聴取
刑事もののドラマなんかを母が見ていたから、日本の取り調べ室は入ったことが無くても容易に想像できる。だからなんとなくファンタジーなこの世界のそれも、壁を石造りに、机や椅子を木に変換しただけでほとんど変わりは無い物だと思っていた。
違った。まず法律からして違うのだからそれは当たり前なのかもしれないけれど、私以外はもうほとんど罪が確定しているので刑場近くの牢屋へ直行しているらしい。私が連れて行かれたのは参考人や保護が必要な人のための施設。二つの施設が離れているのは逆恨みした脱獄囚が参考人を傷つける事の無いように、らしい。
具体的に言うと、通された部屋の中には落ち着いた色合いの絨毯とカーテンが揃えられていて、以前マザーに連れられて入った神殿の一室よりも貴族よりの造りになっている。ふかふかのソファーに高そうな応接テーブル。紅茶まで出されてしまって何だか申し訳ないくらいだった。
「さてと、孤児院で暮らし始める前の事で、何か思い出したことはある?エボニーから得た情報でも良いよ」
私の真正面に座ったカーマインが聞いてくる。部屋の中には他に二人いて、一人は調書を、もう一人はドアの傍に居る。まだ若いのにそんな仕事もカーマインがするんだと思いながら、記憶を巡らせた。
「えっと、屋敷の地下室に会った魔法陣は、開拓村の隠し部屋にあった魔法陣と同じものです。周りの人を犠牲にして闇の神の力を私に降ろし、王家に兵器として売り込む予定だったそうです。一度目は私が死んだと勘違いした見届け人が報告する間にカーマインたちが来たみたいで…あ、それと領都であれば贄が増えて成功するだろうと言ってました」
出来るだけ相手に分かりやすいように考えて整理しながら話す。ただでさえ苦手だから、取りこぼす情報が無いように。且つ、私の転生前の記憶を気取られないように。
「それ以外には特にありません。記憶、戻らなくて。屋敷でいろいろあったみたいですけれど」
わずかに残っていたノアールの部分も、記憶と共に消えてしまったんだと思っている。転生して眠っていた私の部分が代わりに出てきたせいかもしれない。以前はその事で少し罪悪感を感じていたが、それがエボニーの元で育った記憶ならむしろ消えてしまって良かったと今では思う。
「わかった、それについては後で調べよう。使用人の話によるとかなり酷い事もさせられていたみたいだから、忘れていた方が幸せかもしれないね」
カーマインは予想通りだと頷いた。……一体何をさせられてたんだろう。まさか誰かに恨みを持たれるようなことはしてないよね。
事情聴取と行っても私の記憶はすっからかんなので、それから先は逆にカーマインが持っている情報を聞く形になった。
エボニーの実子は生まれてすぐに亡くなっているらしい。それから何人か闇の日生まれを育てては死なせていた。子供を連れてくる方法も誘拐だったり、禍の子供だと吹き込んで脅したり、密かに活動している奴隷商から買い取ったりと、とても慈善活動だと言えるような物ではなかった。
エボニーが必要としていたのはあくまで魔力持ちの闇の日生まれだが、連れてきた子供は魔力が高かったらしい。と、言う事は。
「貴族の血が混じった平民が増えているのか、それとも闇の日生まれが総じて魔力が高いのかもしれませんね」
「うん。それは僕も考えた。ただその情報が広まるととんでもない事になるから誰にも話さないで。今回は一応君にも危機意識を持ってほしいから話したけど」
本人の命よりも魔力を重要視して闇の日生まれを意図的に増やすのは危険だから、かな。それはそうだよね。早くに亡くなる子供が増える事になるし、貴族には魔力があるという常識が根本から覆ることにもなる
私は頷きつつ紅茶を飲んだ。孤児院を出てからずっと無意識にしていた緊張が香りでふんわりと解ほぐされていく。一息ついてぽそりと漏れた言葉には安堵と、ほんの少しだけ、身寄りが無いと言う寂しさが混じってしまった。
「やっぱり私の本当のお父さんではなかったんですね」
「一年前に聞いた時、お父さんとお母さんはいないと君がそう言ったんだろう?」
「あれ、そうでしたっけ?」
私は首を傾げた。どうやら記憶があやふやになっているみたいだ。黒い部屋に関して言った事は覚えているのに、両親に関しては覚えていない。
まぁ、あの時は自分の置かれていた状況もよく分からなかったから仕方がないのかもしれない。
