白いゴーレム後編
「俺が一人でガーッといって足裏の魔法陣に剣で傷をつけてみるのはどうだろう?作戦とも何とも言えないけれど…」
カーマインにしては珍しく遠慮がちな申し出に、グラナダさんが答える。
「出来るのか?」
「ノアールが傍に寄った時の動きを見る限りでは、多分」
「ドワーフでは俊敏さに欠けるだろうな。只人の身で出来る奴がいるとも思えんが…」
「神殿の加護持ち認定は避けたい。それとこれからの生活もあるから多少なりとも報酬も出してほしい」
むうう、と唸るグラナダさん。このまま膠着状態を続けるのか、それともカーマインに託して後始末を引き受けるのか天秤にかけているみたいだ。クラレットさんも考えている。
「解決方法を隠すとなると報告が難しくなりますけど、その辺りは力を貸しますよ」
「そうか。では、カーマイン・ロブル。正式に神殿から依頼しよう」
「何度も言いますが、今は只のカーマインですよ」
ゴーレムを足止めしている障壁を解除する作業を神官たちが行うその間、カーマインは肩をぶんぶんと振りまわしたり屈伸をしたりして準備運動をしていた。
「ラセット、あれ、倒していいんだよな?暴れて良いんだよな?」
「ええ、そりゃあこの辺りの人たちも助かるでしょうねぇ。流通が滞ってるって言うんだから」
「遠慮しなくていいんだよな?集団行動を乱すなとか言わないよな?」
「大丈夫ですよぉ。存分にやっちゃってください」
ゴーレムを見据えながら、ラセットに何度も何度も確認をするカーマイン。今までどんな思いをしてきたのかが垣間見えるやり取りだ。
神官たちから作業終了の報告があり、こちらを振り返る。
「ラセット、ノアたちを頼んだ」
「はーい、いってらっしゃーせー」
カーマインはラセットに私達を託すと、剣を鞘から抜いてゴーレムの暴れている方へと走って行った。その背中にクラレットさんが声をかける。
「カーマイン殿、援護は必要ですかー?」
「悪い、邪魔だからいらないー」
クラレットさん率いるドワーフ集団も固唾を飲んで見守っている。状況に付いていけない私はグラナダさんに聞いた。
「え、と?カーマイン一人で?」
「大丈夫だ。あいつの戦場での立ち回りはそりゃあ見事なもんだったからな」
補給の守りはかなり後方で行われたとはいえ、敵の攻撃が全く無かったわけではない。寧ろ戦略的にも狙われるのは当然な位置にいて、補給部隊も、そして自らが率いる部隊もほぼ無傷で帰した。
だから、戦勝国でもないのにパレードまで行われたのだとラセットが言った。皮肉にもそのパレードでほとんど亡くなってしまったけれど。
与えられた役目はあくまで隊を率いることだったので突出して戦闘に参加はしなかったが、戦場での指示やタイミングは絶妙だったらしい。
集団の戦闘が足枷になっているように見えたそうだ。
障壁を解かれたゴーレムは真っ先に傍にいるカーマインに狙いを定めた。踏みつぶそうと巨大な足を上げると、その下へとカーマインが走り込む。
切っ先を上に向け、軽く振っただけのように見えた。足裏からひざ裏の方へと筋が走る。
魔法陣を傷つけるどころか、足の一部が切り落とされてその場に剥がれ落ち、砂埃が立つ。それを避けながら走っている赤い髪が見えた。
「ありゃ、手加減間違えましたね」
「あの剣は名のあるものか?」
「いーえ、何の変哲もない鉄剣です。魔法陣を自分で彫り込んで……おっと、小石に足を取られたか」
ラセットとグラナダが呑気に実況している間にも戦闘は続く。
片足が動かなくなりバランスを崩したゴーレムは、今度は腕をカーマインめがけて何度も振り下ろしている。
轟音と揺れがここまで響いてくる。
カーマインが潰されるのではないかと気が気でない私は、いつの間にか口元を両手で抑えている。その内に白い石が真っ赤に染まるのではないかと不安が過り、まばたきをしたら涙がこぼれていた。
大森林で私自身が戦闘を経験したから、見るのが初めてで恐怖にかられているわけではないはず。なのに声を出して応援する気にもなれず、かといって目を逸らすことも出来ず、ただただ見ていることしかできなかった。
切られた足を軸にして、もう片方の足を攻撃に転じたゴーレムの足元へ、またもやカーマインが走り込んだ。かと思うと直ぐにその場を離れた。今度は形を崩すことなく魔法陣を傷つけられたようだ。
ゴーレムは足をおろし暫く動かなかったが、最初に頭部が高いところから落ちて地響きを起こすと腕、胴体と次々に崩れ落ちて行った。砂埃が本陣まで届く。
映画やゲームのような、人間離れしたやり取り。自分が助けた人の凄さを初めて知った。
トープが感嘆の声を上げる。
「強いなんてもんじゃねェよ。何で死刑囚になったんだよ、あの人」
「貴族の軛から放たれて、あの方は生き生きとされている。礼を言いますよ、お嬢さん……おや」
「ノア、大丈夫だよ」
ラセットに見られてしまい、慌てて涙を拭く。ガガエのちっちゃな手が頭を撫でる感触に少しだけほっこりとした。
ゴーレムが動かなくなったのを確認し、クラレットさんとグラナダさんが号令をかける。
