肖像画3
心の奥底まで描きだしてやる、と気合を入れて描こうとカーマインと対峙する。髪の毛は毛先を整える程度でも一応切ってもらえたようだし、普段着ている物の上に軍服を羽織ることで格好を保つことにしたようだ。
黒地に金のボタン、詰襟タイプで肩には黄色の房が付いていて、袖口や襟周りなど所々に赤が入っている。
カーマインの赤い髪に良く合っていて、昨日よりも増してカッコ良く見えてしまう。
「本格的な正装となるとマントも必要なんだが、どうしようか?」
「へ?え…ええと全身像なら必要かもしれませんが、胸より下程度までの絵を描くつもりだったんですけど。と言うか私てっきり貴族服で来るかと思ってました」
……参った。制服姿に萌える気質が私に備わっているとは微塵も思わなかった。もう少し見慣れておかないと描ける自信が無い。
カーマインアイドル化計画が頭を過る。紫苑さんの手を借りられないならホテルに戻って一枚一枚手描きでプレミアム感を付けて高く売れ……じゃなかった、カーマイン救済の一手にならないだろうか。
「ああ、いろいろ考えたんだよ。どんな姿を残してほしいか。でもやっぱり最後の肩書としてはこれが一番かなって思うんだ」
「次期将軍、ですか?」
「はは、いろいろ言われていたみたいだけれどそうじゃなくて、戦地に指揮官として赴いた経験者として、だよ。国への忠誠を心の中に秘めた騎士としてかな」
ほら、少しだけ心の中が見られた。忠誠を見せたいと思っているのなら、カーマインが国王の傍で事件なんて起こすわけがない。寧ろ守る側に立っていたはずだ。
……自分より偉い人をかばっている?いや、そう考えるのはまだ早すぎるかな。
「それにこれなら一枚羽織るだけで済むしね。貴族向きだとシャツにベストにジャケット、それからタイを結んだりと結構面倒で」
「ああ、なるほど」
これだけカッコいい姿を見せられたら、肖像画にありがちな顔色の悪いカーマインは描きたくない。実際のカーマインの肌の色だって、血管の浮き出る様な白い肌と言うよりは黄色人種寄りだ。肌に緑をのせるのは控えたい。
下地に黄色系を置きつつも背景は暗くし、暗い中でも日の光を浴びているような場を作り上げる。髪の輪郭や光の当たっている部分も黄色を持ってこよう。
うん、描きたい方向性は見えた。
死刑囚を描くなら悲哀だの不安だのを暗色で表すのかもしれないけれど、見ている限り、まだまだ生命力に溢れているんだもの。
刑を受け入れているのだって表向きの感情かもしれないし。
観察をしよう。会話もしてどんどん探って行こう。
「楽な格好をしてくださいね。……私を助けてくれた後は、どんな人生を送って来たんですか?」
「じ、人生?えーと、あの時は確か十五歳で―――うん。エボニーの犯罪は領内だけで刑を執行できるものではなかったから、もともと交流の有った蘇芳将軍の力も借りたんだ。その時に養子の話が本格的になった」
私の目はカンバスとカーマインを行ったり来たりしているけれど、カーマインはこちらを見据えながら少しずつ思い出して語り始める。とくん、とトープを描く時には鳴らなかった胸の鼓動が、一つ。
刑の執行が近づくにつれて顔がどのように変わるのか分からないので、下描き無しの下塗りから始める。
「蘇芳将軍には息子が一人しかいない。僕の方が三月ほど早生まれではあるけれど、万が一の為のスペアが欲しかったみたいだ。愛妻家だけど二人目を望むのは無理だった上に、他の女性を頼ることもしたくなかったみたいでね」
貴族特有の話だ。平民でも商家や代々受け継がれる職業ならば有りうる話かもしれないけれど、それにしても、代用品(スペア)か。でもカーマインに自嘲気味な気配は微塵も無い。
「嫌な思いはしませんでしたか?」
