恋路
次の日、馬車屋敷の中でシャモアとスクワルが再会した。屋敷の主であるカーマインと執事のクーノ、そして徹夜明けなので寝ようと思っていた私も何故かメイドたちに引っ張り出された。
あれから一晩病院に居たけれど誰も来なかったので警備は終了とし、トープもラセットもこの中にいるはずだ。なのに呼び出されたのは私だけ。解せない。
スクワルはまだ歩き始めの動作がぎこちないが、随分と回復しているようだ。食事も問題なく取れていると健康状態を執事のクーノが説明をする。
互いに「元気そうで良かった」と当たり障りのない挨拶を交わしてから、口を挟むのがはばかられるくらい会話が弾んだ。と言っても戦争からこちらの近況報告みたいなもので、色恋を感じさせる物はまだ、無い。
話によると幸いにもゴブリンになった姿をシャモアは見ていなかったらしい。スクワルは痛みと恐怖で余裕も無かったし、もしも見ていたら、おそらくシャモアは拒絶を示してスクワルの心はずたずたに引き裂かれていただろう。
スクワルはトリエーレ領を追い出されてから直接シャモアのいるテスケーノ領へは行かず、ここフォルカベッロにある屋敷でまずは手紙を書こうとしたらしい。会うのが怖かったわけではなく、突然訪問しても門前払いになる可能性があったからとの理由に、シャモアは頷いた。
けれど屋敷に入れてもらうことすら出来ず、追い出された時に乱暴に扱われたため、あのけがをしていた。
失意で治癒することも忘れ、路地で怯えていたところを私に見つかってしまった、と。
シャモアの前で流石に聖女扱いはしなかったが、もう一度頭を下げられたのでこちらもお詫びを言う。
そして、スクワルからシャモアに婚約破棄の謝罪が為された後。同席しているカーマインを見て、スクワルは少しためらいがちに口を開いた。
「彼と結婚するのかい?何だか補給庫でいい雰囲気になってただろ?確かヴァレルノ軍の指揮官だったか」
と爆弾を落とした。今までカーマインに対して何も言わなかったのに。
……シャモアの勘違いだとばかり思っていたけれど、他の人の目から見てもそうだったんだ。
慌てふためくシャモアとカーマイン。
「ノア、違うんだ。これは……」
カーマインが実は口説いたのを誤魔化そうとしているのか、それとも無自覚の人たらしがちょっとばかり行き過ぎてしまったのか、経験の浅い私には区別がつかない。
肖像画を描くために再会する前の話なので、関係が無いと言えばそれまでだけど。
安易に浮かれてしまってはシャモアの二の舞になりかねないし、はっきりきっぱり好意を示されるまでは、告白するにもされるにしても慎重に行こうと心に強く刻み込む。
こちらの反応を窺うカーマインに対して、私は少しとぼけ気味に返事をした。
「ああ、うん。大丈夫」
気にしてないよ、とも私は勘違いしないから、ともとれる答え。案の定、カーマインは頭を抱えて呻いた。
「どっちの意味だ……」
これで、「そうか、良かった」なんて言う程、鈍くは無いカーマインに安心しつつ、寧ろ気になるのはシャモア達の反応だ。
シャモアはきちんとスクワルの顔を見て弁解した。
「しっかりフラれたから未練は欠片も無いの」
もっとたくさん言い訳をしなくてもいいのかな。婚約破棄された後の事だから浮気にならないのか。あれ、でも戦時中はまだ婚約状態だったわけで……スクワルだってもっと追究したいだろうに、何も言わない。
こっちがやきもきする間にも、あっさりと答えを出したらしい。
「そうか、では心置きなく」
迷いのない瞳でスクワルはシャモアを見つめる。
「シャモア、帰る場所もなくして、もしかしたら貴族としての身分も失くすかもしれない。陛下の呼び出し次第では今後どんな沙汰が下るか分からない。住むところだって困るかもしれないし、仕事が見つかるかどうかも分からない」
元貴族だからある程度の水準の仕事をしたいだろうし、何も決まっていないまっさらな状態だ。それでも自分を見失わないでいられるスクワルは、おそらくとても強い人。
「いつ何が起こるか分からないから全て落ち着くまで、なんて言ってられないのはこの数か月で身に染みた。シャモア、婚約破棄を撤回させてくれないか。君の傍に居させてくれ」
お、おおお。生告白!と言うか私達ここに居てもいいの?二人きりにしてあげた方が良くない?だって二人とも熱っぽい目で見つめ合ってるよ。
そわそわしだした私の肩にポンと手が置かれた。誰かと思ってみたらベルタがめちゃくちゃ良い顔で後ろに立っていた。口だけ動かして「落ち着いて」と言っている。
シャモアは自分の首元を探り、橙色の精霊石が付いたペンダントを手繰り寄せて見せた。スクワルが持っていたのと同じものだ。それを見たスクワルは目を見開いて息を飲んだ。
「私も一緒に道を探すわ。フォルカベッロに住むおじい様の元なら、追い出したご家族に気兼ねしなくてもいいし、文官の道が開けるはずよ。大丈夫、きっと何とかなるから」
「あ、有り難う。―――有り難う。良かった。てっきりダメかと」
「馬鹿ね、泣くことないのに」
ゴブリンに戻った時も泣かなかったのに、安心したのかスクワルはぼろぼろと涙を流し始めた。シャモアは弱い人と罵るかと思いきや、背中を撫でている。
スクワルの目にはきっと頼もしく映ったと思う。もし今後神殿に狙われるようなことがあっても、シャモアが付いていれば大丈夫。
国王と元老院の呼び出しで迎えに来たのはイーオスだった。シャモアと共にスクワルが屋敷を後にするのを見送りながら、一連の騒動が終結したと安堵した。
徹夜明けも相まって、疲れが出たのか寝込む羽目になった。
「実は修羅場になるかと思ってたの。だって待っているだけでなくて、シャモアさんが会いに行けば良かったと思わない?」
ちょっと回復してきたのでベッドの中からベルタに話しかける。
カーマインに対してもスクワルに対しても、シャモアは待っていただけ。まあ、最後は会いに来たわけだけども。
「スクワルも人が良すぎない?」
「元婚約者に会いに行くんだって必死でしたからね。再会したらああなるのは予想出来ていました」
ベルタはそう言うけれど、カーマインにアプローチしているシャモアを見た私としてはちょっと複雑だ。
「スクワルはシャモアを許せるんだね。自分が苦しんでいる間に他の男の人の元へ行こうとしてたのに」
「意地を張るのはもったいないと思ったのでしょう。辛い目にあったでしょうからね」
大人、なんだなぁ。
私はまだちょっとモヤモヤしている。カーマインが死にそうな目にあったのを知っているのに。気持ちを伝えなくても、今日と同じような明日が来ると思ってる。
「カーマイン様はもう簡単に死なないでしょうからね。今もう一度同じ目にあっても、死罪を受け入れないと思いますよ」
「暴れて脱走しても、蘇芳将軍やヴォルカン様に迷惑が掛からないものね」
私がそう言うと、ベルタに残念そうな目で見られてしまった。
戦争と私の魔法陣で散々な目にあったのだから、スクワルには幸せになってほしいと思う。その内、二人の肖像画を描けるようになると良いな。
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