こんな時に

 食事の時に人がレストランに集まれば、自然と情報収集の場になる。老舗のホテルなので客の質は悪くなく、従業員に対して暴れたり怒鳴ったりする人は全くいなかった。

 耳を澄ませばあちこちから噂がざわめきとなって聞こえてくる。商談の心配や外との連絡を望む人も多くいて、時折窓の外を見てはため息をついていた。

 兵士が巡回しているらしく、ホテルを出た時点で発見されて咎められるらしい。


 城門前広場まで式典を見に行った人によると、パレードはそのまま最後尾まで城内に入り門が閉じられると、国王がバルコニーに出て戦争が収束したことを宣言したそうだ。

 わぁっと群衆から声が上がったその直後。城門の内側で魔法陣が発動した。


 外側にいる者たちには何が起こったのかは分からない。城壁の上から光が漏れ出ているのは見えているが、爆発も起こらず魔法による演出かと始めは思ったそうだ。

 歓声は徐々にどよめきに変わり、光が止んだ後、壁の向こう側から兵士たちの悲鳴が聞こえた。屈強な兵士たちの悲鳴に尋常でない事が起きていると判断した民衆は、訳が分からないながらも次第に城門から離れていく。それがあのパニックとも言えない人の流れの逆流の原因だったらしい。


 噂話で得られたものはそこまでで、確実な情報はヴィオレッタ様の配下によってもたらされた。レストランではなく私たちの泊まっている部屋で。

 パレードから二日たった夜。戒厳令は解除されている。


「城に勤めている者と連絡が取れました。パレードに参加していた兵士たちに魔法陣が使用され、殺害されたそうです。仕掛けられた場所からして大半がアスコーネ領の兵士かと」


 いきなりの物騒な報告に思わず手で口元を押さえた。ついこの前もアクバールの死を聞かされたが、あれは病死だった。誰かが意図的に死をもたらしたものとは違う。

 戒厳令は他にも同様の魔法陣が無いか調べる為と、犯人を特定するための時間稼ぎとして出されたものだった。


「せっかく戦争から生きて帰ってこられたのに。カーマイン様は無事ですか?」


 ヴィオレッタ様に聞かれて、護衛の人は「それが」と一度言い淀む。


「捕えられた犯人はカーマイン様だと」


 ヴィオレッタ様が持っていたカップをカチャンと下ろし、絶句した。音を鳴らすのはマナーとしてはあまり好ましくないのでどれだけ動揺しているのかが分かる。暫く沈黙が支配したその場をうち破ったのは、他でもない、私だった。


「パレードに出てた人が首謀者って、そんな馬鹿な」


 体が勝手に動き、立ち上がって護衛の服を掴んでいる。らしくないと自分でも思いながら、それでも自分で止めることが出来なかった。


「おかしいですよね。戦争から帰って来たばかりのパレードに出てた人が、クーデター起こすなんてあり得ない!一体いつ魔法陣を用意したって言うんですか」

「落ち着け、ノア。まだ容疑を掛けられただけだしこの人に言ったって仕方がないだろ」


 トープが間に入って止め、私を引きはがした。


「だって、誰かに嵌められたとしか思えないよ。王家はアスコーネ領を敵視してるんでしょう?アスコーネの兵士を減らせば一番得するのは誰?カーマインが捕まって得をするのは?」

「単純に王を狙ったものかもしれません。アスコーネ領の力を削ぐ目的かも知れません。そしてカーマイン様を犯人に仕立て上げる為の演出かもしれません。魔法陣は消えてしまいましたからそこから調べることも出来ないそうです」


 魔法陣の性質に、注ぎ込む魔力の属性が当てはまればより魔法は使いやすくなる。けれど、合わなかったからと言って全く使えないわけでは無い。魔法陣から犯人を特定するのは難しいし、一度使ったら跡形もなく消えてしまう物だったら調べる事だって出来ない。


「犯人がどの派閥でもあり得ると言うことか、のう?」

「やっかいだな。今後の仕事にも影響が出てくるかもしれないのか」


 紫苑さんが顔をしかめる。誰が犯人か分からない中、貴族たちは疑心暗鬼になり自分の屋敷に出入りする人間が厳しい目で見られるようになっていく。影響を一番受けるのはアトリエ・ヴィオレッタだが、弾(はじ)いた仕事がベレンスやヴェルメリオに回ってくる。

 紫苑さん達に取ってカーマインは面識もない赤の他人だ。だから本人の心配では無く仕事の方に意識が向くのだろう。


「そんな状況なのにどうしてカーマイン様が捕らえられたのですか。しかもただ一人だなんて」

「判断を下されたのは、国王だそうです」


 ヴィオレッタ様はがっくりと項垂れて、先生からは深いため息が洩らされた。浅葱さんや紫苑さんの顔も同情する顔になっている。

 たった二日では調査だって碌なものでは無いってことくらい、素人な私だってわかるくらいなのに。

 複数犯の可能性だってあるのに、王の一声で決まってしまうなんて。


 どれだけいろいろな派閥があったとしてもこの国はやっぱり王政で、王が判断を下すという事がどのような意味をもたらすのか。膨れ上がる不満や不安を抑える為とは言え、かなり乱暴なやり方なのにそれがまかり通ってしまう。


