花園3
贅を凝らしたお風呂も、ふわふわふかふかのお貴族様お布団もおもいっきり堪能した。けれどやっぱり気になるのはここの家族の事。
首を突っ込むべきか、それとも知らんふりをするか。
「それではお休みなさいませ」
「はい、お疲れ様でした」
私がそう返事をすると、メイドさんはくすりと笑った。事情を聴くならメイズさんやカナリーさんよりも、この親しみやすいメイドさん、かな?
そんなことを考えながら横になったけれど上質のお布団のせいで眠気が一気に襲ってくる。
微睡(まどろみ)の中、カーテン越しにふわふわと舞う光を見た気がした。
「……アール様、ノアール様、起きて下さい」
「は、はいっ」
扉越しのトープの声とは違う、聞き慣れない女の人の声が間近で聞こえて瞬時に覚醒した。「様」なんてつけられているものだから、一気に気が引き締まる。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。まだ薄暗いですが、今にも咲きそうな花があるとの事でカナリー様がお呼びです」
「分かりました、有難うございます」
メイドさんに支度を手伝ってもらい、促されるまま画材を持って急いで外へ出る。太陽はまだ見えていないが東の空は既に明るく燃えていた。この明るさならば描けそうだ。
庭に出るとカナリーさんが手招きをした。
「お兄様にも声を掛けましたが無理でした。ノアールさん、お願いします。もう既に咲き始めていますわ」
傍で声を掛けてもうんともすんとも言わなかったそうだ。メイズさんは朝は弱いらしい。
示す先には、開きかけたつぼみがいくつかある。少しずつ動いているのがはっきりと目に見えるほど、開いていく速度が速い。
「これ、咲いている時間はどれくらい?」
「七時ごろにはしぼんでしまうかと……」
「一時間も無い、か。茎や葉は残りますよね?」
「ええ、大丈夫です」
傍にいたメイドさんに水を汲んでくるようにお願いし、じっと観察を続ける。花以外は後で描くとして、今見えている部分から色を予想してパレットに絵の具を出す。
「持ってきました」
「有難うございます」
絵の具を混ぜて、花弁の色を作り出しておく。朝日の光を受けているので分かりにくいけれど、スケッチブックをかざして影を作ると薄い黄色に見えた。中心部分には黄緑色の模様があるみたいなので、そちらの色も作っておく。
七割ほど開いた花を見て私は驚いた。この模様、すごく分かりにくいけれど魔法陣だ。
「今です。開ききると直ぐに萎むのでこの形を描いて下さい」
私は慌てて鉛筆で輪郭を取る。八重咲きの花でなくて良かった。色合いを確認しながら塗り、茎からどのように咲いているかもざっと記しておく。
薄い黄緑色が百合のような形の花の中心部分に、複雑な星形の模様を描いている。放射状に花の淵まで伸びる線や、花芯近くをジグザグに走る線。
念のために魔法陣を完成させないように気を付けながら、いくつか写す。
魔法陣については非常に気になるが、時間が無いので集中して描いた。丁度書き終えた頃から、少しずつ内側へ花びらが折れ曲がる様にして萎んで行った。
「な、何とか大丈夫、かな」
「お疲れ様です。後は日中に咲く花ばかりですので、朝食を召し上がってきてください」
「分かりました、それでは、また、後で」
あれは、相性が悪くて私には使えなかった召喚の魔法陣だ。一応マザーには知識を叩きこまれたものの何の反応も起こせなかった。あの花からはほんの幽かだけど、魔力も感じられた。
花が、何かを召喚しているのかもしれない。けれど花の咲いている間に何かが現れた気配は全くない。
扱えない魔術に時間を割くほど暇では無かったし、マザーも詳しく教えてくれなかったので残念ながらそれが何が出てくる魔法陣なのか、私は知らない。
与えられた部屋の中、一人で朝食を取りながら気になることを考える。確か魔術は貴族の使う物で、先祖に貴族の血が混じっていれば平民でも魔力を持つ子供は生まれてくる可能性がある。
先ほどの花についてカナリーさんは何も言わなかった。思い出してみると、私の絵の中の魔法陣に反応したのは先生だけで、貴族であるメイズさんは何も言わなかった。
