カーマイン視点

「ロルフ、妖精の気つけ薬の方はどうなってる?」

「あ、はい。天日干しや浸けこみなど時間のかかる工程が多いですが今のところは順調です」

「ベルタ、ガガエ、ノアの絵の方は進んでいそうか?」

「それが……全く描けていないようで」

「筆を押し付けて、そこから先が動かせないみたい。暫く描かずに気分転換をするつもりだったみたいだけれど、外へ出る気配もなくなっちゃったし」


 行動が各自バラバラになったので状況の把握は必須だ。夜は警備の為に病院へ行き、昼間に睡眠をとる。自然と食事時に確認を取るようになっていた。

 ガガエがイーオスを睨みつけているが、イーオスはしれっと自分の手の者が調べた情報をもたらす。


「ゴブリン化した兵士の情報が入りました。名前はスクワル。東のトリエーレ領領主の次男で、テスケーノ領のシャモア嬢の元婚約者だそうです」

「それは……厄介だな」


 シャモアには二人の兄がいるのでおそらくトリエーレへと嫁ぐはずだった。テスケーノはギルテリッジと接する国境の領地であることから、文よりも武寄りの者が多い。

 貴族なのに騎士では無く兵士扱いならば、スクワルは普段、文官としての仕事をしていた可能性が高い。おそらく他に誰か指揮官がいて、本人は後方支援に回っていたはずだ。

 婚約者の家族に勇敢な所を見せる為に前線に出て、ゴブリン化してしまった。そんな所だろう。


 シャモアはこれ幸いとばかりに婚約破棄して「カーマイン・ロブル」を待った―――


 思わぬところで自分と繋がっていた事態に頭を抱えた。まさかノアが助けたゴブリンがそのような人物だったとは。ノアが治療しようとした時ほんのり嫉妬のような感情を持ちはしたが、寧ろ自分こそが持たれる側だった。

 シャモアの女性としてのしたたかさにも、うんざりする。


「目覚めたところで、俺は彼に刺されないだろうか」

「婚約は疾うに破棄されているのでそのような心配があるとは思えませんが」

「男女の仲はそんな簡単なものではないんだよ、イーオス」


 お前がそれを言うかと、ベルタがツッコミを入れたくてむず痒そうな顔をしている。


「石を持っていたと言うことはスクワルはシャモアにまだ気があると言うことだ。ゴブリン化が解けた今なら再度婚約を結び直そうとする可能性だってある」

「だとしたら彼を狙うのはそれを阻止したいテスケーノ領側の人間か、或いはシャモア殿と婚約を結びたい誰かなのでしょう」


 決めてかかるのは危険が伴うが、先回りする手立ても打てる。よその国なので自分が動いて解決する事は出来ないが、その辺りはイーオスが全てやってくれるだろう。

 腹が立つこともあるが、彼は優秀だ。


「んー、恋敵に守られてるって知ったら目が覚めても死にたくなるかもしれないね。ちょっと心配」

「でも、物は考えようでカーマイン様に向かう憎しみが減るかもしれません。お嬢さんのお陰ですねぇ」


 ガガエとラセットが可能性の話をする。今夜病院に行ったら彼の周りに自傷出来るようなものを置かないように医者に提言しよう。

 ふと気づくとメイド三人組が顔を揃えてじーっとこちらを向いていた。なんだ?


「カーマイン様、ノア様を落とすなら今です。慰めて差し上げて下さい」

「おかしいですよ、人前で異性にハグされたのに無反応なんて。ノア様は恥じらう姿こそ至高であると言うのに」

「男でしかも年上なんだから、優しさで包み込んであげて下さい」


 何を言う出すかと思ったら……


「その本音は?」

「「「私たちにコイバナで盛り上がる刺激(ネタ)を下さい」」」


 メイド三人の姦しさに押されて、頷かざるを得なかった。

 確かにノアがこもり始めて数日が経つ。大切にしすぎて嫌われたら元も子もないと様子を見ていたが、そろそろ心配だ。


「……分かった。後で様子を見に行こう」





 やましい気持ちは無い。ノアの様子を見るだけだと自分に言い聞かせながら部屋のドアをノックする。

 ―――返事が無い。


「ノア?」


 倒れでもしていたらまずいので扉を開けて呼びかける。キャンバスの前の椅子にもベッドにもいない。不思議に思いながら部屋へと入ると、開けた扉の死角となる部分にノアが膝を抱えて座り込んでいた。


「うぉわっ!?……ノア、何やっているんだそんな所で」

「描けません。描けないんです。描けない私に果たしてどのような価値があるのでしょうか」


 辞めたはずの敬語を復活させ、ぶつぶつと辛うじて聞こえる程度の声で呟く。俺が見えているのかいないのか目が虚ろで、肌から精気が抜けたように真っ白だった。

 取り敢えず頭を撫でて慰めようとしたら、よく見ると髪の根元が黒くなっている。本来ならば恐怖を克服できたと喜ぶべきなのだろうがとてもそんな状態には見えない。記憶を失っていたノアは平穏に過ごしていたのだから孤児院に入ってすぐに元に戻っていたはずだ。