「機能停止。自爆する魔術の兆候も無し。ふふ、これでやっと石灰岩の回収が可能になりました。グラナダさん!」
「おう、行くぞ!皆の衆!」
「おおおーっ」
ドワーフ部隊の皆さんが集団で走り出すと、トープがそわそわしている。「行って来たら」と言ったら、少し迷った後に元気よく走って行った。
手斧やのみ、つるはし等をそれぞれ使って解体作業が始まる中、カーマインが一人だけ戻ってくる。
「ノア、これ上げる。足裏の魔法陣の中心部にはまっていたんだ」
渡されたのはこぶし大の藍色の石。ほんのり魔力を帯びていて、日の光にかざすと深い海の底にいるみたいだった。
「もしかしてこれが動力源?」
「だろうね。魔法陣の回路に組み込まれていたみたいだから。ほら、神官が書き取ってるだろ」
ドワーフ達によってひっくり返された脚部の裏をクラレットさん達が取り囲んでいる。ここから見る限りでもかなり複雑な魔法陣だ。写し取るのに結構時間がかかりそう。
「あれの真ん中に付いてたんだ。腕にも魔法陣はあったけれどこの石は無かった」
「人工精霊石の一種かな。本当に私がもらってもいいの?」
「うん、ノアが持ってて」
「顔料にしてもいい?」
「しばらくはそのまま持っていてくれると嬉しいな」
石を持つ私の手を両手で包み込み、カーマインははにかむような笑顔。何だかとても意味ありげで、喜びよりも戸惑いの方が大きい。
人魚の涙のような天然の精霊石ではないなら、価値はそれほどないのかもしれない。気軽に持っておこう。
解体作業をしている内にまた日が暮れて馬車の中で一泊。周りが野宿をしている中で馬車を展開させるのは申し訳なかったが、部隊に所属しているわけではないので気にしなくていいとクラレットさんが言ってくれた。
ゴーレムの残骸である石灰岩は運搬しやすい大きさに切られ、注文書を見ながらのグラナダさんの指示で魔法陣入りの馬車に載せられた。もちろん全てを一度には運べないので、ある程度はここ二置いていくらしい。
元々ギルテリッジの石だけど、国境のこちら側で暴れていたので売却による収入はイーリック側に入るそうだ。戦後復興にあてるには丁度いいかもしれない。
作業の様子を、許可を取って絵に描かせてもらう。邪魔になるといけないのであまり近くに寄れなかったけれど、ドワーフが描けてとても嬉しい。石工ドワーフの作業着姿も兵士ドワーフの皮鎧もいいけれど、グラナダさんの神官服姿が結構ツボだ。だってあまり無いよね。神官とドワーフの組み合わせ。
記録を取り終えたクラレットさんと指示を出し終えたグラナダさんに、念のためにカーマインからもらった石を見せる。勝手にもらってしまっていいのか分からなかったし、正直に言うと、あのゴーレムについて居た石なので不気味だったと言うのもある。ついでにトープも興味を示した。
「見たことが無いな。今まで扱ったどの石とも違うみたいだ」
「人工の精霊石のようですが、赤と黄と青はともかく、藍色の情報はまだありません」
アトリエで様々な顔料の元となる石を見てきたトープも知らず、藍色の神官服を着ているクラレットさんでも開発に成功したとは聞いていないらしい。藍色は知識の他に魔術なども司り、魔力の補充の為に取り付けられていたのはそれほど詳しくない私でも予想できる。
「これを預からせてもらえませんか?デアルーチェに報告したいのです」
「ダメだ。これは俺がノアにあげた物だから」
「ではノアールさん」
クラレットさんは交渉相手を私に切り替える。
物凄く単純に考えて思いつく選択肢と、選んだ場合のその後を想像してみた。渡さなかったら神殿と敵対する。渡せば神殿でとんでもない兵器が開発される。
これを神殿に渡すことで酷いことにならないと約束してもらえるかもしれない、と悩んでいるとカーマインにくいくいっと袖を引かれた。
「ノア。ノアは俺が上げた物を人に渡すの?」
「え」
「戦利品だよ。俺が命がけで取って来たものだよ。それを人に渡すの?」
あ、これ、やばい。袖を引く仕草が可愛いとか油断してたら、カーマインの顔から一切表情が消え去って怖い怖い。ラセットを見ると青ざめながらぶんぶんと首を横に振っている。
「渡さないよ。カーマインがくれた物だもの」
「そっか」
途端にカーマインの表情が笑顔に戻る。おかしいな、年上の男性を相手にしている筈なのに。あの塔の中で見た影のあるカッコいいカーマインはどこへ行った。
やり取りを見ていたクラレットさんがため息をつく。
「仕方がありません。ですが報告だけでもさせてもらいます」
「どうせ研究の過程を知るためにギルテリッジに聞かなければならないんだから、現物の一つくらい構わないだろ」
カーマインが堂々とねこばば宣言だ。神殿をちょっぴり敵視するカーマインの悪意を察したクラレットさんが、私に対して釘をさす。
「ノアールさん、くれぐれも悪用しないように。それから誰かさんに奪われないように気を付けて下さい」
「はい、気を付けます」
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