「わしらにはどうしようも出来んのう」


 先生の諦めた声が全てを物語っていて、それ以上話すことを拒絶した。



 次の日。


「ノアちゃーん、お客さんだよー。将軍家からの遣いだってさ」

「やあやあ、お久しぶりですノアールさん。いやぁすっかり美人さんになっちまって、まぁ」


 やけに親しげに話しかけてくるキツネ目の男。記憶の中の知り合いを引っ張り出して照合していくその間の私は勿論無言の無表情。男は顔を引きつらせ焦り始めた。


「あ、あれ、もしかして忘れちまったんですかい。ラセットですよ。やだなぁ、もう。小っちゃい頃だから覚えてませんかねぇ」


 キツネ目の男……とても胡散臭い……

 思い出した。私をエボニーの元へ案内した人だ。そしてカーマインを連れてきてくれた人。胡散臭さは相変わらずだけどちょっと老けた感じがする。

 私にとっては事件の発端となった人なので、思わずじとっとした目で見てしまったのは仕方がないことだと思う。


「ラセットさん、何の御用ですか」

「あれからずっとカーマインの坊ちゃんに仕えてましてねぇ。短期間で主を変えていくのが私の信条だったんですが、実入りも良いし自分の立ち位置をどんどん上げていく様は何より傍で見ていて面白かった!」

「仕えているのならどうして助けないんですか。何故ここに居るんです?」


 私をたずねてきたところで何が出来るわけでもない。

 ラセットはコホンと一つ咳をし居住まいを正した。それだけで纏っているお茶らけた空気が一瞬にして変わる。


「そのカーマイン様の遣いでこちらに伺いました。捕らわれの身ではありますが陛下の温情により、兼ねてより結んでいた契約を履行することが許されました」


 突然変わった口調に驚いた上に、あまりにも回りくどい言い方だったので理解できなかった。それはラセットも予想できたようで、ニイっと笑いもう一度口を開く。


「肖像画を、再度正式に依頼します」

「だって、こんな時に……」

「あの方の最期の願いでございます。どうかお聞き入れください」

「―――最後?そりゃあ、私みたいなちっぽけな画家は一度で十分かもしれませんけど」


 確かに肖像画の話を受けるのは一度だけで、後は宮廷画家なりアトリエ・ヴィオレッタなりに譲るつもりだった。けれどカーマインの方から一度だけなんて言われるのはちょっと癪に障ると言うか。内心でムッとしていると、ラセットは至極真面目な顔でこう言った。


「二か月後の死刑が確定しました」


 息が、止まる。


 ああ、それなら間違いなく最期(・・)だね。


 ラセットを見やると胡散臭さなんて微塵も感じられない、真摯に主を思う姿で。いつものへらへらした態度だったら冗談だって思うのに。

 それが紛うことなき現実なのだと、理解してしまった。


 固まってしまった私の代わりにトープが間に入って話をする。


「ちょっと待った。その状態でノアに描けって、カーマイン様を助ける手伝いをしろとか、そういうことか?」

「いいえ。あの方は既に自分の処遇を受け入れておられます。貴女はただ、絵を描いて下さればそれで良い」


 成長した姿を見せられる最後の機会だ。これを逃せば二度と会えないのかもしれない。死刑前の肖像画なんてかなりのプレッシャーだし、今の私がそんな状況下におかれたカーマインをどこまで描き切れるのか分からない。

 

 ―――でも、もしかしたら助けられるかもしれない。無力な私がこんな考えを持つのも大それたことかもしれないけれど、私にしかできない何かがあるかもしれない。

 何でもいいから、何か、無いか。

 今は思いつかないけれどこれから思いつくことだってあるかもしれない。

 会って、何かを変えて、行動を起こして。


 深呼吸を一つ、する。いろいろな思惑が私の中で渦巻いているけれど、それらを全て落ち着かせて。


「わかりました、お受けいたします」


 と、はっきりと答えればラセットはほっとしたようだった。完成後に本人が受け取れないので将軍家に納められることや、寝泊りする場所はそのままこのホテルを使うことなど事務的な事を浅葱さんを交えて話をする。


「それから、カーマイン様のご遺体は死刑執行後に検体として提出されますので、ベレンス様には解剖の際に立ち会っていただきたい」

「なっ」


 私は思わず声を上げてしまったが、他の皆は驚きもしなかった。


「貴族は死因が特定できない状況でなければ解剖されることもない。魔法学の分野においてまたとない機会かと思われますが?」


 ラセットがそう言うと、先生は間髪入れずに返事をする。


「承知した」


 カーマインの死が、より確実なものとなっていくようで足が震えた。隙あらば助けようなんて言う思いに思いっきり水を差されてしまう。

 スランプだ、なんて言っていられなくなった。

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