「全然しなかった。臙脂は…あ、蘇芳将軍の息子なんだけど、寧ろ実の兄貴たちより気が合ったし。将軍は豪快な人で、僕の方が早生まれなんだから先に結婚するべきだろうって王女の話を僕の方へ持って来た。平等かと言ったらそりゃあ首を傾げるけれど、でもなおざりにされることはほとんどなかったな」
王族の婚姻話を養子の方へ持っていく。しかも年齢一桁から育てられていたならともかく成人してからだ。これは王族に対しての不敬に当たらないのか。王女自らの希望なのかもしれないけれど、まずは実子に話を持っていくのが筋と言うものではないのかな。
これでもしも臙脂様が王女に対して恋心でも抱いていたら。将軍の息子として会う機会はいくらでもありそうだし、有り得ない話でないと思う。その臙脂様がカーマインに向ける感情は、きっと良いものではない。
貴族でない私はどうやら考えを表情に出していたようだ。
「ああ、やっぱり君もそれはやりすぎだって思うか」
「貴族は感情を表に出さないと聞きました。臙脂様が心の内で反感を持ってしまってもおかしくはないと」
「僕もそう思ったから臙脂の元へ謝りに行ったんだ。そしたら『他に好きな人がいるから丁度良かった』だってさ」
「実際にそのお相手を見たことはありますか?」
私がそう聞くと、カーマインは黙ってしまった。―――泥沼確定か。
私に指摘されるまで、きっと臙脂様の言葉を本気で信じていたんだろう。兄弟よりも気が合う友人の様な感覚ならば、しかも女性の友情では無く男性同士の友情ならば本音を包み隠さずに吐露するとカーマインも思っていたんだろう。そして、どれだけ頭が良くても男女の機微に疎い人は沢山いる。
「……ごめんなさい」
「いや、だとしたらこの刑は余計に避けられるものでなくなったなと思っただけだ」
ギャー私の馬鹿バカバカ。モデルの気分を落としてどうするのよーっ。心の底を探るのにはある意味成功したかもしれないけれど、何が何でも生きたいって思わせたいのにー。
あれ?避けられるものではなくなった?
「避けられるものなのですか?事件の犯人は臙脂様?」
「それは違うよ。……少ししゃべりすぎたみたいだ。ノアールの方はどうだった?」
カーマインはそこで自分の話を止めてしまったので、私はこれまであったことを掻い摘んで話をした。成人間近まで細々と絵を売りながら孤児院で過ごし、アトリエ・ベレンスに入ったこと。先生や兄弟子たちの絵の素晴らしさ。人魚や妖精、ユニコーンやエルフなどに出会ったこと。
サーカスのチラシに付いては反応があった。
「ああ、王都に来た時に配っていたチラシか。え、あれノアールが描いたのか」
「そうです!私が絵を描いてうちのアトリエで刷りました」
「見に行きたかったけれど都合がつかなかったんだ。せめてもの慰めにチラシを眺めて過ごしたんだけど、そうか、ノアールが描いたのかぁ……すごいなぁ」
少しだけ惚けた、顔の力を抜いたような笑顔。
大げさにはしゃぐのではなく、噛みしめるように喜んでくれているのだと思う。
城や美術館に飾っているような立派な額縁に入った物ではなく、用が済めば捨てられてしまうかもしれないただのチラシだからこそ、カーマインの目に留まったのかもしれない。
嬉しくて、なんだか気恥ずかしくて、私はカンバスの方に目を背ける。少しの沈黙の後、カーマインはぽつりと呟いた。
「君を助けて良かった。そうやって絵を描いている姿を見るだけでも、人生の全てが無駄ではなかったと思えるよ」
「もしかして、私を呼んだのはそのためですか」
「まぁ、理由の一つではあるかな」
会話はそこで切れてしまった。部屋の中には私が作業する時に立てる音しかしなくなった。
カーマインに一体何があったんだろう。自分の存在意義を外側に確かめたくなってしまうような、何か。
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