行き先

 カーマインがグラナダさんから報酬を受け取る。お金のやり取りに使うのはルーチェ板と言う通帳くらいの大きさのかまぼこ板みたいなもので、平民でも扱えるように魔法陣と人工の黄色い精霊石が埋め込まれている。黄色はお金を司る女神の色だ。

 傭兵稼業なんかもあるので金融関係は発達しているけれど、その業務は神殿が担っている。

 貨幣単位はルーチェ。神殿の総本山がある国はデアルーチェ。普通なら国ごとに貨幣単位が違う物なのに統一されているのは神殿のお陰らしい。


 孤児院にいた頃は大きな金額のやり取りはしなかったし、アトリエにいた頃はほとんど浅葱さんにまかせっきりだった。定期的に貨幣を引き出していたけれど私の消費はほとんど画材だったし、食事などもアトリエ内で済んでいたので外でお金を扱った記憶が無い。


 魔物退治の相場やかかった期間、周りに出ていた被害などを考慮してゴーレム退治は二十万ルーチェが支払われた。

 基準となる価格を知らないので、果たして安いのか高いのか分からない。


 滞っていた経済活動が再開するのを考えれば百万程支払うつもりだけど、軍がゴーレムの侵略を足止めしていた状況や、正式に名指しで依頼を出していたわけでもないので通りすがりの人が退治した扱いにしなければならないと、グラナダさんが言った。


「本来ならばもう少し出したいところだが……」

「あまり大きい金額が動くと勘ぐられますよ。差額は口止め料って事でお願いします」

「むうう」


 加護持ち認定を受けたくないカーマインは、その金額で納得させたようだ。グラナダさんは渋々と言う感じで自分のルーチェ板の精霊石をカーマインのルーチェ板の精霊石に重ね合わせた。


 グラナダさん達神官は撤収するが、イーリックの兵士はしばらくこの場所に交代で常駐するらしい。クラレットさんはヴァレルノの図書館に戻るそうだ。もう一度先生と交渉して今度こそ壁画の仕事に取り掛かってもらうと意気込んでいた。

 あの絵が無くなるのは少し寂しいけれど、口を出せるほど私は偉くないし……先生の絵も見たい気がする。

 クラレットさんとグラナダさんが私達よりも先に出発するようだ。


「それではこれで失礼いたします。ノアさん、機会があれば神殿依頼のお仕事もお願いします」

「カーマイン・ロブルも…これから神殿から討伐の依頼などが舞い込むかもしれぬが引き受けてもらえるだろうか」

「それは今後の神殿の出方次第ですね。俺たちが何事もなく旅を続けられたらの話です」


 それぞれ仕事の話をされた私とカーマイン。確約もできないので、私はカーマインの言葉を聞きながら軽く頷くにとどめる。

 石材を載せた魔法陣入りの馬車と共に、残留する兵士以外は去って行った。見送りながら私たちも、と馬車に乗り込む準備をすると、行き先に付いて話し合っていたラセットとカーマインが私に意見を求める。


「ノア。これからどこへ行こうか?」

「え、行き先は全く決まっていないの?」

「食料の補充の為に時々村や町に寄りたいと言うのはあるんですが、特に決まってねぇんです」


 カーマインに聞かれて私は北の方を見た。少なくともギルテリッジの方向には行きたくない。山脈が遠くに見えるけれどどこも荒れ地のようだし、実験材料に自らなりに行くようなものだ。何より関所が崩壊していて、今通り抜けるには迂回しなくてはならない。残った兵たちががれきの撤去作業をするにしても時間がかかる。


 この辺りに砦を建てる計画が持ち上がっているそうだ。以前よりあった話だが国同士の関係を悪化させると見送られてきたらしい。それが今回の戦争で再燃した。もしかしたらこの場に残された石灰岩が使われるのかもしれない。


 砦か……出来上がったら描きに来ようかな。


 と、それは置いといて行き先行き先、と。南のイーリックの方へ戻るしかないけれど、絵になりそうな観光名所の知識なんてない。


「もうすぐ冬になるし、売り込むための絵をちょっと落ち着いて描きたい。ゴーレムの絵もデッサンをしただけだし」

「そうだなぁ。この時期だったらどこかの村で収穫祭とかやってないか?ついでに膠(にかわ)も手に入れておきたいな」

「ん?収穫祭…見たいかも」


 トープがついでに言った情報は私にもガガエにも興味のあるものだった。

 膠は顔料を練るのに必要なものだ。いわゆるゼラチンの純度の低いもので煤と合わせると墨になる。顔料と合わせると日本画などで使われる絵の具になり、紫苑さんが好んでよく使っていた。私が使う絵の具にはあまり含まれていないけれど、トープは研究しておきたいみたい。