 今になって戻るのはおかしすぎる。


 考えられるのは魔力の異様な増加だ。時じくの元へ行く途中で明かりの魔法を使っていたし、回復の魔法も使っていたので魔力の発散は出来ているはず。

 ただし、ノアの魔力がそれほど多くなければの話だ。闇属性と言う不安要素もあるし…と思ったところで、ふとある事に思い当たる。


「ノア、もしかして人魚の涙とゴーレムの石を全部身に着けたままか?」


 ノアはペンダントを二つとも襟元から取りだし、布袋にくるんだゴーレムの精霊石もごそごそとどこからか取り出した。

 貴族が持つ精霊石は多くても二つ程度だ。求婚時に互いに用意した石を交換する場合。大抵はどちらかが一対を用意し受け取ることで承諾するので、所持する石は一つずつ。

 人前で安易に魔術を使わないようにしているが、例えばこの馬車屋敷の様に魔力を扱う機会は増える。 


 三つも質の高い精霊石を持ち続けていたので体内の魔力が蓄積され過ぎた結果だろう。体や精神に異常をきたすのは当然のことだ。

 貴族であれば学ぶのは当然の事なのに、ネリさんはノアを平民と見て失念していたんだろう。それか、三つも精霊石を持つ機会なんて滅多に無いと踏んでいたのか。


 ……いや、今現在、一番近くにいて貴族の知識を教えられるのは自分だ。しかも、三つ目を渡したのも俺だ。その責任を取らなくては。


 ノアから精霊石を三つとも取り上げ、テーブルの上に置く。未だ座り込んでいるノアに目線を合わせ、不甲斐無い自分に対するいら立ちを隠しながら出来るだけ優しい声で諭す。


「ノア、魔法陣を描くんだ。明かりでも何でもいいから魔力をたくさん使うような効果の強い物だ。俺が教えるから」

「い、嫌。だって何が起こるか分からないのに」

「大丈夫だ、傍で見てるから。おかしいと思ったらすぐに止めるから」


 ノアは尚もふるふると首を振って嫌がった。成人しているはずなのにまるで子供の様に駄々をこねる。やはり、精神が少しずつおかしくなっているらしい。命の恩人を死なせてはならないと強行手段に出た。


「いいから描くんだ。魔力を発散させないと体が持たないぞ」


 問答無用でノアを抱え上げると、先程の静かな状態が嘘であるかの様に絶叫し始めた。


「いやぁぁーーーーっっ!離してーーーっ!」


 本人は手加減無しで思い切り暴れているようだが、力も弱く子供がじたばたしているようなものだ。背中がポカポカと叩かれるが、まるで肩たたきでもされているような良い塩梅だ。

 キャンバスの前の椅子に座らせると、そこから逃れようとするので後ろから抱え込む。片腕で十分なほど細い体は、力を入れれば折れてしまいそうで加減が難しい。


 幸いにして手の届くところに筆と絵の具が用意してある。

 それらを取ろうと手を伸ばしている間にノアがイーゼルを蹴飛ばした。少し位置をずらしただけだが、倒れてしまうかもしれない。


「ダメだよ、ほら、じっとして」


 耳元で囁けばピタリと動きが止まる。よしよし今の内と思いながら筆を持たせた手をその上から握りこんで、キャンバスに明かりの魔法陣を描かせた。効果持続、色彩変化、調節可能などたくさんの付属を持たせた魔法陣だ。注ぎ込んだノアの魔力が強すぎるせいか、明かりとはとても言えない眩しすぎるほどの光が描き終った瞬間に放たれる。


「闇の属性も多少は含まれているはずなのにな。それを上回るほどの魔力を貯め込んでいたってことだ」

「あ……」

「気分はどう?だるい感じとか暗い気分とか抜けているはずだけど」

「ダイジョブ、です……」


 間近で見る頬には赤みも戻り、声からは恥じらいの感情も感じられる。

 手触りの良い髪の毛が、根元から白く戻っているのは理解できない。子供の頃に受けた精神的なダメージが回復したら白髪から黒髪へと戻ると思っていたのに。ノアの髪の色には別の原因がありそうだ。


「あの……カーマイン……そろそろ離れて……」

「嫌だ、もったいな―――」


 い、と声に出す前にばたんと勢いよく扉が開いてメイド三人組がなだれ込んできた。彼女たちの背後には執事のクーノ。


「これはこれはカーマイン様。ノア様に無体を働いているのかとちと心配になりましてな」

「お前たちの主人はそのような事をする奴だと言ってるのか?」


 睨みを利かせたつもりだったが、三人メイドは臆する事もせずに応える。

 

「だって『赤』と『闇』ですから……カーマインさまがヤンデレになる為の相性はばっちりかと」

「あの悲鳴を聞いて助けずにいられるものですかっ!」

「おおーっ、ノア様おめでとうございますじゃなかった、大丈夫ですか?」


 アルマ、ルファ、最後に微塵も心配していなさそうなベルタの問いに、ノアがぽそりと呟いた。


「嫌って言ったのに」


 しんっと空気が凍りつく。メイドたちの怒りを察してノアからそろそろと両手を離して万歳の形にあげる。その途端、三人は姦しく騒ぎ始めた。


「うっわ、サイテー」

「無理やり描かせて荒療治ですか。カーマイン様も大胆ですねぇ」

「いや、だって魔力が―――って何をしたか分かってるじゃないか」

「二人きりでする必要がどこにありますか」

「問答無用、女性の敵はこちらで始末しますのでノア様、どうかお気に病まずごゆるりとお過ごしくださいませ」

「待って、カーマインは助けてくれただけだからっ!絵を描くのが怖かっただけだからっ!」


 ノアがベルタに縋り付くと、ベルタはそれを外してノアの両手をそっと握った。


「分かっております。私たちはからかっているだけなのです。カーマイン様は夜警に備えてもうお休みになる時間ですので」

「そうなの?」

「ああ。彼女たちはいつもそうやって憂さ晴らしをするんだ。……ノア、今回は三つも精霊石を付けたことによる不調だよ。大丈夫、少し休めばすぐに描けるようになるさ」


 ノアは不安そうにしながらもこくりと頷いた。


「カーマイン、お休みなさい」

「ああ、お休み」


 まったく、どこぞの間抜け兵士にここまでノアの心をかき乱されるなんて。

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