目覚めた場所は
自分が果たして眠っていたのか死んでいたのかも分からないまま、次に目を開くと光が見えた。顔の前に数センチ程度の細い光の筋。始めは只々その光を眺めていたが、やがて自分は異次元にいると言う恐怖の記憶が戻る。闇が続いているだけなら諦めたかもしれないが、なまじ希望を持ってしまったために軽いパニックに陥った。
「助けてっ、誰か助けてぇぇっっ!」
危害を加えようとする物が近くにいるかもしれないのに、泣き叫んでじたばたと暴れた。もう嫌だ、こんなところにずっといるのは耐えられない。
光を求めようと手を伸ばそうとすると、硬い何かにあたる。足を動かせば板のようなものを蹴っている感触があった。どうやら箱の中に閉じ込められているようで、とにかく体を動かせば体があちこちにぶつかる。
箱の外からは複数の男性の声が聞こえていて、最初は外国語に聞こえていたその言葉は徐々に日本語に変わっていった。
人がいる。そう思っただけで涙が出てきた。
「他に誰か開けようってやつはいないのか。―――まったく、仕方ない。カーマイン、頼む」
「了解です。皆、下がって……って言うまでもないか」
開けてもらえそうなやり取りだったのでちょっと動きを止めてみる。ぱたりと光の筋の有った部分が外側に開き、少年とも大人ともつかない年頃の男性が私を覗き込んできた。十代後半くらいだろうか。やっと生きている人に会えたが、私と目を合わせたまま微動だにしない。
良く晴れた空を背景に、赤い髪が日の光に透けてとっても綺麗。言葉は通じるみたいだけど顔立ちは日本人のものではなく、髪や瞳の色からしても滅多に見たことのない色だった。味方になってくれる人ではないかもしれないけれど、それでもわずかな希望に縋り付こうと声を出す。
「助けて……」
絞り出すようにそう言えば、少年ははっとして箱の外にいる誰かに向かって叫んだ。
「生きてる!女の子が生きてます、隊長っ!」
縁に鋲を打たれていたらしい箱の蓋をバリバリと引きはがし、彼は私を抱き上げた。
―――抱き上げた?ほぼ成人に近い私をそんなに軽々と、と思ったところで違和感に気付いた。
闇の中で見えなくなっていた自分の指先は、小さくて細い子供のものになっている。足先までの距離だって随分と近く思えた。
異次元で圧力やら時間概念の異変やらで縮んでしまったのかとも思ったのが、着ている服が全く違う。学校の制服ではなくて、スカートの縁や袖口にレースのあしらわれた、光沢のあるビロード生地の真っ黒なワンピースだった。ゴシックロリータに似た感じの少し浮世離れした雰囲気だ。
声だって高くなっている。泣き叫ぶなんて滅多にしたことないし必死だったから今になって漸く気が付いた。
自分に起きた出来事に対して意識が拒絶から許容に変わると、次は周囲に目を向ける余裕が出てきた。
何これ。よく見れば周りの人は鎧を着ているし、髪の毛の色も緑やら紫やら普通では有り得ない色ばかりだ。弓やら剣やらを私に向けて様子を窺っている。
建物も現代日本とは全く違っていて、木造で粗末な小屋のような物ばかり。街と言うよりは村のような規模で建物があちこちに建っている。
もしかして異次元からの異世界転生?ドラゴンやユニコーンがいたりするファンタジーな世界だったらいいのにな。
それにしても……描きたい。まずは目の前にある鈍色に光る鎧、描きたい!抱き上げてくれる人も絵のモデルになりそうないい顔してるけど、このアンティークな金属感とか胸の辺りに入っている紋章とか鉛筆で描きたいよ。誰か画材プリーズ!
私が状況判断もそこそこに鎧に触ろうとしていると今度は別の方向から野太い怒鳴り声が聞こえ、びくっと体がこわばってしまった。
「馬鹿野郎っ原因も分からないのに不用意に障るな!
「言葉も話せるし生きている人間の目をしてます。大丈夫か?狭くて暗いところに閉じ込められて怖かったよな」
抱きかかえられたままあやすように頭を撫でられ、少年の優しい声に自然と涙がぽろぽろと零れてしまった。
自分の意識と体がまだ馴染んでいないのか、子供としての本能の方が優先されているようだ。たとえ一度死んでしまったとしても、無限に広がるあの真っ暗な世界から抜け出せて本当に良かったと安心したこともあったかもしれない。
普段の私なら絶対にしないのに、体は勝手に動いて抱き上げている少年兵士の首筋にしがみ付こうとしていた。
その瞬間、隊長と呼ばれた男が後ろから私の襟首を掴み、ものすごい勢いで少年兵から引きはがす。
「どうしてお前はそう無防備なんだ。子供の姿の吸血鬼だったらどうする。俺にお前を殺させるつもりか」
怒鳴られている方がまだマシだというくらい静かに話す声には迫力があった。怒られている少年兵はしゅんとしてしまい、なんだか私も悪い気がして謝る。
「ごめんなさい」
襟首を掴まれたまま宙ぶらりんの状態でしくしく泣けば、隊長さんもばつの悪そうな顔をして私を地面にそっと下ろした。
「葬儀を行っている神官に見てもらおう。仮にも一度死んだと判断されたからな」
隊長さんが示した方には、遠巻きにこちらの様子を窺う皮の鎧の兵士の中でひときわ目立つ藍色の祭服のような物を着た神官がいた。これだけお髭の長いおじいさんなんて日本でも滅多に見ないので、是非とも描かせていただきたい。
「なんということだ……確かに脈も止まって冷たい体になっていたのに。闇の神の元より帰還したと言うのか」
おじいさん神官は感動しているのか、「奇跡だ」と繰り返し呟きながら、震える両手を前につきだしてこちらに寄ってきた。棺桶に入っていた私よりゾンビっぽい動きをしていて、なんか怖い。
医者が診察するように目を見て、懐から出した小さい数珠のついた七芒星のアクセサリのようなものを私の手のひらにピタリとくっつけた。
待つこと十数秒、金属製のひんやりしたその護符を離して肌を見た後に神官はため息をつく。
「聖なるアイテムに触れてもやけどの跡が無い。大丈夫だ、この子はしっかり生きている。不死者の
「ほら、やっぱり。隊長は心配性なんですよ」
私を棺桶から出してくれた少年兵が軽口を言うと、隊長さんがぽかりと軽く小突いた。あれ?隊長さんを含めて他の人は皮の鎧なのにどうして少年兵だけ金属の鎧なんだろう。身分の違いとか?でも叩かれた後も怒らずにぽりぽりと頭を掻いているだけだ。心なしか嬉しそうな感じもする。
神官は何かを呟いた後、「葬儀を終えるまでこの子を頼む」と言って棺桶を埋めている場所へ戻っていった。周囲の兵士たちもそれに続いて作業を開始すると、神官の祈りの言葉が朗々と辺りに響く。
どうやらこの辺りは土葬が基本らしい。目の前で埋められて、残った柩は十基。一度に大勢の人が亡くなったみたいだ。叫び声を上げてなかったら私も同じように埋められていたことを思うとぞっとした。
私は生者の側にいる。生と死を分けたのは何が原因か分からない。けれどもう二度と、あの暗闇に戻るのは御免だ。
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