肖像画2
毎日荷物を持ち歩くのも大変なので、あまり高価で無い画材は城の詰所に預けた。城からホテルまでは、ラセットが送ってくれる。物価が上がっていて私の為の馬車は出せないそうなので、行き帰りは徒歩だ。
夜に備えて塔の中に明かりを持ち込んだとしても昼間とはあまりにもかけ離れた状況になってしまうので、活動時間は日が沈む前までだ。敷地内は広いので移動する時間も考えなければならない。
ラセットはこの状況をどうにかしようと考えてはいない様だ。けれど言葉少ななのはやっぱり落ち込んでいるんだろう。
昼間はカーマインに対して冗談まで言えたのに、夜になると途端に怖くなってくる。一日が終わりに近づくことでカーマインの生きながらえる日が減っていくのを実感してしまうからかもしれない。
余程暗い顔をしていたのか、ガガエとトープが心配してくれた。二人は今日は先生と一緒に行動してたみたいだ。
「どうだった?やっぱり落ち込んでいたか?」
「ううん。全然そんなことは無くて、どうしてこうなったのか聞いてもあまりしっかり答えてもらえなかった。まるで死ぬのが目的みたいな感じもするの」
「んーと、ノアはどうしたいの?」
ガガエに聞かれて、自分の中にある答えをたどる様にして言葉として紡いでいく。はっきりしていない、もやもやとした部分も口に出すことで明確になるかもしれない。
「…助けたい、とは思うけどカーマインにとっては迷惑かも知れない。死刑を免れた後にどうなるのって考えたら、貴族の世界は想像がつかないし責任が持てない。そもそも助ける段階でもどれだけ周りに迷惑かけるか分からない。無理にこちらが助けるよりはしっかり絵だけを描いた方が嫌われずに済むかなって、あれ?」
なんだか助けたくないような方向にまとまってる。つまり、見捨てる方向。……命の恩人を、このまま私は絵だけを描いて見送るの?
理性と感情がちぐはぐだ。いろいろな事を考えすぎて結局まとまって無い。助けたい気持ちはあるのに。首を傾げて見せればそれが本意でない事はトープに伝わった。
「ノア。相手に嫌われたくないから、どうせ好きになってもらえないから助けなくてもいいなんて道理はないぞ」
トープの言葉にハッとさせられる。ガガエもうんうんと頷いている。考えすぎて余計なものが混じってるみたいだ。好かれたいとかそんな気持ちは横に避けておこう。
「んー、トープが言うと言葉に重みが増すね」
「うるさい」
「……うん、うん!そうだよね」
「いや、それで納得されても、なんて言うか……」
うまくいくか分からないけれど、行動を起こさなくては助かるものも助からない。絵を描いている間はもっともっと話をして、カーマインの本心や置かれた状況を探っていくとして、それ以外の場所でも何らかの活動をしていこう。
「方法としてはどんなものを考えてるんだ?まさか、無理やり脱獄させるしかないなんて言わないよな」
「うん、それは最終手段。誘拐したら私も犯罪者でアトリエに迷惑掛かるかもしれないし。考えているのはね―――」
一つ目、ニールグ家、ヴィオレッタ様など知り合いの貴族に片っ端から声を掛けて王族にはたらき掛けてもらう。神殿のマロウ神官にも声を掛ける。犯人は他にいるのではないか、冤罪ではないかと声を上げていく。先生たちの伝手も使えばこれが一番確実だと思う。
二つ目、減刑の署名を集めること。ただしこの世界のこの国でどれだけ効力があるのか分からない。最悪、連判状のように見なされて署名をした人が罰せられることになりかねないから、法律に詳しい専門家に意見を聞かなければならない。
三つ目、カーマインアイドル化計画。肖像画と並行してサーカスのチラシを刷った方法でブロマイドのような物を作り、主に貴族女性たちのハートをゲット。ファンのパワーは無限大。扇動して国家を動かそう!
四つ目、王に魔法陣入りの絵を献上する。巧妙に隠された魔法陣の効果は果たして洗脳か暗殺か―――
「ちょっと待った!三つ目はともかく四つ目は何だ!」
「国王陛下がお亡くなりになれば恩赦で減刑されるかもしれないし」
「そんなものはない。恩赦を受けられるのはせいぜい軽犯罪を犯したものだけじゃ」
いつの間にか図書館から戻ってきていた先生が話に加わった。浅葱さんと紫苑さんもかなり怖い顔をして立っている。
「せ、先生……聞こえてたんですか」
「まさかノアールがそんな大それたことを考えていたとはのう」
「嫌だな冗談に決まってますって」
冷や汗を掻きながら否定すると、先生は顎に手を当てて考え始めた。
「二つ目も、貴族の署名ならともかく平民では無効となる可能性が多いのう。貴族は貴族で保身に走りほとんど集まらんじゃろう」
「三つ目は俺に協力しろと言うことか。流石にディカーテまで戻って作業する余裕はない。しかもその報酬はノアールが出すのか?」
「そもそも本人や周囲の意向を聞いておかないと、下手に動いて台無しにする事だって有り得なくはないよ」
先生、紫苑さん、浅葱さんと年長者組に言いくるめられていくつかあった道が塞がれてしまった。でも、頭ごなしに否定するのではなくてきちんと一緒に考えてくれているのがとても嬉しい。
「先生たちに何か良い案はありますか」
「まずは浅葱が言った様にカーマイン殿とよく話し合うのが大切だの。何か目的があって刑に甘んじておるならそれを聞き出すと良い。動き出すのはその後でないと敵や味方を見極めることもできんからの」
トープに言った通りまだもやもやとした部分はあるものの、考えがまとまれば突っ走ってしまいそうな私にとって先生の言葉は丁度いい歯止めになる。ブレーキが利きすぎて壊れてしまう程ではない。
「ノアール。死刑囚を助けたいと言う気持ちは分からないでもない。無実と信じておるのならなおさらじゃろう。だがもしも本当に有罪であったならば犯人を世に放つ責任を取れるのかの?」
「それは……」
「王の下した判断に異を唱える事にもなる。それがどれだけのものか、分からない程愚かではあるまい?」
何も言えない。私一人がどうにかなるならまだしも、関わった人間が悲惨な目に合うかもしれない。交渉や弁護なんてやったこともないのに、いきなり国家の最高峰が相手では無謀も良いところだ。
いろいろ準備するためにも状況把握が必要で、そのためにはやはり本人に聞くのが一番だ。
「絵を描きなさい。描く上で本人と話をしなさい。肖像画の一番の基本は観察だからの」
「はい。カーマインの心の奥底まで、ですね」
私がそう言うと、先生は満足そうに頷いた。
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