町の市場で売る野菜と一緒に馬車の荷台に乗っている。収穫を手伝った野菜が出荷されるのはなんだか感慨深いものがある。


 フリントさんが御者席にいてマザーが私の隣に座っているのは分かるが、何故かトープも一緒だ。あれからトープの行いはかなり改められている。貴族でないと騎士になれない事を知らないらしく、セージお兄さんと同じ道を歩みそうだ。


「少し時期が早いのですけれど、神殿への収支報告を済ませてしまおうと思って。そうなるとトープが孤児院に一人になってしまうでしょう?」

「俺がいないとノアが誘拐されるかもしれないからな。護衛ってやつだ」


 トープは偉そうに胸を張っている。すっかり騎士になったつもりのようだが、フリントさんに止められた。


「二人が神殿に行っている間はトープは俺と市場だぞ。勝手に決めるな」

「何で。俺はノアの騎士なのに」

「騎士だからと言ってずっとお姫様の傍にいるわけではありませんよ。神殿に行く時は私が護衛を務めます」


 魔法云々の事はトープに秘密にしているのでマザーは誤魔化した。私は棺桶に入った時の服を着ている。マザーの指示もあったし、こういう機会でもないとあっという間に大きくなって着られないかもしれないからだ。


 がたごとがたごと、カーマインが乗っていった貴族用の馬車とは違う、屋根も無い質素なものだ。その分風景が見渡せるのが良い。馬車がもう少し揺れなければここでもう一枚絵を描いたのにと、後ろへ流れていく風景を見ながら思った。


 揺られながら、マザーが簡単に目的地の説明をしてくれる。


 これから向かうのはディカーテと言う街。領都アンツィアに比べればそれほど大きくはない町らしい。バスキ村よりも領の境に近く、国を横断する大きな街道沿いにある町なので物資の流通があって店舗も多い。もちろん市場にも周辺の農村からも様々な物が集まってくる。


 バスキ村の農作物で大量に生産している物には大口の顧客もついていて、そちらは商家が直に取りに来る。それ以外の細々としたものはこうして持ち回りで市場に売りに来ていて、今日はフリントさんの番だ。場所代の節約になるのと、労働力の分散が目的らしい。


「ノアとネリは先に神殿に行って来い。俺とトープはこのまま市場へ行く」


 市場目的の馬車が街の入り口の門で順番待ちをしている。徒歩の人は別に入れるようだ。


「分かりました。用事が棲んだら市場へ向かいます」

「ああ、気を付けろよ」


 マザーと二人で向かった先にはゴシック建築の教会をもう少しあっさりさせたような建物があった。屋根の上に七つの小さな塔が乗っている。入口の壁にレリーフがあって女神様が彫られていた。


「すごい……」

「領都の大神殿はもっとすごいですよ。この町のような小神殿は七女神全てを一か所で祀ってありますが、大神殿には周りに大きな七つの塔があってそれぞれで祀ってあるんです。さあ、入りましょう」


 説明するマザーは何処か誇らしげだ。人の出入りは大広間までは自由で、祈りをささげる人や小さな声で話をしている人もいる。奥へ進むと神官服を着た一人の男性が立っていた。メガネを掛けた初老の柔らかな雰囲気の神官だ。どちらかというと執事の方が似合っている。


「マザーネリ。今日はどのようなご用件ですかな」

「レド神官、孤児院の収支報告と、後はこの子の属性を調べて頂きたいのです」

「では、こちらへ」


 個室へ案内されると神官は一度席を外し、一枚の大きな石板を持って来た。重そうなのにそっと丁寧にテーブルの上に置く。七芒星が中央に刻まれていて、その周りに七女神の色の石がはめ込んである。


 普通は七歳の誕生月に行われる洗礼式で調べることが出来るのだが、孤児である場合は諸事情でタイミングを逃すことが多い。誕生日が分からなかったり直前に孤児になったり。強制では無く日本の七五三みたいに成長を願うものだ。何かの拍子に魔力があることを知って、こうして後日調べに来ることはよくあることだとマザーは言った。


