準備
スケッチブックに五枚の絵を描いた。トープがくれた花、孤児院の外観、セージお兄さんがネズミ対策として飼っている猫など。猫は仕事もせずにずっと寝ていたので非常に描きやすかった。相場も分からないし自分の絵が周りと比べてどれほどの物かもわからないから、とりあえず五枚だけにした。
次にいつ手に入るか分からない紙をケチったわけでは無い。
定着液ももつけておらず色付けもしてない、インクや墨でなく鉛筆で只リアルに描いただけの物がどのくらいで売れるのか。かなり緊張する。
「すごいですね。白黒ですがまるで実物を切り取ったようです」
「だろ?これは絶対売れるって」
寝る前にマザーとフリントさんに見せたところ、中々の好感触だった。七歳の子供が描く絵にしてはかなり異様だと思うが、二人とも何も言わない。良かった、前世で密かに磨いていたスキルが日の目を見て。
美術のコンクールなんかだと、鉛筆画の写実的なものは応募するのをどうしてもためらってしまうんだよね。募集に使う画材の指定があったり、そもそもテーマにそぐわなかったり。抽象画っぽかったり印象画っぽかったり、色つきの写実画でも少し線の歪んだものとかが受賞している。まるっきり写真のような物はほとんど見かけない。
「値段をつけようとしましたけど、相場が分からなくて」
二人が顔を見合わせた。絵もそうだけどまだ買い物をした事が無いので、一般的なものの価格を知らない。
「参考までに、クル芋が一キロで二百ルーチェだ。タリバ菜は一束百八十ルーチェ。町の市場で売るときのほぼ標準的な値段だ。もちろん、その時の出来によって上下するが、絵の値段なんて流石にわからないな」
取り敢えずお金の単位がルーチェという事だけは分かった。重さはキロ、これは日本と同じだね。野菜の相場もほぼ日本の円でそのまま換算できるくらいかな。
となると、例えばこのスケッチブックは四百ルーチェから千ルーチェちょっとくらいかな。
「このスケッチブックはいくらですか?」
「五千ルーチェだ」
「高っ!」
思わず素で叫んでしまった。フリントさんは首を傾げている。
「そうか?半額セールで売ってたから買って来たんだが。中身は綺麗だが外側が日焼けしてしまっているとかで。新品と比べなければ分からないだろう?」
外側の厚紙を見ても確かに言われないと全然気づかない。それにしても……一万円。スケッチブックで一万円。ほ、他に比較対象をと探したところ、本棚が目に入った。紙が全体的に高いのかもしれない。
「本は一冊いくらくらいですか」
「例えばこの教典は二千ルーチェでした。各家庭になければならないものですし、量産されてますからね」
マザーが手に取ったのは国語の辞書くらいの大きさと厚みの本だった。そんなにおかしくはない値段だ。マザーから教典を受け取ってパラパラとめくってみる。少し手触りがざらつくような気もするけど、日本の辞書と比べて遜色ないように見える。印刷と製紙の技術は広まっていて値段も抑えられているのに、どうしてスケッチブックだけが高い。
もしかしたら、高いのは画用紙などの厚みがある紙だけなのかな。素材が希少な物だったり、製造方法が秘匿されていたりするのかも。それともう一つ考えられるのは―――
「フリントさん、ぼったくられてませんか?」
「してない、安売りワゴンセールの中から買って来たのにぼったくりって有り得ないだろ」
ワゴンセールって……ちょっとずつファンタジーな世界観が壊されていくのは気のせいだろうか。でも商品を手に取って見られるお店はちょっと嬉しい。値段はともかくとして、まず最初に紙の補充、次に筆などの道具を買って、最後に絵の具かな。
「画材屋さんに相談するか、欲しいものの値段を確かめてからつけた方が良さそうですね」
果たして、いくらの値段を付ければ人は買ってくれるのか。できれば高く売りたいが買い手がつかなければ無意味となる。
「後は……絵を路上販売する時って、何か許可を取らないとダメでしょうか」
「ああ、そうか。市場でも場所代とられたりするからな。それも誰かに聞いてみないと。もし許可が下りないようだったら野菜と一緒に売ることも考えておこう」
「街へ行ってから、ですね。他には……」
絵の路上販売だけでなくフリーマーケットの類なんかだと、地面に大きな布を弾いて商品を並べるイメージがある。大きな布があるかマザーに聞いたら野菜販売の時に使う茣蓙を提案された。
「茣蓙を使うのは市場が終わってからという事になりますけど、その前にノアを神殿へ連れて行きたいのです」
「神殿ですか」
「ええ。ノア、誕生日が分からないなら自分がどの属性か知らないでしょう?神殿で調べてから魔法を教えます」
何の事だかわからなくてきょとんとすると、マザーは丁寧に教えてくれた。
「生まれてきた日に空に上っている月の組み合わせで、扱いやすい属性が決まります。神殿では誕生日が分からなくても属性を調べる道具があります。月と女神については知っていますか?」
「ここに来る前にカーマインが簡単に教えてくれました。七色の月があって、七姉妹の女神に当てはまるんだと。属性については知りません」
「では、この本を読んで市場に行く日までに勉強しておいてください。今日はもう遅いので休むことにしましょう」
マザーに渡されたのは先ほどの教典だ。これを全部読むのか……少し時間が掛かるな。
絵を描いていた時間がそのまま本を読む時間になった。要約すると紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の色がそれぞれ雷、風、水、木、金、土、火の属性に当てはまる。
以前厨房でマザーから教わったように、赤の女神が火に関係するかまどや料理と、神話の中での気性から嫉妬や、後は武術の神様でもあるらしい。そんな感じで他の神様たちも様々なものを司っている。
最初にこの世界にいたのは闇の神。そこへ七人の女神が訪れて闇の神と結婚した。みんなで協力して様々なものを作り出していくが、赤の女神が嫉妬して闇の神を閉じ込めてしまう。赤の女神はヤンデレってやつか。
閉じ込められた先は死者の国。闇の神は魂が停滞するその場所で流れを作りだし、転生を司る神ともなった。
けれど皆やっぱり旦那様に会いたいので、月に身を変えて空を渡って会いに行く。月は東から西へ動くので西に死者の国があるとされている。そして転生してまた東から上がってくると言う理屈。
太陽や他の星はどうなんだと思うけれど、あくまで女神たちによって作り出されたものという考え方で神格化はされていないらしい。
取り敢えず覚えておきたいのは紫の女神が美術を司っているという事。姉妹の中で一番美しく、この女神は他に雷や恋愛なども司っているらしい。
後は黄色。橙と双子の神で両方とも豊穣を司っているんだけれど黄色は金属性で金銭や鉱物を、橙は土属性で作物などの実りと分担している。商売には欠かせない神様らしい。まず始めにお金を稼がなければならない私に必要な神様だ。
それと、絵の具のほとんどは確か鉱石を加工したものだと前世で耳にした事がある。工程は分からないけれど私の人生に必要不可欠なものだ。だから土属性の橙も、関係ある、かな。
いつか女神の絵も描けるようになったらいいな。色がつかなければ全くの無意味なんだけれど。
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