おもてなし
ミリア村からイーリック国の王都フォルカベッロへと南下する。途中でパーシモン様の一行は視察を兼ねて貴族のお屋敷に宿泊し、移動に五日を要した。
カーマインの提案で私たちは馬車屋敷に泊まり、接待を受けることは無かった。貴族に顔を売るいい機会なのだけれども、パーシモンさんと一緒に行動しているだけでも関係性を邪推されやすい。宮廷画家を差し置いて国王の贔屓する画家と見られてしまったら、この国ではかなりやりにくくなる。
お城でいろいろな経験をしてきたカーマインやラセットに「自由な旅も出来なくなる」と、諭されては、お誘いを断るしかなかった。
イーリックに入ったころと違って、馬車から見える景色は刈り取られて何も植えられていない田畑ばかりとなっていた。バスキ村の様に花を植えている箇所もあったが、やがて来る冬に向け土を掘って起こしてある場所が大部分だった。
王都フォルカベッロに向かうにつれて、建物の割合が多くなっていく。
農業大国と言えど、首都となるフォルカベッロはきちんとその役割を果たしていた。ただし時代が下がるにつれて人口が増えて行ったのか、城壁の外側にまで町が広がっている。内側には富裕層、外側には大きな市場や平民の住む場所と住み分けられているみたい。外側は木造の建物が多く、荷物を積んだ馬車があちこち停まれるように道幅が広い。
先導する鬱金とパーシモンさん、それから護衛の人たちに付いて城壁をくぐると、景色は一変した。
ヴァレルノではどこに城があるのか一目でわかるような造りになっていたけれど、フォルカベッロではどの方角に城があるのか分からない。街中の石造りの建物自体はそれほど高くないのに、曲がり角が多くて視界が開けないのだ。日本の城下町に造りが似ているかもしれない。
肥沃な大地を狙う諸国によって何度か戦火に見舞われ、それを描いた絵画をディカーテでいくつか見た。
堀に囲まれた無骨な城塞のような城は歴史を感じさせるものだった。もしもここまでギルテリッジが攻めてきたらかなりの激戦になってたと思う。
堀に掛かる橋を渡り暫くすると、ラセットが馬車を停める。
馬車から降りるとパーシモンさんの、おかみさんとよく似ていた雰囲気がすっかり変わっていた。数十人の騎士や侍女、髭を蓄えた貴族の装いの老齢の男性と、それよりも若い男性が出迎えた。親子なのか、堅物そうなところがとてもよく似ている。
「お帰りなさいませ、陛下。後ろの方々はどなたでしょうか」
「誰かさんのお陰でゴーレムが見られなかったからね。絵に描いてもらったのよ。画家のノアールさんとそれから画材職人のトープさん、護衛のカーマインさんよ」
パーシモンさんが順番に紹介をしていった。ちなみにラセットは馬車を移動させている。ガガエは私の背中に隠れているようで、髪の毛が少し引っ張られるような感覚がしている。
布で包んだゴーレムの絵はトープが持っている。自分で持とうとしたらまだ乾ききっていない絵の具が付いてしまうからと、取り上げられた。信用されていない……
「こちらはウルサンとイーオス。平民から選ばれることの多い国王を代々支える一家でね。執政官と言うか秘書官と言うか、王の執事みたいなことをしているの。イーオス、後でノアールに報酬を渡すので、それまでおもてなしをして頂戴」
「かしこまりました」
年配の方がウルサン、若い方はイーオス。パーシモンさんと離れて、侍女にお茶の指示を出していたイーオスについて歩く。
廊下に飾られている装飾品は古い時代の物が多く、細かい刺繍のなされた壁掛けや花瓶などは色鮮やかな物が多かった。それらは玄武岩の黒い石造りの建物によくあっていたが、絵画は一切見当たらない。
値下げの交渉に応じるつもりではあるけれど、これは少しまずいかも。
応接間に入っても似たような装飾ばかりで、絵画かと思ったら刺繍だったりとヴァレルノとの文化の違いは明白だった。
「先に品物を見せて頂けますか。こう見えても名画は見慣れておりますので」
「あ、はい。トープ」
城の中に飾られていないのに見慣れているなんて不思議な言い方だ。トープが包みをとって絵を見せた。
「これは……」
「通常は最低でも一月かかりますが、二週間で描くようにパーシモン様に命じられました。それも考慮して五十万の値をつけさせていただきました」
本当は特急料金を上乗せしたいところなんだけれど、買い取りの見込みがここにきて薄れている。下手をしたら商談自体が無くなってしまう。
イーオスは眉間にしわを寄せているし、絶句したまま動きが見られない。
感動してるの?それとも呆れているの?どっち?