「先に収支報告を済ませましょうか」


 マザーが帳簿を出し、開いて神官に渡した。メガネを少しずらし、指で辿りながら数字を確認していく神官。ふと、そのメガネをずらしたままの顔で私を見る。


「そちらのお嬢さんが新しく入った子ですか」

「はい、そうです」

「随分高そうなものを着ていますね」

「この子が発見された時に来ていたものです。何か手がかりになるかと思って今日着せてきたのですが」

「なるほど」


 メガネを掛けなおして、神官は大きなスタンプを帳簿に押した。……え、それだけ?もっと詳しく調べないのかな。お金の流れを領収書で調べるとか、何か別の記録媒体で調べるとか。


 多分顔に出ていたんだろう。神官は穏やかな笑みを浮かべながら説明してくれた。


「このスタンプには仕掛けがありまして、不正があれば別の筋から調べられます」

「ノア、心配しなくても私は不正を致しません」

「別にマザーを疑っているわけではありませんけど……」


 ちょっと不躾だったかな。けれど二人とも怒るどころかむしろ興味深いものを見るような目をしている。確かに収支報告書に興味を示す子供は珍しいかもしれない。まずいかな。


「賢い子ですね。さあ、この星の部分に手を置いて、全ての線が光るまでそのままでいて下さい。最後に持っている属性の石が光ります」

「はい」


 私が手を置くと白い光が星の線をたどっていく。ちょっと感動……でも、七芒星の線すべてが光っても石に光が宿ることは無かった。私、魔法使えない?


「これは……非常に珍しい。あなたは闇の属性を持ってます」

「闇、ですか」

「ええ、七年に一度、月が全く出ない日があります。お嬢さんは七歳でしょう?ですからぴたりと当てはまりますね」


 言うなれば新月なのに、何だかうるう年の二月二十九日みたい。石板から手を放すと光も消えてしまった。


「普通はその日に産むのをどうにかして避けるのですが、どうにもならない時もありますからね」

「確か全属性の適性を持つか、或いは闇一つだけしか持たないかのどちらかでしたよね」

「ええ。闇は始まり、死者、転生。あらゆる可能性を秘めています。線はくっきり光ったことから魔力が無いわけではありません。他の属性の石は光りませんでしたがこれから発現することも十分に考えられます」


 マザーが神官に聞くと神官は頷いた。全属性だといいな。器用貧乏になりそうだけど目的は絵を描くことだから、例えば魔法でどっかーんと大規模な攻撃をしたりとか死にかけの人を回復させるなんて奇跡は必要ない。筆を洗浄したり、ちょっとした魔法が使えるようになればいいのだ。


「どうも、有難うございました。それだけわかれば結構です」


 マザーがお辞儀をしたので私も慌てて頭を下げた。レド神官の驚いた声が聞こえる。


「教わっていかないのですか」

「これでも私、藍色神殿の元神官なので一通り教えることは出来ます」

「そうでしたね、失礼いたしました。闇属性を扱える神官は少ないのでできれば神殿でお預かりしたいのですが……」

「将来は絵描きになりたいので無理です」


 私がきっぱり断ると、神官はそうですかと笑った。


「夢があるのは良い事です。あなたの願いがかなうと良いですね」


 神殿を後にしてフリントさん達のいる市場へと向かう。迷子にならないよう手をつないだ先には、少し顔がこわばっているマザー。不安が指先から伝わってくる。


「マザー、私、魔法使えますか?」

「あ、はい。それは大丈夫だと思いますが―――ノアール」

「はい?」


 急に短縮形では無い名前を呼ばれたので驚いた。馬車や人の邪魔にならないよう道の隅に連れて行かれ、ぎゅっと抱きしめられてしまった。接触しているところからマザーの震えが伝わってくる。訳も分からず「マザー?」と声を掛けると、マザーはゆっくりと私を放す。


「闇の神に好かれてしまわないように気を付けて下さい。あんまり早く連れて行かれないでくださいね」

「え?」


 私は聞き返すが、マザーは何も言わず再び歩き出した。私は混乱するばかり。要は早死にするなって事だよね。闇の日生まれは早死にする子が多いのかな?縁起を担いでその日を避けるという事なのかも。


 マザーを安心させたくて、手をぎゅっと握り返して私はこう言った。


「たくさん絵を描きたいので、もし闇の神様が迎えに来てもずっとずっと待っててもらいますから、大丈夫ですよ。女の子の支度は長いのよって、モテるのにそんなことも分からないのって言ってあげます」


 マザーは珍しく声を上げて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る