肖像画1

 ラセットに連れられ王城の裏門から入り警備の兵士に名前を告げると、詰所のような場所に案内された。ラセットの付き添いはここまで。帰りも迎えに来ると約束して去っていった。

 死刑囚に会うためには逃亡の補助を防ぐ目的で、持ち物検査が義務付けられているらしい。


「申し訳ありませんがこれは回収させていただきます。後ほど返却いたしますのでこちらまで取りに来て下さい」


 武器になりそうなペインティングナイフを取り上げられてしまう。先端のとがった鉛筆も没収されそうになったけれど、流石に絵が描けなくなると申し出たら扱いに気を付けるように言われた。

 予想はしていたけれど随分厳重な警備だ。簡単な身体検査もされ、シンプルなプレートメイルを纏った兵士では無く魔法陣の刻まれた鎧の騎士に案内される。ラセットの案内は詰所までだ。


 カーマインが幽閉されている場所は魔法が扱えない場所らしいので、人魚の涙は首から下げられたままだ。魔法陣を描けてしまう絵の具まで持ち込めないのなら、いったい何をしに行くのか分からなくなってしまうのでほっとする。


 城内の通路や階段は先導する者がいなければ迷う自信があるほど、入り組んでいた。魔法陣の有る扉をいくつか抜けながら案内されたのは王城の北側にある塔だ。煌びやかさとは全く無縁の石造りの無骨な塔で、城の一部と橋でつながっている以外に出入り口は無く、脱出経路は無いに等しい。


 塔の内部は地面から上部にある部屋まで吹き抜けになっていた。内壁に沿って付いている螺旋階段は崩れ落ちる心配はなさそうだが、所々に空いている採光のための窓から入り込む風が吹き上げ、足場が心もとない。


 最上階まで上がると小さな扉があった。鉄製の、少しさびた匂いがする頑丈そうな扉だ。


 先だって歩いていた騎士がカギを開き、扉を開いて待っていてくれるので私はそのまま中へ入る。扉の外側と内側に一人ずつ騎士が立った。

 ……来客が無ければこの塔には誰も近づかないようだ。


「もしも何かご入り用であればお申し付けください」

「ええ、有難うございます」


 浅葱さんに言われて服は作業しやすく且つ高級なものを着て来たので、今の所ぞんざいに扱われずに済んでいる。


 部屋の中には大きなベッド、テーブルに椅子。小さな本だなやタンスもあった。大きな衝立の向こうにはもしかしたらトイレや風呂があるのかもしれない。

 装飾品は少ないものの、監獄とは思えない程に良い生活を送っていそうだ。ただ、夏場は涼しいけれど冬は物凄く寒そうだ。


 最上階であるのに天井はまだまだ高い。屋根付近の窓から差し込む光が、まるでスポットライトのように目の前にいる人物に降り注いでいた。


 暗がりの中でもはっきりと分かるほどその瞳には強い意志の光が宿っていた。騎士、カーマイン・ロブルは国で知らぬ者はいないほどの人物となった。称えられて然るべきその人物がこうして死刑囚として塔に幽閉されて五日。


 彼の肖像画を描くように依頼されて、私はここに居る。緊張で、自然と拳を握りしめていた。


「お久しぶりです、カーマイン様。この度は御指名有難うございます」

「ノアール、か?」


 声は記憶にあるものよりも低くなっている。あどけなさはすっかり消えて頬がしゅっとしている。こけているわけでは無く、大人の男性特有のものになっていた。

 髭は剃っているのに髪の毛は伸びっぱなしだ。パレードの時もそうだったけれど、切るほどの余裕が無かったのだろう。肩に付くほどではないにしろ、耳は隠れてしまっている。


「大きくなったなぁ。あのころはこんなに小さかったのに」


 すっかり見た目も変わってしまったのに、少し低くなったものの全く変わらないのんびりとした声の調子に涙がジワリと滲む。


「…画家に、なりました」


 蚊の鳴くような声になってしまったが、カーマインの耳はしっかり拾えたらしく、返事が返ってきた。


「知ってるよ、新人賞、おめでとう」

「有難うございます。いつか、あなたの肖像画を描けたらと、思ってました」


 お互いにぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。発した声が高い天井に吸い込まれていくような感じがした。


「それは、夢が叶って何より」

「でも、こんな形じゃなかった。あなたの最期の、処刑前の絵を描くことになるなんて……」


 涙が、滲む。過去形の初恋の人?分からない、まだ継続中かも。棺桶の中から抱き上げられた時のように、人肌に安心したあの時のように、何も考えずに抱き着きたいのに。無邪気にふるまえる年頃は過ぎている。

