クロッキー

 オークションに出品したのは新人のお披露目的な意味合いもあるそうだ。会場には目利きの客が集まり、そこから仕事の依頼に繋がっていく可能性もある。けれど、オークションから数日たっても絵の依頼は来ない。浅葱さんからは「暇だったら仕事に繋がりそうな絵を描いて」と言われていたのだが、その前にどんな絵が受け入れられているのか知りたかった。


 メイズさんも仕事が入り皆忙しそうなので、資料室に入り浸り独学で学び始める。もう既に用済みとなったオークションのカタログには、簡単に絵の説明と金額の目安が描かれていたので参考になった。


 神話をモチーフにしたものや歴史的な出来事を描いた絵。室内で描かれたらしい静物画や肖像画。色鮮やかな風景画。何が描かれているか分からないような抽象画のような物はまだないけれど、その過渡期を見ているような作品はあった。評価は低いところを見ると受け入れられるのは当分先の事になりそうだ。

 油彩が多いけれど、水彩やパステル画なども載っている。

 やはり数百年前の画家が描いた歴史的にも価値があるものは億単位だ。けれどそれほどまでの値がつけられるのはこの街のオークションでは数年に一枚あるかないかと言う程度らしい。

 存命中の画家で高値が付いているものを探す。


「あ、先生の絵……二千万ルーチェっ?」


 アトリエから直接出したものでは無く、一度買い取った持ち主が出品したものだ。提示されているのはあくまで目安だから、先日のオークションではそれ以上の値がついていると考えられる。

 ページをめくっていくと他にもちらほらと高値に設定されている物が見られた。

 どれも個性があって、私は少し自分の絵が無性に恥ずかしくなった。


 異世界だからって少しなめていたかもしれない。前世で見た絵を模倣し、この世界に無いような作風をババーンとひけらかして認められて有名画家の仲間入り、というわけにはいかない様だ。


「第一それって私が認められたことにならないんだよね……」


 作風、個性、私の描きたい絵って何だ。モチーフならわかってる。ファンタジーな世界ならではの不思議生物や風景。でもどんな絵を描きたいかと言われると、写実画としか答えられない。

 メイズさんのような優美な雰囲気も、紫苑さんのような立体に起こしやすい絵でも、先生のように万能なタイプでもない。


 だったら、精度を上げる為に取り敢えずひたすら描くしかない。


 花を一輪買って目を皿のようにして描いた。背景は白いままの無地で一日一枚、水彩で色も付けて花が枯れるまで毎日描いた。いわゆるボタニカルアートと言うものだ。十八から十九世紀の画家ルドゥーテみたいに花をたくさん見られる環境があればいいけれど、私にそんな伝手は無い。


「図鑑を作るときにお呼ばれしそうな絵だね。売り込むなら絵画としてじゃなくて、例えば陶器に付ける絵のデザインとして工房に持ち込むって手段もあるかな」


 アトリエにこもってひたすら描いていると浅葱さんや先生が様子を見に来た。描きっぱなしで置いてある絵を手に取って、売り込み方を考えてくれる。先生はほうほうと感心しながら私の絵を見てしきりに頷いていた。


「ふむ、ノア君の観察眼は中々の物だのう。確かドラゴンなどを描きたいと言っていたが、だったら身近な動物で練習した方が良いだろう」


 先生は生きた雌鶏を一羽買ってきた。職人さんや紫苑さんが中庭に柵と小さな小屋を作り、その中を悠々と鶏が歩く。飛べもしないのに時折バタバタと羽ばたき、首を小刻みに動かしながら歩くので描きにくいことこの上ない。


 今までにも生き物を描いたことはある。けれどほとんど動かない対象ばかりだった。スケッチブックに全体を鉛筆で素早く描き起こす。何度も何度も、いろいろな動きを単純な線で描いて形を捉えていく。前世で教わった方法だけど、それもほとんどは人間相手。部活動でいろいろなスポーツをしているところが見られたから今思えばかなり恵まれた環境だと思う。

