パレード

 レストランの窓側にはいつもならばテーブルが配置されているが、今日ばかりは片付けてあった。他の席はそのままにしてあって、飲食は出来るようだ。トープ、ガガエ、それからヴィオレッタ様と共に開かれた大きな窓から少しだけ身を乗り出す。

 先生と紫苑さんは図書館に向かおうとしていたが、ホテルを出ようとした時には既に人でいっぱいで通行の規制もされていたそうだ。諦めて戻り、浅葱さんと共に後ろのテーブルでお茶してる。

 ヴィオレッタ様の護衛二人も、少し離れたところに待機していた。


「うわぁ、こんなにたくさんの人がいる所、初めて見たよ」


 ガガエの言う通り、パレードの通る道の両側は人でごった返していた。

 建物からは控えめながら紙吹雪が舞っている。物価が上がっている今、紙代だって馬鹿にならないだろうにどうやってと思ったら、色紙では無くチラシや新聞紙、などだった。

 楽隊が勇ましい行進曲を奏でて先導する。曲は知らない物だけど楽器は前世でおなじみの管楽器や打楽器だ。


 このパレード、本来なら士気を高めたり、国が一丸となって協力するように出発する時にやるものではないのかな。結果を出したから国として建前上、仕方なく行っているのかも。その結果も神殿の介入と言う形で決して華々しいとは言えない。


 もしかしたら庶民の鬱憤を晴らすための苦肉の策なのかも。まあ、私がつらつらと考えたところで何も意味は無いのだけれど。


 楽隊の後は騎馬兵の集団だ。……馬だ。どうも大森林の一件以来、馬が苦手になってしまった。馬車に乗るのも気構えが必要なくらいで、これでもしも馬に直接乗らなければならなくなったらどうしよう。

 隣に立っているトープが笑いながら言う。


「角を切ったユニコーンが混じったりしてな」

「冗談でも止めて、トープ」

「んー、栗毛の馬ばかりだから大丈夫だよ、ノア」


 今回の戦争は自分の国も関わっているのにどこか遠い場所での出来事にしか思えなかった。こうして凱旋を喜ぶ催し物を見ていても、まだどこか疎外感を覚えると言うか、ぴんと来ないと言うか。

 けれど次の瞬間、そんな思いは吹き飛んだ。


「ごらんなさい、ノアール。カーマイン様がいらしたわ」


 四頭立ての屋根のない大型の馬車の上、数人の騎士と共に乗ったカーマインが片手を挙げている。軽く手を振っているものの、照れ臭いのか、はにかんだような笑顔。ここから見た限りでは大きなけがもなさそうだ。


 ―――無事で良かった。


 神殿で見かけた時とさほど変わらない距離。勢いよく手を振ると、目が合った気がした。蘇芳将軍の屋敷に入れた連絡が伝わって、私がここに居ることを知っているのかもしれない。

 しばらくこちらを見た後、同じ馬車に乗っている人に肩を叩かれて通りの反対側へと手を振り始めた。


「私達に気付いてくれたかな」

「どうだろな。流石にこれだけ成長したのに一目で分かられても、それはそれで複雑だな」

「わたくしがお会いしたのは一年ほど前ですけれども、あの時も遠目でしたから……」


 中身が成長しているかはともかくとして、十年近く経てばかなりかなり変わるものだ。けれどこの世界の人たちは髪の毛が色とりどりなので、それだけでも本人かどうか判断する基準になる。真っ白な私の髪は未だに黒く戻ることが無い。黒かった記憶もほとんど朧気なのでこの姿がノアールを認識する一つの要素だろう。


 隊列はゆっくり進んで行く 馬車の次は歩兵だ。整列はしておらず、好き勝手に歩いている。手を振ったり、沿道の人と話をして握手をしたり。太った女の人に泣きながら抱き着かれて、周りに囃したてられてる人もいる。親子なのか小さな子供を受け取り、高い高いをしている兵士もいた。


