オークション
絵画を出品するだけならばオークションの会場に入る必要はない。どこか別の場所で待機して結果を待つだけだ。けれど一度は参加して勉強もしなさいと言う先生のお達しで、正装して会場入りすることになった。
というわけで浅葱さんにシンプルな黒のイブニングドレスを見立ててもらう。まだお金を稼いでいないので既製品だ。試着しながら思ったのは、この世界は中世ヨーロッパ風よりも少し近代よりかもしれないと言うこと。
夜会に出るわけでは無いからごてごて着飾るのもおかしいけれど、正装なのに肩や腕を露出する服装は想像していたよりも後の時代だ。それとも、前世の時代考証を持ち込む方がおかしいのか。誰かに聞きたいけれど、なんだか迂闊なことを言いそうで怖い。
「ノアちゃんてばスタイル良いねェ。大人っぽい格好するとすごくよく分かるよ」
「浅葱さんこそ。私はただ単にやせぎすなだけですよ」
食が細い上に絵を描き始めるとほとんど動かないので筋肉も無い。細いままでいいからもうちょっと胸が欲しい。子供が背伸びして大人っぽい服を着ているみたいだ。寧ろ以前着たゴスロリ風の方が十六歳になった今でも自分には合っているのではないかと思ってしまう。
先生と紫苑さんは次の仕事が入ったので、浅葱さんとメイズさんが付き添い。浅葱さんも私と同じようなドレス、メイズさんはタキシードがとてもよく似合っている。お化粧も軽くしてもらって、いざ出陣。アトリエのある場所から少し離れた、高級住宅街にあるオークションハウスには馬車で行く。
会場はなんていうか、一言で言って大人の世界だ。
映画などで美術オークションの様子を見た記憶があるけれど、やはり会場にいるのはセレブな方々ばかりでまだまだ成長途中の私がいるのは場違いな気がした。
自然と背筋が伸びる。浅葱さんが手続きを済ませ、一番後ろの席に座る。オークションはもう既に始まっていて、次々と美術品が競り落とされている。
思ったよりも進行が速い。作品の情報と目安の価格は事前に知らされているそうだが……
「次に、カタログに記載しました通りアトリエ・ベレンスから四作品の出品となります。名前が載っていないのはミスではありません。今回は新人を含んでおりまして、描き手を伏せた状態で一作品ずつ皆様に競り落としていただきたいとの事です」
流暢なオークショニアの話で作品が説明されていくと、会場がどよめいた。私にはそのどよめきの意味が分からない。小声でメイズさんが説明してくれる。
「絵の価値は誰が描いたかによるところが大きいからね。初めは号数当たり二千が相場だけど、賞を受賞したりファンが増えたりすると値が上がっていくんだよ。でもここはオークションだから、手持ちの金で手に入れられるかどうかの駆け引きもある」
絵の大きさを表すのに何号と言う表し方をする。出品した絵は四号サイズでA4より少し大きいくらいだから、画家になりたてほやほやの私の作品の適正価格は八千ルーチェ。絵ハガキサイズを五百で売っていたことを考えると、その値段でもかなり高額に思える。
「ではまず一つ目、タイトルも伏せさせていただきます。五千ルーチェから」
メイズさんの絵からだ。欲しい客が入場する時に渡された自分の番号札を上げる。上がっていく金額は一定で札を上げるのが最後の一人になるまで続く。淡々と行われていく競売なのに、私は初めて目にする光景に高揚感を感じていた。
「三十万。三十万……三十万五千、三十一万」
あっという間に金額が上がっていき、最終的には二百万の値がついてオークショニアがハンマーを叩いた。というかメイズさんの絵ってもうそんな値段がつくのか。昔は路上で千ルーチェで売ってたのに。あ、私がもらった絵はいくらの値が付くのかな。
「あんまり時間をかけないで描いた絵にしてはかなり値が上がったな。お得意さんには僕の絵だってバレバレみたいだ」
「描き込んでいない分、もろにメイズの色が出ているものね」
やっぱり個性って大事なんだな。ひそひそ話をしていると最後まで競っていて負けた方の人が、ふっとこちらを向いた。途端にメイズさんが珍しく「げっ」と呻く。いつも穏やかな口調なのでそんな声を出すのに違和感を持った。
「どうしたんですか」
「今振り返ったの、僕の父親だ」
「え、メイズさんの家ってお金持ち?」
「というか、貴族。普通は代理を立てるはずだけど……これが終わったら早めに出るか。捕まると厄介だ」
メイズさんの容姿は確かに貴族らしいので、なるほどと思ってしまった。でも、だとしたらどうしてアトリエ・ヴィオレッタに入らなかったんだろう。親がオークションで息子の絵を競り落とそうとしているところを見ると、画家になるのを反対していると言うわけでもなさそうだ。
どういった理由があるのか知らないけれど、私が首を突っ込むべきではないと思い詮索はしなかった。
先生の絵には百五十万、紫苑さんは百三十万、私の絵にはなんと十万の値がついた。先生たちとの差は確かに悔しいけれども、それより今まで市場で売っていた時の金額に比べればかなりの額だ。
自分たちの作品が競り落とされたのを見届けて、メイズさんに急かされるように会場を後にした。きっと父親に会わないようにする為だろう。馬車の中でもオークションの興奮が冷めない私は、珍しくおしゃべりになった。
「こんな高い値が付くなんて思ってみなかった。今まで精々二千ルーチェだったのにすごい!メイズさん達はもっとすごい!」
「アトリエに入ればネームバリューが付くからね。恥ずかしくないように描かないと」
アトリエに入っただけでこれほど評価が上がるとは思ってもみなかった。このまま順調にいけば私の絵もどんどん値が上がってくのか。浮かれきってえへらえヘら笑っていると、浅葱さんが残念そうな顔をして水を差す。
「でもね、ノアちゃん。布団一式やカーテンなんかの初期費用と、未だ払っていない家賃ひと月分、合わせて十万かかるのよ」
「え、じゃあ私の取り分は……」
「ゼロ、だね。ドレス代はこの前のモデル代として先生から頂いているけれど、画材や日用雑貨を買うお金、残ってる?」
「そのくらいは、まぁ……でもええと、また次を売って家賃分にしないと」
アトリエに入る前に稼いだお金で何とかまかなえる。けれど、有頂天から一気にどん底に突き落とされた気分だ。見かねたのか、メイズさんがとんでもない事を言い出す。
「モデルやってくれるならお金出すよ」
「お断りします。私は画家ですよ」
「お、ノアちゃん言うようになったねェ。メイズは相変わらず節操なしか」
私は一か月でじっくり自画像を仕上げられたけれどそれではだめだという事が分かった。このくらいの大きさの絵ならば、先生たちのように三日で仕上げるくらいのペースでないと必要な経費すら稼げなくなる。億単位で稼げるようになれば一枚に掛ける時間も長くなるのかもしれないけれど、私にはまだまだ無理。それにそこまで価値が上がるのはおそらく画家本人が死んでからだ。
旅に出て絵を描く画家になる道は、まだまだ遠いみたい。
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