面接

「はい、書類は完璧ですね。今から説明しますのでネリさんも一緒にどうぞ」


 孤児院の院長で、保護者であるマザーと一緒にアトリエに来ている。今日はトープと代理のセージさんが市場へ立ち、フリントさんは子供たちと一緒に留守番だ。他の仕事ならば保護者がここまで出てくることはないのだが、親御さんに安心して預けてもらうのがベレンスさんの方針らしい。

 アトリエや弟子を取る画家には悪質なものもあって、絵のモデルだと騙して春を売らせたりするところもあるそうだ。


 浅葱さんに店の奥へと通される。廊下を挟んだ向かいの部屋で、色とりどりの顔料の粉末を合わせているのがちらりと見えた。慌てて扉を締められてしまったが工房で絵の具を作っているのだろう。


「ごめんなさい。作業工程には他の工房には明かせない事も含まれているので」

「はい、すみませんでした」


 案内されたのは二階の部屋で、浅葱さんがノックをして声を掛ける。


「先生、ノアールさんと保護者のネリさんがいらっしゃいました」

「どうぞ」


 中に入ると、絵を描くのに邪魔にならないような長さの真っ白なひげを蓄えた老人がいた。目がとても優しそうで魔法使いのおじいさんと言うイメージだ。


「ほっほぉ、これはまた可愛らしい御嬢さんだ。初めまして。私がアトリエの責任者のベレンスです」


 私とマザーも簡単に自己紹介をすると、座る様に薦められる。何だか本格的に受験の面接みたいだ。

 商談をする部屋のようで、壁にはワイバーンの絵が飾られている。ワイバーンは二本足の小型ドラゴンだが、迫力がすごい。

 ほんのわずかな時間だが、目を取られていた私にベレンスさんは優しく声を掛けてくれた。


「気になるかのぅ。ワイバーンと言うモンスターじゃ。彼は私の友人で北の方の山に住んでおる」


 私は息を飲んだ。あれから七年も経ったが、ガガエの記憶は色あせるどころか絵描きを目指す理由に深く食い込んでしまっている。人に話すのを控えていたが、モンスターと恐れられる種族を友人とする人がここにもいた事が嬉しくて勢いよく話してしまう。


「私も、私にもゴブリンの友達がいました。絵のモデルになってもらって仲良くなって、最期には名前を呼んでくれました」


 全て過去形であることに気付いたのか、ベレンスさんは少しだけ悲しそうな顔をする。


「そうか……。君はアトリエに入ってどんな絵を描きたいかの?」

「ドラゴンやユニコーンなど、不思議な生き物や神秘的な風景を描きたいです」

「描くだけならば、アトリエでなくても出来る事だのう。わざわざ入らずとも良いであろう?」


 出た、志望動機に関する質問だ。大学に入って何を学びたいか、会社に入って何をしたいか。そこを志望する具体的な理由を答えられないと、落とされる原因になる気がするんだよね。

 慎重に言葉を選びながら答える。このアトリエでなければいけない理由。私の前世からの願いはファンタジー世界の実物をこの目で見て絵に描くことだ。だけどそれは個人でもできる事だから、その一歩先を答えた。


「助けたい、です。このアトリエでは学術的な絵も請け負うと聞きました。彼らが死んだとしても絵に描くことで生きた証明が出来ますし、学ぶことも出来ます。そして知ることによって彼らを無駄に恐れずに済むならば、それは助けたのと同じになるのではないでしょうか」


 描きたい絵は山ほどある。けれど描きっぱなしではなくて、対価をもらう以外に何か役に立てればなお良い。


「一人で絵を描いただけでは後世に残せません。このアトリエに入ることでそれが美術以外の分野でも広げることが出来ればと思っています」

「なるほどなるほど」


 うまく言えたか分からないけれど、ベレンスさんが何度も深く頷いたので私は自分の意見が受け入れられたと思って少しだけ安心した。


「ふむ、では説明の後に実技試験と行こうかの」

「はい、先生」


 先生に代わって浅葱さんが説明を始める。


「このアトリエはいくつかの建物に分かれていて、絵の売買や契約で得た収入から家賃を払って生活できる場所もあります。私も住んでいるので細かいことは入った時に説明しますね。えっと、仕事を請け負うパターンは二つ。自分で絵を売り込むか、依頼に合わせて絵を描くか、です。どちらも商談の際には事務員が間に入ります」


 そのほか、いろいろな事を説明された。

 ここでいう事務員は、店番やマネージャー的な役割も兼ねていて浅葱さんの他にも何人かいるらしい。いわゆる画商に近い感じ? 高値で売るにはその人達の腕にかかっているようだ。だがいくら腕が良くても程度の低い絵を高く売るのは難しい。


「絵の売り上げによる収入には、事務員や工房の職人たちの生活もかかっています。全てが画家のふところに入ってくるわけでは無いことを覚えておいてください」


 その辺りでもめることは結構多いそうだ。絵は一人で描くものと思っていたけれど、アトリエにはそのような仕組みになっていることを初めて知った。こちらが頼るばかりと思っていたが、むしろ私の方にも責任がのしかかってくる。


 お世話になるだけと思っていたら彼女らの収入源になるなんて。ちょっとだけプレッシャーだ。たくさんいい絵を描かないと、皆で路頭に迷うことになるのか。


「こんな所ですかね」

「では次に、課題の方に移るとするかの。課題内容は自画像、制限時間は三時間じゃ」

「え……静物画では無いんですか」


 同じものを描く公平性がない。描く対象が受験者によって変わるのは意外だった。


「左様、ネリさんはその間申し訳ないがここでお待ちくだされ。浅葱、おもてなしを」

「はい」


 先生に連れられて私は場所を移す。きっと絵を描く本来の意味でのアトリエに連れて行かれるのだろう。

店舗や応接の間がある建物を出て中庭のような場所に出る。


「表の通りからは見えんがここを囲む建物全てがアトリエの建物じゃ。あれとあれが住居棟、こちらが工房と続きになっていて、ここが主に絵を描く棟になっておる。大きな絵などは店舗を通れんからの、そこから通りに運び出せる」


 店舗棟の横は路地になっていて、店舗を通らずともこの中庭に出入りできるようになっている。アトリエ棟は建物自体や各部屋の出入り口が広く、階段も広めにとってあった。

 私が案内されたのは二階で、扉を通るとそのまま学校の教室程度の広さの部屋になっていた。窓は南向きに広く取られていて日の光が差し込んでいる。


 部屋の中にはキャンバスと大きな鏡がすでに用意されていた。テーブルの上には画材、それも油絵に使う絵の具が何色も置かれているので私は焦った。


「油彩で、着色も含めて三時間ですか?それはいくらなんでもちょっと……」

「わしでも無理じゃ。飽く迄鉛筆によるデッサンのみと伝えておいたのだが浅葱は時々そそっかしいからの」


 呆れた声で先生が言う。私はそれを聞いて安心し、脱力した。緊張が良い具合にほどけたかもしれない。

 先生と一緒に光の加減も見ながら、鏡とイーゼルと椅子の位置を調整する。鏡は足に小さな車輪が付いていたけれど、あまりに大きいため一人で動かそうとするとバランスを崩してしまいそうだった。当たり前だが孤児院には無かったものだ。


 納得がいく状態で椅子に座ると先生は懐から懐中時計を出した。


「試験の間わしは外に出て、時間になったらこちらへ来る。上の階でも別の画家が絵を描いているが気にしないように。準備は良いかのう?それでは、始め!」

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