敢えて知らないふりをしているのかもしれない。貴族の血が薄まっていて魔力を感知できないのかもしれない。知識を受け継いでいないかもしれない。
何かが召喚された可能性をカナリーさんに言っておくべきか。言うならば私に魔法陣の知識と魔力があることを告白しなければならない。
魔力や魔術の在り方が、貴族の間でどのように扱われているのか知らない以上、かなり危険だ。
だから、先に既存の図鑑で確認することにした。
日中はいくつかの花を外でデッサンし、間に昼食を挟んで室内で清書に入る。清書は集中力を要し、あっという間に夕食になる。もちろんその間はメイズさんもカナリーさんも一緒だ。
夕食後、最後に朝早く描いた絵を清書しようとしたところでカナリーさんに図鑑を見せてもらうよう頼んだ。
「そう言えば、今朝の花について描かれている図鑑を確認したいのですが、良いですか?」
「ああ、はい。えーっとこちらになりますわ」
皮の表紙の分厚い本をカナリーさんが開く。花の名前はファタルナと言うらしい。心配していた色合いも私が描いた物とほぼ同じだ。記述には魔法陣についてもしっかり書かれていた。
召喚されているのは妖精だった。妖精についても絵が描かれている。
―――左右二対の羽が生えていて、生まれた朝には見えないが、その日の夜が月夜であれば魔力を持つ者に姿が見えるようになる。妖精には周囲の土地を豊かにする力を持っている―――と記されていた。
「これだけ丁寧に育てていても、一度も妖精を見たことはございませんのよ。夜に曇っていたり雨が降っていたりして条件がそろわないのです。今朝がた魔力の発動を感じられたから今夜あたり見られるのかもしれませんけれど」
おなじように図鑑を覗き込んでいたカナリーさんが言ったので私は驚いて顔を上げた。見えないふり、でもなくただその場で言わなかっただけだった。
何食わぬ顔をして図鑑を閉じる。先生には私の詳しい事情をマザーが話したけれど、他の誰かに話すのはできない。カナリーさん達を疑うわけでは無く、出来る限り危険を遠ざけたいだけだ。
カナリーさんはそのまま話を続ける。良かった、不審には思わなかったようだ。私はスケッチを見つつ作業を始めた。
「花のいくつかは、育てるのに魔力が必要なものがあります。ですから、平民の庭師に任せず貴族の私が育てているのです」
「そのような事情があったのですね。少し不思議なお仕事だなとは思ってました」
貴族が土いじりを仕事にするなんて。しかも庭師に命じるのではなく、本人たちが直接草花を育てるのは
こうして実際に見なければ信じられなかっただろう。
力仕事の為に屋敷内の男手を借りることはあっても、基本はカナリーさん一人らしい。
「僕も父も魔力が無いからね。父は母に庭を任せて自分はのうのうと当主の座についた」
それまで黙って清書していたメイズさんが、手を止めて会話に口を挟む。
「兄様、それは仕方のないことです!」
「ああ、母は平民だったからね。だけどカナリーは違う。僕よりカナリーが次の当主に付くべきだ」
実際に仕事をしているカナリーさんにメイズさんは次期当主の座を譲りたい。稀にあるとはいえ女性が当主となることはまだまだ厳しいらしい。未亡人がやむを得ずなるならまだしも若いカナリーさんでは大変だろう。
だから、父親はカナリーさんを心配してメイズさんを当主にしたがっている。
でも、だったらどうしてオークション会場に居たのかな?
「父様も兄様も魔力がありませんでした。平民ながら魔力のある母様を娶り辛うじて私が生まれました。けれど、代々薄れていくばかりで、きっといつかは取り潰しになるでしょう」
「そんな。こんな素敵な花を咲かせられるのに……」
自分には全く関係ないけれど、こうして苦しんでいる人を見るのは心が痛む。メイズさんもお父さんも、カナリーさんを思っての事なのでどちらが正しいとは言えない。
人工の精霊石を使った魔術の明かりの中、話を聞きながらも手は休めずにいたので絵は最終段階に入っている。気づけば、途切れさせるはずの線をつなげて魔法陣を完成させてしまっていた。
「あ、まずい」
描いた花に魔力が吸われていく。丁度、月明かりがカーテンの隙間から差し込んできた。
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