肖像画4
行き帰りが徒歩なので、もしかしたら何か探れるかもしれないと思い、ラセットに兵士が亡くなった場所に行ってみたいとお願いした。
現場に足を運ぶのは犯人捜査の鉄則なはず。……捜査なんてするの初めてだけど。
「正面から入って詰所に向かえば行けない事は無いですが、トラウマとかねぇんですかい?」
「元々死んでる人間よりも、生きてる人間が今から死ぬ方が怖いです」
「……左様で」
ラセットが言っているトラウマはおそらくエボニーの起こした事件だろう。流石に七年も経っているし今から行くのはこれから事件が起こりそうな場所というわけでもない。
多少は魔法陣が扱えるのだから何らかの手がかりを得られるのではないかと思ったのだけれど、甘かった。画材を持っていたし、兵士に顔を知られていたので咎められたわけでは無い。
惨劇が起きていたとされている現場に来て城門前広場から壁一枚を隔てたところで目を凝らしているが、血飛沫など全く飛ばず突然意識を失ったように命が奪われたらしいから痕跡など残るわけがない。
せめて魔法陣に使われた塗料なんかが見つかればいいのに、門から続く石の通路とその両側の土は綺麗なものだった。
「ラセットは当日の現場、見た?」
「村と同じような状況でしたよ、としか言いようがねぇんです」
「そう」
おそらく名もなき村での惨状を、あの場に居たかどうかは知らないけれど見たんだろう。後々の調査で確か隠し部屋が見つかってしっかりと魔法陣があったと聞いた。
魔法陣の本来の目的の効果以外に、時間差だったり発動後に消えるなんてものを付属すれば魔法陣はどんどん複雑になっていく。素材の力を借りることはあるかもしれないけれど、消えるインクなんて聞いた事ない。
魔法陣を中心とした何メートル以内の指定は簡単にできても、被害者をアスコーネ出身者のみとするなら前述の効果と合わせればそれこそ神業になる。
だとするとやっぱり馬車に仕掛けた説が一番有力かもしれない。カーマインが乗っていた馬車の周りには自然とアスコーネ出身者が集まっていたはずだから。
エボニーの思惑を引き継いだ者でもいるのだろうか。逆恨みが入っているように思えてならない。何もかも杜撰過ぎたエボニーに比べてかなり用意周到で有能な人間が予想できる。
なんにせよすべては推測だ。遺留品の全く無い、しかも魔法によって起こされた事件なんてどんな調査をすればいいのか分からない。探偵など調査に関して本職の人はいないかな…と思ったら自分の隣に丁度うってつけの人がいた。胡散臭いけどなんかそれっぽい人。
「ラセット、調査をする時ってまず何をするべきなの?」
「ええ?何か明確な意図を持ってここに来たわけでは無いんですかい。えらく真面目に考え込んでるからてっきり……」
「遺留品や感じられる魔力が少しはあるのかなと思ったんだけれど、何にも無いんだもの」
「おそらくそっちの方面に向いた精鋭たちが調査を終えてますよ。お嬢さんは一体誰に喧嘩売りたいんですかねぇ?」
ラセットはねっとりと探るような視線を向けてきた。もしかしてラセットは犯人を知っていて、答え方によっては危害でも加えられてしまうのだろうか。
「……カーマインを助けたいだけなんだけどな」
絶対に助けたいとは思うけれど方法が何も見つからなくて、やろうとしていることが間違っているような自信のない声が口から出てきた。
絵を描けば良いなんてのは分かっている。でもそれだけでカーマインが助かるなんて思わないよ。
何か行動に起こせば、何かしら解決する手がかりとして引っかかるかもしれないのに。
「調査は終えてるし本人も納得済みで捕らわれてるってぇのに、これ以上することがありますか」
「ラセットは本気でカーマインが犯人だと思っているの?」
「……必要以上に踏み入ることを拒絶されました。思えなくとも思わなくちゃならねェんですよ、こっちは」