 皆、笑ってる。別段、悲惨な目にあったと言う感覚も無いまま、平和になった。それは幸せな事なのかもしれないけれど。


「亡くなった人、いないのかな」

「戦没者の葬儀が行われると言う話は、わたくし聞いておりませんわ」

「どうかしたのか、ノア?」

「……ううん、なんでもない」


 人がたくさん死ぬイメージがある戦争で死ななかった分だけ、エボニーがしでかしたことが私の中で影を落とす。

 そして『死』で頭を過るのはこの世界で目覚めた時の事。深く考え込んでしまう前に一瞬で打ち消して、フタを閉めて、日常に戻る。


「この後はどうしますの?城門前で王が労いの言葉を掛ける式典があるそうですけれど」

「流石にこの人ごみの中を移動する気はないですよ。たどり着く前に式典が終わってしまいます」

「それもそうですわね」


 トープは後ろを振り返って声を掛ける。


「先生方はどうしますか?」

「図書館で作業もできぬだろうし、今日はこのまま待機するしかないのう」

「ですねー。あー、ここのスイーツ美味しかったー」

「豆を甘くするのは……いや、小豆も餡になると思えば……」


 すっかりまったりモードに入ってる大人三人組。平和な日常を堪能しているなぁとうらやましく思いつつ、もう一度窓の外を眺める。


 パレードの最後尾はホテル前を通り過ぎた。まだまだ人は捌(は)けないどころか、通りに集まってきて歩きにくそうだ。

 流れていく方向は皆同じなので、まるでパレードの後をついて行っているみたい。


 ボーっとしながらしばらくその様子を眺めていると、不意にその流れが鈍くなった。窓から身を乗り出し目を凝らすと、王城の方角から人が逆流してきているようだ。


「なんだ?」


 トープも異変に気付いたらしい。遠くを見ようと手をかざしながら視線を広場の方へと向けている。

 幽かに悲鳴のような物が聞こえた。波のようにどよめきが広がり、やがて目の前の人達も移動の向きを変える。

 何が起こっているのか全く分からない中、ヴィオレッタ様の護衛が窓から遠ざかる様に告げる。


「お嬢様、部屋へお戻りください」

「護衛は一人で良いわ。あなたには情報収集を任せます」

「先生たちも、行きますよ。ノアも窓から離れろ」

「うん。ガガエ、行くよ」

「え、何?何かあったの?」


 目を白黒させる浅葱さんを立たせ、紫苑さんや先生と共に移動し始める。パレードも終わった後なので事件に気付いていない客でエレベータは混雑しており、階段を上って宿泊している部屋に入った。

 その直後、窓をびりびりと揺らしながら風が大通りを吹きぬけて行く。魔力も何も感じられないただの風なのに、不安をあおるには十分すぎる演出だった。


 地震であれば、対処できる。だって前世は日本人だったもの。テレビの映像で見る様なテロであれば爆発があるはずだけれど、そんな様子も無い。モンスターの襲撃、魔術の暴走、およそファンタジーな世界で起きそうなことを片端から想像するけれど、情報が全くない今、何の対処も出来なかった。


 することが無いのならばと、先生は図書館の下絵を描こうと腰を落ち着ける。私もそれに倣い、人物画を描く練習をしようとスケッチブックを広げた。

 ―――全く描けないわけでは無さそう。売るつもりのない、自分の好きなように描く分には問題なさそうだ。

 自分の描きたい絵と客の欲しい絵。見る人によって感じ方は違うのに、出来るだけ多くの人に認めてもらいたいと思ってしまうのは傲慢かもしれない。

 あの図書館の絵を描いた人は、何を思って描いたのだろうか。知識を求めてあの場を訪れる人を見守るような気持ち、だろうか。


 トープは時々窓の外を見て様子を教えてくれる。日もとっぷり暮れて、数時間前には賑やかだった通りも兵士が巡回する以外、誰もいなくなってしまったらしい。その兵士はホテルの中にも入ってきたようだ。


 何もわからないまま時間が過ぎていくのを我慢できなかったのか、浅葱さんが情報を求めて下に降りると言い出した。紫苑さんがそれを止める。


「だって、逃げないといけないかも」

「城門前の広場で何かあったんだろう。逃げるにしても神殿は同じ方角だから、近づくことになる」

「でも!」


 コンコンとドアをノックする音に、言い争いが遮られる。紫苑さんがそろそろとドアに近づいて静かに開けた。そこにいたのは、このホテルのドアボーイだった。


「安否の確認をしています、お泊りの皆さんいらっしゃいますか?」

「ああ」

「戒厳令が出されました。解除されるまでは出来る限りお部屋でお待ちください」

「戒厳令?一体何があったの!」


 浅葱さんが詰め寄るが、ドアボーイも上から通達されただけで何も知らないと首を振った。

 幸いにして宿泊客の一週間分の食料は備蓄してあるらしい。毎日フルコース、とまではいかなくてもそれなりの食事は出来るのでご安心ください、と言ってドアボーイは次の部屋へと廻って行った。


「戒厳令って、クーデターや暴動の発生時に出されるものですよね。治安が悪くなる時とか」


 そんなものがあること自体驚きだけれど、念のために聞いてみた。私の認識通りで、皆が頷く。


「ううむ、終戦を皆で祝うところを狙うとは何とも無粋な。だがわしらに出来るのは絵を描くぐらいのものだからのう。いつも通り過ごすとするか」


 先生の言う通り、食事の時間になったらレストランに行き、夜は質の良いベッドで眠る。絵を描く道具だってあるし、避難暮らしのはずなのになんて贅沢だろうと思う。

 この王都で安否が心配なのはカーマインやニールグ家の人たちぐらいなものだ。それも騒いだからと言って状況が変わるわけでもない。

 ヴィオレッタ様が情報収集を行っているらしいから、何かわかったら教えてもらおうなんてのんびり構えてた。


 ―――今回の事件の首謀者が、カーマインとされるまでは。

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