。ちょっと可愛い。
皮をぺりりと剥いて一房を口の中に入れる。もっと酸味の強いものかと思ったのに、とても甘くておいしいミカンだった。ほろごと食べられる。
「みんなも食べて。私一人が長生きしても意味ないよ」
「ダメ。ノアが一人で食べるべきだ」
カーマインが反対したけど、ガガエは時じくに目が釘付けだ。
「僕、食べたい。ノア、おいしい?」
「美味しいよ。パーシモンさんもどうぞ」
「あらあら、それじゃ遠慮なく。見てるばかりで食べたことないのよね…って絵の代金なのに」
「美味しいものを皆でわけあうのは幸せの基本ですよ」
パーシモンさんに続き、トープが無言で差し出した手のひらにも渡す。残るはカーマイン。一房とって手を伸ばす。
「カーマインも食べて。後は自分で食べるから」
「ダメだ。ノアが食べるべきだ」
「柑橘系の果物は嫌い?」
「嫌いじゃないけど」
「じゃ、食べて」
周りの人に長生きをしてほしい。そう思うのはきっととても自然な感情で、だからこそカーマインも私に食べてほしいのだろうけれど。
時じくの実には七房入っていた。私は三つ食べれば十分だから皆に食べてもらいたいと思っているのに。
「はい」
「やだ」
そう言ってそっぽ向くカーマイン。やだとか言い出したよこの人。子供か。
こうなったら意地でも食べさせる。私はカーマインの口元に時じくを近づけた。
「カーマイン、あーんして」
「ノ、ノア…?」
「あーん」
「ひ、人前でそれは―――」
「あーん」
色気も何にも無い、半分怒った声で脅すようにぐいぐいと房を押し付ける私。トープの笑い声が聞こえた。
「懐かしいなー。好き嫌いするチビ達にそうやって食べさせてたんだよ」
「はい、あーんしなさい。食べないと長生きできないよ」
流石のカーマインも根負けしたようでぱくりと齧り付いた。
達成感を得られて、掻いてもいない額の汗をぐいっと拭う私。ほんのり顔を赤くさせながら俯いているカーマイン。
「ふふ、勝った……!」
「……ちびっこと同じ扱い……」
「ここ、一応神聖な場所なんだけど」
パーシモンさんがじとーっとした目をしながら突っ込んだ。
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