歯がゆい思いを、ラセットもしているんだろう。苛立っているような声だ。
「ホントにやばいヤツなんで、平民は平民らしく普通にしていてください。さ、今日も元気にお絵かきしましょーっ」
「お絵かきって言わないで。これでも商売(プロ)としてやってるんだから」
「はいはーい。あのちびっちゃい嬢ちゃんが立派になってまぁ」
軽口を叩き私の背中を両手で押しながら、ラセットは詰所のある方向へと誘導する。ここで踏ん張るのも意味が無いからなされるがままに連れていかれてあげた。
―――平民がまずいなら、貴族の手を借りれば良いのかな。
今日の作業を終えてホテルに戻り、ペントハウスにいるヴィオレッタ様の元を訪れた。事前に連絡も入れず突然訪れた私を、ヴィオレッタ様は受け入れてくれた。
「パレードが終わったからディカーテに戻るつもりだったのよ。入れ違いにならなくて良かったわ」
笑顔を浮かべているけれどどこかぎこちないのは、もしかして迷惑だと思われているのかもしれない。私はお邪魔にならないように用件だけを簡潔に述べることにした。
「単刀直入に聞きます。カーマイン様を助けることは出来ませんか」
質問は予想出来ていたようで一度だけ微笑み、そして反らすように目を伏せた。
「助けたいのは山々だけど、今回の件はご本人も領主様も、そして将軍もお認めになっているわ」
「絵を描く上でカーマイン…様といろいろ話して、本心を探っています。他に真犯人がいるかもしれないし」
「だとしても、簡単に覆されるような物ではないのよ。王が判断を下されたと言うのはそういうことなの」
もしも真犯人がいるなら証拠を集めたり、あの日、門の内側で起こった出来事をもっと明確にするために聞き込みをする。身分も低く調査の経験も無い私ではたかが知れているけれど、貴族が使うような隠密だの斥候だのスパイだのだったら出来るはずだ。
全部を任せきりとまではいかなくても、手を貸してもらうことぐらいは出来るかと思っていたから拍子抜けした。
「納得しているのですか。だって、おかしいのは明らかなのに」
「気持ちはわかるわ。でも……ごめんなさい。母からもこの一件からは手を引くように言われているの。中央のやり方に不満をもっているとしても、地方貴族としての立ち位置と言うものがあるのよ。それに……」
ヴィオレッタ様は言おうか言うまいか逡巡したのちに決心したようにこちらを見据え、きっぱりとした口調で忠告をしてくれた。
「心を鬼にして言うわ。平民の『お願い』の為にわざわざ危ない橋を渡る貴族はいないわよ。もしもその願いを受け入れたとして、貴女はどれだけの見返りを私に支払うことが出来るのかしら」
優先的に絵を描く、なんてものでは見返りにすらならない。物品や金銭なんて私が用意できるものは、貴族からしてみればなけなしだ。人魚の涙だってきっと買おうと思えば手に入る程度の金額かも知れない。
貴族の間を渡り歩く画家であれば依頼の間に手に入れた情報を流すことも出来るだろうが、私は価値のある情報なんて持っていない。優れていて情報を提供でき、扱いやすい画家なんてのは他にもっとたくさんいる。うちのアトリエの先生辺りならばそれも可能かもしれないけれど、私はまだまだだ。
見下すようなマネはされなくても貴族との間には明らかな溝がある事は何度も身に染みて理解してきたはずなのに。……いや、貴族は関係ないか。保身に走るのは人間であれば当たり前の事だもの。
私は深々と頭を下げた。
「ご迷惑を、お掛けしました」
「出来上がった肖像画、いつか見る機会があるまで楽しみにしておくわ。絵を描くのをどうか止めないで」
まだ生きているのに、カーマインがいなくなった先を見据えたヴィオレッタ様の言葉に、少しだけ泣きそうになった。
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