記憶の欠片

 暖かい日差しの中、辺りを見渡せばのどかな田舎の風景なのに、兵士たちが墓穴掘りをしている。

 隊長さんが私の傍に残って指示を出している間、私は柩が埋葬されていくのを黙って見ていた。

 

 遺体が全く見えないので悲壮感や恐怖心などは無い。この子の記憶にある顔見知りの村の人でも生きていれば状況は違っていたのだろうけれど、見える範囲には兵士しかいなかった。


「まったく、貴族の子なら自分向きだろうに……」


 隊長さんの髪の毛はほぼ黒と言っても差し支えないグレー。赤い髪の少年兵とのやり取りからも、面倒見の良さそうな印象を受けたのに。

 子供の扱いに慣れていないのか私が先刻ビービ―泣いてしまったからか、私に話しかけるのにも何だかぎこちない。少年兵は他の兵士に混じって作業をしている。


「あーその、なんだ。良かった、君だけでも生き残ってくれて。この村の君以外の人は残念ながら亡くなってしまったよ。異変をあの神官が感じ取って無ければ、遺体は獣に食われて無くなっていただろうな」


 隊長がため息交じりに言った。亡くなった人たちには悪いけれど、中身が変わっていることを疑う人がいなくなったわけだから実際には少しだけほっとしている。常識が無いことも子供だから多少は見逃してもらえるかな。


 大きなスコップで穴を掘りながら近場で聞いていた兵士が苦い顔をする。


「隊長ー、そんな小さい子にいきなり現実を突き付けなくても……」

「うるさい。さあ、この村で何があったのか聞かせてくれ。何故君以外の人間が死んだか教えてほしい」


 隊長さんはしゃがみ込んで私に目を合わせた。私は一生懸命にこの子の記憶を探るが、不思議な事に原因となりそうなことは何も出てこない。言葉は不自由なく話せている。食事もとっていた。ただ、特定の部屋の中から出してもらった記憶がほとんど無い。


 それでも何とか話そうとするが―――


「えっと……」

「建物の外でも中でも人が死んでいた。遺体に目立った特徴が無く流行り病と言うわけでもなさそうだし、モンスターや獣の仕業でもなさそうだ。原因を特定しない事には今後の対策も立てられない。生存者は君だけだ」


 眼光は鋭く、まるで私が大勢の死を招いた張本人であるかのように肩をがっつり掴まれて揺さぶられた。怖い。私も訳が分からずここに居るのに。乱暴な隊長さんを少年兵が「何やってんですか!」と止める。


「そんな聞き方をする人がいますか。彼女だって家族を失っているかもしれないんですよ」

「すまん、そうだったな。この子がどうも落ち込んでいる感じはしないから忘れてた」


 隊長さんにそう言われてどきりとする。もう少し取り乱した感じとか怖がる様子とか演出した方が良かっただろうか。

 それと、いったいどんな言葉遣いで話せばいいんだろう。貴族とか明らかに自分より偉い人に使うのは分かるけれど、初対面の人に敬語を使っていたほうが良いだろうか。子供っぽさを取り繕うならため口なんだろうけど、この子の記憶の中だと全ての人に向けて丁寧な口調になっている。


 内心そんなことを考えていると、少年兵は膝をついて私に目を合わせ穏やかな声で聴いてくる。


「君の名前は?齢は?お父さんとお母さんの名前は言えるかな?」

「ノアールって呼ばれてました。齢は七歳。お父さんとお母さんはいないからわかりません」


 この子の記憶をたどって答える。両親はいないけれど世話をしてくれる人は何人かいて、だけど誰の名前も出てこなかった。

 七歳にしては知識が乏しい気もするけれど、この世界ではそれが標準なのだろうか。

 本人が理解していることとしてない事が混じりあって分かり辛いが、ただの孤児ではないようだ。


 それは、着ている服からもよく分かる。ただの村娘が着る様な物では無い。


「この村の名前は知っているかい?」

「いいえ。部屋の外にはほとんど出してもらえなかったので、ここが村だって事も今初めて知りました」

「その髪の色は元からなのかな」


 言われて、自分の胸元まで伸びた髪を見る。記憶の中で視界の端に映るのは確か黒だったはずなのに、真っ白になってしまっている。


「不思議、真っ黒だったはずなのに」

「余程恐ろしい思いをしたんだね。他に覚えていることをよければ教えてもらえるかな、怖かったら思い出さなくてもいいよ」


 自分の居住スペースだった部屋からは出してもらえなかったが、一番最後の記憶は別室に連れて行かれたものだ。

 黒一色の部屋の中で蝋燭の明かりと、変な宗教じみた儀式が行われている様子が幽かに残像のようにこびりついている。それがこの世界の一般的な宗教儀式のものかどうかも分からないが、何かの手がかりになるかもしれないと、伝えようとした。


「真っ黒な部屋に連れて行かれました。蝋燭の明かりがあって……」


 言おうとしているうちに記憶はどんどん黒で塗りつぶされて、私の異次元での記憶に変わってしまった。途端に感情は恐怖一色に染まり、一度は止まった涙がぼろぼろと再び零れてくる。あそこに戻るのはもう嫌だ。


「どうしてっ。……なんで?何も思い出せない」

「大丈夫、大丈夫だからもういいよ」


 少年兵士は私の背中を撫で、隊長は腕組みをして考え始めた。私は消されていく記憶を何とか拾い上げようと試みるが、抵抗もむなしく完全に私の物に入れ替わってしまっている。


「一通り調べたが真っ黒な部屋なんてどこにもなかったぞ。それにこの子が死んで……寝ていたのはベッドの中だ。怖い夢でも見たのか、隠し部屋でもあるのか」

「この服装で寝てるってだけでもかなりおかしいですけど、何にもわからないままですね。もう少し本格的な調査が出来たら分かるかもしれないけれど」

「大した準備もしないでここに居たくないってのが本音だな。―――お前が来てくれて本当によかった」


 二人とも神官の方を見ながら話している。おじいちゃん神官は休むことなく祈りの言葉を続けている。声を枯らすことなく続けているのを見ると意外に若いかもしれない。


「出来ることは限られてきますけどね。俺の方も上に掛け合ってみますけど、あまり成果は期待できないかと」

「まずは戸籍の調査が必要だな。ただの開拓村なら役所に届けてあるだろうが、隠れ里となると難しいか」

「或いは抹消されているかもしれません。そちらを調べる方は頼みます」


 二人の会話から情報を拾っていく。戸籍や役所が存在するという事はある程度の文明がしっかりしていると言う反面、開拓村なんてものが存在することから中世から近代レベルと言ったところか。


 むう、生活レベルはともかく画材が簡単に店で買えるのか心配になってきた。作るところから始めるとなるとかなり辛い。絵の具の作り方なんて知らないよ。


「一人二人消えたのと訳が違うからな。取り敢えずこの子はうちの孤児院に預かることになるだろう。お前が責任もってそれまで子守しろ」

「はっ」


 孤児院か……教育の一環として絵を描く環境が多少なりともあればいいけれど。私が悩んでいると、少年兵士がとてもいい笑顔でにっこり笑う。


「バスキ村までよろしくな、ノアール」


 隊長はフリントさん、少年兵士はカーマイン、ついでにおじいちゃん神官はマロウさんと言うそうだ。

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