 身分も、立場も、多分……思いも。あまりにも違いすぎるのは身に染みるほど理解できているから、出来ない。


 …なーんて。私が一人だけ盛り上がっているかもしれないだけだから出来ないだけなんだけど。


「あれから体は何ともないかい?」

「見ての通り、何故か生きてます」

「魔力が暴走したり、夢に何度もうなされるようなことは?」

「ありません。……何ですかっ、人の心配ばかりして。どうしてこんな事になったのですか!」


 カーマインがへらへらと笑ってばかりいるから、死刑だと聞かされて胸が押しつぶされそうになった私は思わず怒ってしまった。


「泣いたり怒ったり、忙しいな。元からそんなだったかな?表情が豊かになった気がするね」

「質問に答えて下さいっ。どうしてあなたが犯人とされたのですか」


 これではまるで駄々をこねる子供だ。せっかくの再会だから成長して落ち着いた姿を見せたかったのに。


「僕の養父となった蘇芳将軍は父の古くからの知り合いで、時々自分の息子と第二王子を連れてうちに来てたんだ。第二王子は味方が少なくてね」


 私の知らない貴族としてのカーマインの部分を淡々と語り始めた。ヴォルカン様の三男であるカーマインはその二人と齢も近く、会ってすぐに打ち解けたそうだ。第一王子は既に地固めを済ませ有力な領地と繋ぎを取る中、なぜか穀倉地帯でもあるアスコーネ領を外した。


 意図は分からない。仲を深めるよりは敵対し何らかの形で堕ちるのを待って、アスコーネを直轄地にする算段なのかもしれない。

 反対に第二王子側はアスコーネ領に近づいた。第一王子と敵対するつもりなのか、それとも次期王を支えようと取りこぼしを拾い上げる為だったのか。


 王子たちが成長して派閥の境界が明確になっていく中、アスコーネも第一王子と繋ぎを取るべきだったが、それでも第二王子や蘇芳将軍の息子を見捨てられなくて。

 カーマインだけが第二王子の味方になり、アスコーネ領としては中立を貫いた。


 ―――ごたごたしているなぁ。カーマインの誘いに乗って貴族になる道を選ばなくて良かった。誰が敵か味方か分からない状況で呑気に絵なんて描いていられないよ。


「でもね、王族に振り回されるのが全部嫌になってしまったんだよ。だから、事を起こした」

「本当に……犯人なんですか」

「ああ。エボニーの使用した魔法陣をアレンジして乗っていた馬車に潜ませ、闇属性ではない僕でも扱えるようにした」

「そんなの信じられません。やけになって味方の兵士を殺すなんて。嫌になったのならその王族を殺せばいいのに」

「実はその心算だったんだ。昔、言っただろう?下剋上して王様になるって。しくじっただけだ」


 ドジを踏んだと軽いミスを照れるように、カーマインは頭をぽりぽりと掻いた。

 魔法陣をいつ描いたのか。描くための道具をどのように用意したのか。誰にも見とがめられずにどうやって描いたのか。

 犯人だと認めたくない私は絵を描く支度もせずに質問する。そしてどの質問にもカーマインは答えず、うんざりしたように肩を竦める。


「君には絵を描いてほしくて呼んだんだよ。事情を知ってほしい、助けてほしいなんて思ってないから。あれだけ描かせてくれなんて言い寄ってきた宮廷画家たちもすっかり引いて行って、頼れるのは君だけなんだ」


 カーマインは部屋の中に一つしかない椅子に座り、大仰に両手を広げて見せた。


「さあ、僕を描いてくれ。革命に失敗した愚かな男として」


 絶対に嘘をついている。まるで役者が舞台で演じているように身振り手振りを大きくして、カーマインの本心が見えない。描きながら、話しながら探っていくしかどうやら道はなさそうだ。


「そうは言っても、今日はもう描けませんよ」

「どうして?」

「椅子がもう一つ必要ですね。後はこの光の具合だと時間帯でかなり見え方が変わるから、描くのは昼前から夕方の時間帯かな」


 大きな窓が無く限られた場所にしか光が当たらない上に徐々に移動していくので、座る椅子を動かして様子を見ながらの作業になる。日はもうかなり傾いていて、今からではいくらも作業できない。


「それに肖像画なのにその髪型で良いんですか?服装もきちんとしないといけませんよね」


 カーマインは自分の服を見回した後、傍から見ても長い前髪を一つまみ持ち上げた。囚人服ではなくて、単にラフな格好だ。トープが普段着ているのと同じような、動きやすそうな服。


「がっかりです。久々の再会を楽しみにして私は一張羅を着て来たのに、モデルに描かれようとする気持ちが無いのではどうしようもありません」

「ひ、ひげは剃ってある」

「当たり前でしょう。肖像画の為に今からカイゼル髭でも生やすつもりですか」


 カーマインが変なものでも食べたような顔をしたので、私は思わず笑ってしまった。

 ―――大丈夫。この調子なら鬱々とした気分で描くこともなさそうだ。


「明日、また来ます。それまでにきちんと準備しておいてくださいね」

「捕らわれの身なんだけどなぁ」

「私をここへ呼べるのならば、かなりの融通を利かせられるのでしょう?」

「まぁね」


 後ろ髪を引かれながらも、私はその場を後にした。

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