 魔法陣の描かれた瓶で長期間の保存が可能になっているので頻繁に手に入れる必要はないけれど、質や特徴などを見ておきたいらしい。


 収穫祭をやるならごちそうの為に家畜を屠殺し、膠が手に入る可能性も高い。


「どうだろうな。戦争終ってそんな余裕があるかどうか」

「あ……」


 戦闘機による爆撃。草木の一本に至るまで燃やし尽くされた町並み。建物は破壊しつくされ、子供が既に息絶えた母親の元で震えている。きのこ雲。時限式の爆弾。焼夷弾。頼りない防空壕。不衛生な水。病気。栄養失調。


 私が記憶している戦争とはそう言うものだ。経験したわけでもないのに悲惨な光景ばかりが心に刻みつけられ、相手を憎むのではなく戦争を憎むように教育されてきた。

 バスキ村の孤児院にいる親を亡くした子たちだって、この辺りから流れて来たのかもしれないのに。想像していたよりも被害が少なく何処かファンタジーにしか感じられないから、うっかり思いやりのない言葉が出そうで怖い。


 色々みんなで話し合っていると残った兵士の内の一人が私に声をかけてきた。


「良かったらうちの村に寄って行きませんか?景色が良いんで結構画家の方々が来るんですよ。ミリア村って言って有名な作品も残されているんですけど」


 兵士は期待を込めて私を見る。ミリア村、ミリア村……風景画を目にする機会はアトリエの中でも何度かあったが聞いた事は無い。


「タイトルに直接ミリア村の名前があれば気付きますけれど、ごめんなさい。存じません」

「で、ですよね。あ、でも本当におすすめなんですよ。よそから人が来ることになれた村なんで」

「どうする、カーマイン」


 馬車の持ち主はカーマインだ。だからカーマインの意見が尊重されるべきだと思う。


「まあ、行き先が決まっている旅でもないし、ゆっくり南下する方向で行くか」


 こうして取り敢えずの行き先はミリア村に決まった。




 シーバと名乗った兵士が言っただけあって、ミリア村では人懐っこい村人にしょっちゅう声をかけられる。見た感じでは被害らしい被害も無いみたいだ。村の入り口で馬車をどこへ移動させればいいのかラセットが聞いている間だけでも数人、通りすがりに話をしていく。


「ようおいでなすった」

「ゆっくりしておいき」

「どこから来なすったんかね」


 テスコーネ領最北となってしまったミリア村。ここより北にある被害に有った村や町も復興していくのだろうけれど、住人が残らずいない状態なので時間がかかるだろう。

 ミリア村には大きな建物も無いので軍の接収は免れ、敵にも味方にも踏み荒らされずに済んだ。

 割と活気のあるこの村でも見かけるのは女性や子供、そして老人ばかり。男手はゴーレム退治に兵士として取られていたので収穫が進まないらしい。


 兵士は交代で帰ってくる。シーバさんの順番はもう少し後だ。

 村長から許可が取れ空地を借りて馬車を展開させると、もの珍しさからか見物客が集まった。そのうちの一人の女性が残念そうにぼやく。


「これじゃあ宿屋に案内は必要ないねぇ」

「宿屋と言うともしかしてシーバさんのお母さんですか?」

「ああ、シーバはあたしの息子だよ。ゴーレムのいたところから来たのかい?」

「ええ、ゴーレムを描かせてもらっていたので」

「なるほど、あんたは画家なんだね。一階は食堂もやっているから良かったら寄って行っておくれ。そこを右に曲がった金狼亭って店だ」

「はい、有難うございます」


 ゴーレムが退治されたことは帰還した兵士から伝わっていて、帰りを待ちわびる村人が大勢いた。若手が増えたので、早く描いておかないと景色から麦畑が消えてしまう。ゴーレムよりも景色を優先した方が良さそうだ。

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