生活水準と精霊石

 彼らの生前を知る者のいない葬儀はその日のうちに終わったが、日が沈んでしまったので村の中で野宿することになった。死者の家を使うのは忍びないことと、原因が分からない以上兵力を分散させるのは良くないかららしい。


 村の中の少し開けたところでたき火を囲んだ。薪は各家の裏手に置いてあるものを拝借し、水はポンプ式の井戸からくみ上げる。兵士たちがする準備を見るのはこの世界の文化レベルを測るのにちょうどよかった。ただ、火をつける時に火打石とは違う物を使っていたことが気になる。


 ライターは勿論マッチとも違う動作をしている兵士の手元は、ここからだと良く見えない。


「あれはどうやって火をつけているのですか」

「ああ、ちょっと待っててね」」


 興味のある素振りを見せれば、カーマインは嫌な顔一つせずに兵士から道具を借りて見せてくれた。


「ここに火の精霊石が付いていて、こうすると……魔力の全くない人間でも火が簡単につけられる。火打石やマッチもあるけれど、先の産業革命によって精霊石の大量生産が可能になったから手に入りやすくなったんだ。料理をする時とか明かりをつける時に見たことない?」


 まずい、これ常識だったのか。精霊石だの魔力だのと言うファンタジー用語にちょっぴり固まっているとカーマインは苦笑した。


「まあ、まだ小さいから触らせてもらえなかったかな。火遊びはダメだからね、見つけても勝手にさわらないように」

「はーい」


 なんとかセーフ。でも常識をどんどん覚えていかないとなかなか大変そうだ。心置きなく絵を描くためにはまずこの世界に馴染んでいくことから始めなくては。


「水も精霊石の付いた装置が今は主流で、ポンプ式が残っているなんて珍しいな」

「そうなんですか」

「うん、石を使えない理由があったのかもな」


 そうこう言っているうちに食事の支度が出来たみたい。どこから出したのか大きな鍋がたき火の上につるされていて、中に雑炊みたいなものが入っている。


「家の食材には手を付けてないだろうな」

「村人の死因が分からない以上そんなおっかないことできませんよ。持って来たほしいいと干し肉と干し野菜で作りました」

「全種類入れたのか。まあ、明日にはいったん戻るから構わないが、何のための保存食だ。……齧るだけの味気ない食事を覚悟してたのに結構なものが出来たな」


 久々のキャンプにちょっぴりわくわくする。隊長さんがぐつぐつ煮えている鍋を覗き込んでいるけれど、食材の危険性については気を付けているのに水については誰も何も言わない。


 心配になって隣に居るカーマインの服を引っ張る。


「カーマイン、井戸の水は大丈夫なのですか?」

「え……ああっ、まさか毒か!精霊石に慣れ過ぎて気付かなかった」


 慌てて隊長に報告しに行くとマロウさんが引っ張り出されてきた。毒の有無を調べるとみんな一様にほっとした顔をする。ご飯が台無しになったらがっかりだもんね。


 水道の様に使われる精霊石には、水を浄化する力もあるのかな?それとも水源が無くても勝手に水が出てくる物なのかな?だとしたら食べ物の中毒には気が回っても、作為的に入れられた毒の対処には慣れていないのかもしれない。便利なのも考え物だ。


 皆の挙動を探って常識を探る私は食事も気を使う。糒と言ってたという事は米があるという事だ。ヨーロッパ風ファンタジーかと思っていたら米があるなんて。ちょっと嬉しい……けど、干し野菜はいまいちよく分からなかった。

 乾物と言えばシイタケやダイコンや、変わり種でトマトなんかが浮かぶけれど、色も見た目もそれに該当するものは入っていない。


 干した野菜は噛めば噛むほど味が出るのは皆同じ。熱々の雑炊をはふはふ言いながら食べているとカーマインに笑われた。

 前世では食事にはほとんどこだわらなかった。両親共働きだったので昼食代として渡されたお金を画材に使ってしまう事も時々あった。むしろ、今世の方が良い食事ができるかもしれない。


「いや、この子は大神殿預かりとする」

「でもマロウ様の神殿は藍色女神の神殿で、確か孤児院は併設されていませんでしたよね」

「子供一人くらい何とかなるだろう。不死者でない事は確かだが呪術的なものが掛けられていたら孤児院では対処できまい?」

「バスキ村の孤児院のマザーは元神官職にあった者なので心配ありません。特別扱いをすることはこの子のためにもならないし、院には同じ年頃の子どもがいるので大人ばかりの神殿で堅苦しい思いをするよりはいいと思います」


 食事中、フリント隊長と神官のマロウさんが私の処遇について話し合っている。この世界を知らない私は口を挟むことなどできないが、やはり話を注意深く聞いていた。


 神殿や孤児院があると言う。狂信的な集団だったり、扱いが酷くて人身売買されるような場所だとちょっと嫌だな。


 二人の意見の対立は平行線をたどったままだ。夜の闇も深くなって顔が炎に照らされる中、隊長さんは探るような眼をマロウ神官に向けている。


「マロウ様は、この子の身元について何か心当たりでもあるのですか」

「いいや、だが滅んだ村のせっかくの生き残りだから慎重に扱うべきだ」


 あくまで穏やかな口調の好好爺であるマロウ神官だが、底の知れない感じがにじみ出ている。ついて行ったら何か厄介ごとに巻き込まれそうだ。対するフリント隊長はちょっぴり雑な扱いをする感じが否めない。


 どちらに引き取られるのか見守っていたところ、傍で一緒に聞いていたカーマインが私に話しかけてきた。


「ノアールは神殿と孤児院、どちらに行きたいのかな?」

「絵が描けるところが良いです!」


 本能に従って両手を上げて元気に答えると三人は途端に黙ってしまった。しまった、何かおかしなこと言ったかな。まさか絵を描く文化が無いとか。絵の具どころか紙や筆から作るかも。その前に絵を描いているだけで何か変な事をしていると思われたらどうしよう。思わぬ事態にかなり焦った私はかなりおろおろと挙動不審になった。


「そっか、ノアールは絵を描くのが好きなんだねー」


 カーマインが微笑んだのでちょっとだけ癒される。うん、大丈夫みたいだ。反対に残りの二人は難しい顔をしていた。


「神殿は規律が厳しいからそのような暇はないのう。子供と言えどきっちりと時間の管理がなされるだろうし、音楽で歌を学ぶことは出来ても美術は難しいであろう」

「孤児院はある程度の自由があるが、経済的に画材を買う余裕はないだろうなぁ」


 どっちもダメじゃん。……孤児院を選んで、絵の具を自分で作るところから始めるしかないか。神殿は死ぬまでそこにいるわけではなさそうだけど、どんな扱いを受けるかわからない。孤児院の方がまだ想像はつくかな。って事で。


「孤児院でお願いします」

「ノアールもこう言ってることですし、仕方ありませんよね」


 何故だか隊長が勝ち誇ったように神官に言っている。ぐぬぬと悔しそうな顔をするマロウ神官。


「こちらは親切心で言っているのに。どうなっても知らんぞ」


 脅しみたいな文句と共にマロウ神官の目がやけに光って見えたのは、たき火のせいだという事にしておこう。

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