しばらくしてからノックする音が聞こえてお茶や甘い香りと共に侍女が入ってきた。イーオスははっと我に返って首を振る。
「城に飾れるものではありませんね。かなり厄介な品となります」
「ギルテリッジとの関係ですか」
「それもありますが……好まれるのはもう少し鮮やかなものなので……」
「でしたら記録絵画として扱われてはいかがでしょう」
歴史のある国なら記録を残す慣習にも理解があるはずだ。国に多大な損害を与えた兵器として資料に記すのは、未来への責務でもある。
その辺りを中心に食らいついてみた。
けれどイーオスは良い返事をせず、うやむやにしながら準備されたお茶やお菓子を薦める。
「こちらの茶葉はわが国の南方の山地で栽培されているものでして、高級茶葉として国外の貴族や王家にも輸出しております。こちらのお菓子も材料はすべて国産で、最高級のものを用意させていただきました」
イーリック産のものは価格がピンからキリまである。大量生産も希少価値のあるものも備えていて、ヴァレルノに居てもその辺りはちょっぴりミーハーな浅葱さん辺りから聞いていた。何とかと言う茶葉がグラムで数千ルーチェだとか、素朴に見えるクッキーが五枚で三千ルーチェもするだとか。
産地がブランドの様になっている部分があって、偽装の犯罪まであるらしい。
薦められるがままに、口にした。紅茶は渋みの少ないすっきりとした味わいだし、クッキーは不思議な甘みを感じた。トープも、護衛として紹介されたはずのカーマインも手が止まらない。護衛は後ろや横に控えているべきなのに私の隣に座って食べているけれど、良いのかな?
食べるのは一つだけにしてにっこりと笑って見せる。
「とても美味しいです」
「有難うございます。陛下の『おもてなし』のご命令ですので、私的なものではありますが大切なお客様として扱わせていただきました。ですが、この絵はそれに見合うものとは思えません。我が国の文化に合わないのです」
イーオスは私たちを蔑むでもなく、国に誇りを持つものとしての顔をしているように見えた。だから身分や知名度で判断しているのではなく、率直な意見を言ってくれたんだろう。
風景画の方も持ってくれば良かったかもしれない。秋の景色はとても色鮮やかだった。
「それから我が国にも宮廷画家は居りまして、刺繍もされていないのにそのような高値を吹っかけて来るものは居りません。我々とは価値基準が違うようです。陛下がいらっしゃる前にどうかお引き取りを」
絵を見た反応としては、どうやら呆れている方だったらしい。
アトリエを出てからの初商談、不成立。浅葱さんがどれだけ優秀だったかが分かる経験だ。好まれる画風をもう少し研究した方が良いのかもしれない。
私はイーオスの意見を取り入れるべきと納得できたけれど、トープとカーマインはそうでもなかったみたい。トープは項垂れ、カーマインはイーオスを鋭い目で見据えた。
「早く仕上げる為に特殊な画材を作ったのになぁ…」
「ノアが国王陛下から依頼を受けて描いたのに、臣下がそれを断ってもいいのか?」
「陛下に近づく者を見定めるのも我々の職務ですので」
あまりにしつこいと他意を疑われてしまうかもしれない。どうにかして国王に取り入ろうとする画家は絵を描く以外にも何かあるのではと思われてしまう。もう少しこの国を見て回りたいのに、更に国外追放はちょっと嫌だ。
私は慌てて二人を止めた。
「二人とも、そこまで。肖像画でないだけマシよ。他の人に売れるもの」
描かれた本人が支払いを渋っても、その絵を他人に売るわけにもいかないからだ。
辺境の領都では無理だったけれど、王都ならどこか適当な画商が見つかるかもしれない。
私があれこれと算段をしながら絵を包んでいるとイーオスがそれを遮った。
「いえ、その絵は置いて行ってください」
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