 もちろん、鶏相手にやるのは初めてだ。


 地面をくちばしでつつく。首だけこちらへと動かす。動くたびに肉垂が揺れる。左向き、右向き、真正面。羽は褐色と黒で、尾羽は思っていたよりも長い。

 我慢しながら描いてはいるけれど、鋭い目つきと動きがどうにも気持ち悪くて仕方がない。描いているうちに愛着が湧けばいいけれど、どうにも慣れそうにない。ヒヨコなら可愛らしくていいのに何故先生は鶏、しかも卵を産まない雄を選んだのだろう。


 色を載せるのだって楽しいけれど、こうしてただひたすら線で捉えていくのも実は好きだったりする。構図も色の調子も何も考えずがむしゃらに描くだけ。一番の基本で初心に戻れると言うのもあるかもしれない。


 夢中で描いていたから、先生が後ろから覗きこんでいるのにもしばらく気づかなかった。


「ノア君はどこかで絵を教わったことがあるのかね。大抵は動くものも動かない物と同じように描き始めて失敗する物なんだが」


 考えてみれば只の孤児がそこまできちんと教えてもらうことなんてない。先生の言うとおり見たままをそのまま起こそうとするのが普通なのかもしれない。私が迂闊な事をやってしまったと黙り込んだところ、先生は慌てて手を振った。


「ああ、責めているわけでは無いよ。君のやっていることは正しい。動きを捉えて自分の物にすることから始めるのはとても大切だ。ただの好奇心だから気にしないでほしい。続けなさい」


 アトリエに入ってから気付いた事なのだが、先生はこうした方が良いと言う事はあっても弟子の作品に手を出すことはしない。こういう意図でこうしたいと言う弟子の意見もしっかり聞いてくれる。その上で指導をしてくれるのだ。前世で小学生だった頃には美術専門の先生はいない為、作品を台無しにする先生が少なからずいたものだが。


 けれど、アトリエの流派みたいなものは無いのだろうか。先生の影響を受けて似たような画風になることは、メイズさんにも紫苑さんにも見受けられなかった。強制的に自分の色に染める事をせず、寧ろそれぞれの個性を引き延ばしてくれる、とてもいい指導の仕方をされているのかもしれない。現に私をモデルに描いた絵は先生よりもメイズさんの方が高かった。


 この先生は頼っても大丈夫かもしれない。作品を自分の指導の手柄にすることは無いと安心できることは、とてつもない力になる気がする。私に才能と言うものがあるかどうかは分からないけれど、押さえつけて個性を失くすという事はなさそうだ。


「あの、先生質問があるのですけど」

「ふむ、何かね」


 心なしか嬉しそうに答える先生。


「ドラゴンなどの野生生物にはこの方法は使えませんよね。仲良くなってから絵に起こすとしても、それほど時間は取れない場合だってあると思うんです。ワイバーンの時はどうされたんですか」


 先生は感心したように頷き、思い出すように遠くを見た。


「あれとは仲良くなった後だったからのう。魔法陣を仕掛けておいて静止状態にすると言うのもあるが、思い通りの体勢で止まってくれるとは限らない。必要なのはあらかじめその生き物の知識を持っておくことが一つ」


 人差し指をピッと立てた後、中指を立てて次の説明をする。


「もう一つは身体的な特徴だけを現場で捉えて戻ってから、それらしい動きを付ける方法もある。これはそれまでの経験と想像力が大切になってくる」

「目の前に対象が無い状態で絵を描くって事ですか……」


 中庭で同じように鶏を見ながら絵を描いていたら、それは今までと何も変わらない。少し考えた後、私はモデルの鶏から離れると言う答えを出した。


「分かりました。この後はアトリエで描いてみます」



 一羽しかいない鶏を紙の上で二羽に増やし、向かい合わせた状態で描く。ずっと眺めていたので羽毛の動きも違和感無く絵の具を置けた。仲の良いつがいとして描いたつもりが間違えて二羽とも鶏冠のある雄鶏を描いてしまい、鶏に対する苦手な気持ちも出て闘鶏のような迫力ある絵に仕上がってしまう。


 鶏と言えば伊藤若冲と言う意識があったせいかもしれない。


 紫苑さんを始め男性陣には物凄く好評で、浅葱さんも騎士など武闘派な方々に的を絞って売り込むらしい。


「ノアちゃん、鶏シリーズで何枚か描いてみない?」

「……騎士だったら馬や獅子の絵を欲しがるものでは……」


 先生の意図するところは乗り越えられたと思うけれど……なんか腑に落ちない。

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