「調べ始めたのは君の件が切っ掛けだったんだけど、本当にいろいろとやらかしていたみたいでね。記憶が消える前の君も、あれを親だとは思えなかったんだろうな」
そこまで笑顔で話していたカーマインはふと、まじめな顔になった。
「……もしも、それでもあれが父親だと言うのなら君も取り潰しの巻き添えを食らうことになる。具体的に言えば禍根を残さないためにも死刑扱いだな。誘拐された被害者になれば話は変わって来るけど、どうする?」
「そんなの選ぶ余地もないですよ。あ、でもどうせ孤児院に入るならこの街では無くてバスキ村が良いです。新しいところで私の身の上を話すのはちょっと……」
親を亡くしたただの孤児ならともかく、下手をすれば国家反逆規模の事件に巻き込まれ挙句の果てに闇の日生まれで魔力持ち。マザーは今まで通りに受け入れてくれると信じられるけれど、他の孤児院の院長からはどのように扱われるのか分からない。
カーマインは私の返事を聞いた後、なんだかにやにやしながらもう一つ質問をした。
「貴族の養女に成れるように口をきいてあげようか?」
多分、一年前のやり取りを思い出して言っているんだろうと思う。確かに絵描きになる為に貴族とつながりを持っておきたいと私は言った。今思えば随分とずうずうしいお願いだ。でも私が帰りたい場所はもう決まっている。
「少しずつですけれど、自分で稼ぐことも覚えてきました。最終的に描きたいのはドラゴンや、不思議で滅多に見られないような風景です。貴族だと身分が足枷になって世界を回ることが出来ませんから」
もっと本心を言えば貴族に対して持っていた夢や憧れみたいな部分が、今回の件で吹き飛ばされてしまった……なんて、カーマインの前では言えない。身分が高いなりにそれなりの役目を負わなければならないのは知っていたけれど、子供のうちはいろいろ学びながら空いた時間で、金に糸目をつけずにいろいろな画材を使って絵を描けるなんて思っていた。
まさか、来た早々命の危険にさらされるなんて思ってもみなかった。新しく引き取られた先でも似たようなことが無いとは限らない。
だとしたら、たとえ貧乏でも私は安全に絵が描ける方を選ぶ。
「わかった。けれど今回のように何かあったら、フリントを通して連絡してくれて構わないから」
「はい、有難うございます」
「一年で随分成長したね。まるで同年代か年上と話しているみたいだ」
不意打ちを食らった私はぴしりと固まる。まずかったのは話し方か、それとも話の内容か。子供らしさって何だっけと思いながら、そうっとカーマインの様子を窺った。中身が子供でないと知られたら、どんな扱いを受けるのか。
「まさか、闇の神の力を降ろしたどころか、闇の神そのものが君の中にいるなんてことはないよね?」
「もしも私が闇の神様だったら―――」
ガガエを救えたかもしれないのに。
今までの会話に何の脈絡も無く降って湧いた思いは、自分でも唐突過ぎて驚いた。カーマインに説明しても、おそらくフリントさんの肩を持つだろう。
だから、感傷に浸る前に私は別の答えを言った。
「抵抗する手段を何も持たない状態で、のこのことエボニーの元に戻らなかったと思います」
「それもそうか。よし、話を聞くのはこれくらいにして今日はここへ泊まると良いよ。明日バスキ村へ送っていくから」
「事後処理とか、大丈夫なんですか?」
「ネリさん達に話を信じてもらえそうな適任がいないんだよ。例えばラセット一人に送らせたらどうなると思う?」
苦笑しながら言うカーマインの言葉そのままに、私は想像した。「エボニーが捕まったからもう一度孤児院で引き取ってくれませんかねぇ」って、一度目ですんなり渡さなかったマザーがはいそうですかって引き取る姿が想像できない。ラセットやエボニーを別のルートで調べ始めそうだ。主に、神殿の伝手を使って。
神殿と言えばマロウ神官。今回は無関係だったけれどそら見たことかといちゃもんをつけてくるに違いない。神殿で引き取ると言い出しそうだ。もめているうちに公になって行って―――
「事件が大事になりそうな気がします」
「うん、そうだね。気分転換にもなるから僕の仕事は気にしなくても大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
そう言って笑うカーマインの顔は、少しだけ疲れているように見えた。
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