サーカス編4

 例えば、映画やドラマの宣伝用の看板。イベントの告知ポスター。漫画や小説の表紙。

 前世では娯楽のための作品や催し物を『知らせる』為の絵や写真が溢れていた。


 主人公やストーリー、世界観はどんなものなのか。どんなものを展示していて、見どころは何なのか。一目見た上である程度理解が出来て、尚且つ興味を引くような構図でなければならない。


 枠を作り、そこから飛び出すような構図にすれば勢いが出る。反対に余白をたっぷりとった構図なら静けさや意味ありげな雰囲気が出せるだろう。お知らせの文字枠も取りやすい。


「サーカスのチラシって事を考えると暖色系……赤とか黄色とか明るい色でまとめたいんだけど、シアンさんの神秘的な青い髪も捨てがたいんだよね。シアンさん単体で描くならそれでもいいけれど、できれば他の人達も入れたいし……」


 朝食時にトープに話してみる。状況を理解している人が傍に居てくれると相談しやすい。浅葱さんは眠れなかったらしく、珍しくまだ来ていない。


「ああ、人魚が目玉だって言っていたけれど、その他だって見ごたえがすごかったからな。ノアの言っていることも何となく分かる。けど人をたくさん描こうとすると色が足りないって事だろ?」


 昨日見た光景を思い出しながら、あれが凄かった、これに驚いたと目を輝かせて話すトープ。もし小さい頃に見ていたら、サーカスを選んでいたかもしれないとまで言い出した。もともと孤児だから踏み止まる理由は何もない、とも。


 両親がいない事をそれほどマイナスに考えずにいられるようになったのは、トープが自分の力で生きていけるようになったからだろう。親元を離れてしまえばほとんどみんな同じ。私はトープ程成長できただろうか。


「ノアが心配しなくても、今の仕事の方が楽しいから無理だけどな」

「ん?心配ってなに」


 少し考え事をしている間に話の脈絡が分からなくなったのでトープに聞き返す。トープは笑いながらひらひらと手を振った。


「なんでもねー。先にサーカスの連中に聞いてみたらどうだ?もしかしたら描いてほしくない種族だっているかもしれないだろう。色をどうするかは、ラフでもいいからある程度の形が無いと、親方や紫苑さん達も判断しにくいと思うぞ」

「そっか、そうだね。構図は任せるって言われたけれど、確認の為ににオーカーさん達に聞いてみるよ」


 慌てて朝ごはんをかき込み席を立つと、トープに心配そうな顔をされた。


「一人で大丈夫か?」

「街の中だし、昨日みたいに暗くないから大丈夫だよ」


 もう大人なんだし、と付け加えるとトープは眉間にしわを寄せた。どういう意味だろう。



 シアンさんは樽から移動した後、公演の間はずっと水槽の中にいるらしい。

 水槽は巨大なので、水面は地上から三メートルほどの高さがある。樽から水槽へ、または水槽から樽へ移動するときは、梯子程もある丈夫な脚立を使ってシアンさんを抱えて降りる。

 水の中と外では声も伝わらないので、その脚立にオーカーさんと私の二人で上って、シアンさんと話をする。高さがあるのに二人乗っても大丈夫なくらい、かなり頑丈だ。


「どうかしらねぇ。私は長生きだけど短命の種族もいるわけだし、そうするとチラシの在庫を抱えることになってしまうわ。体調によっては出演できない団員もいるのよ」

「ああ、成る程。それは気付きませんでした」

「それに、誘拐の危険性もある。シアンを攫うのはかなり手間がかかるが、持ち運びしやすい団員はいる。見に来てくれる客はともかく、人さらいまで呼び寄せるマネはしたくないからな」


 一度攫われた身としては、何とも言えない。悪人は悪人が故に手段は選ばないのだから。

 でも、だからこそ考えられる切っ掛けは潰しておきたいと言うのも分かる。


「分かりました。ではシアンさん単体で描かせていただきますけれど…」


 ここから私のわがままで、お客さんに対してはちょっと図々しい事かも知れない。二人の顔色を見ながらお願いをしてみた。


「私の個人的な絵のモチーフとして皆さんを描かせていただいてもよろしいでしょうか。あの、いろいろな種族や風景を描くのが私の夢でして。お邪魔でしたら諦めます」

「チラシ用の絵を描き終えた後なら構わないよ。もちろんここで営業をしている間だけだけど」

「有難うございます。それではシアンさんのスケッチをさせていただきますね」


 脚立を下りスケッチブックを取り出して描き始めた。オーカーさんも別の仕事へと戻る。

 昨日と違い、のびのびといろいろなポーズを取ってくれた。魚の部分は膝のあたりで折りたたむように曲げられるけれども、やはりしならせた状態の方が美しい。

 鱗の一枚一枚が思ったよりも大きくて、重なり合っている。モルフォ蝶のように動きによって光の反射具合も変わってくるのは、どこまで版画で表現できるのかが問題だ。


 描きながらある程度、構想を練っていく。ミュシャの絵のように、背景上部に細かな装飾を施して横顔で描き、下半分は魚の部分のみで余白を残す。曲線を多くして優美な雰囲気も出せるし、色数を減らしても豪華に見えると思う。

 或いは、せっかく水の中だから浮遊感を出すために上半身を画面下部に持ってきて、尾の部分を上に反らすのもありかな。

 シルエットのみで表すのはサーカスの雰囲気とはかけ離れてしまうし、出来れば子供の興味も引きたいから没。


「描けたかしら?」


 と水槽のへりからシアンさんに声を掛けられてはっとする。手が止まり、いつの間にか考え込んでいたようだ。これはちょっとまずい。モデルほったらかしは画家としてどうなの。


「ちょっと休憩しましょうか」

「私は構わないけど。そうね、おしゃべりでもしましょうか」


 もう一度梯子サイズの脚立を上って、てっぺんに座る。高いところにも特に恐怖心は無く、どうやら平気らしい。

 周りにオーカーさんはいない。練習をしている団員はいるけれど構わないかな。浅葱さんから請け負った任務を遂行するチャンスだ。


「あの、ところで一つ質問なんですけど。オーカーさんって結婚なさっているんですか」

「ええ、子供も二人いるわよ。奥様は経理事務を担当していて、この町の宿に泊まっているけどほとんど天幕の方には来ないの。って、ノアちゃん、もしかしてオーカーの事が……」


 ノアちゃん呼びはちょっと嬉しい…ってそうじゃなくて。シアンさんは案の定、探るような眼をこちらに向けて微笑んでいる。恋愛話は人魚も好きらしい。私は慌てて手を振った。


「違いますよ。トープがあの人結婚しているくらいの年だろって言ってたから。私、人の年齢って見た目であまり分からなくて」


 浅葱さんを話題に出せないので、トープの話を変形させてみた。それにしても、浅葱さんは失恋か。悪いけれどちょっとだけほっとした。私のそんな様子になーんだとがっかりするシアンさん。


「そうね、私だってこう見えて二百年は生きているからね」

「二百年っっ、すごく若く見えますね」

「あははは、ノアちゃんそれ本気で言ってる?人間でいうおばさんやお婆さんの人魚なんているわけないじゃない」


 年を取った人魚を想像しようとしたら、前世のテレビ番組で見た人魚のミイラが出てきた。あれは違う、猿と魚を組み合わせた偽物だ。

 ……確かにたとえおとぎ話の人魚でも若いイメージがある。しわしわおばあさんの人魚が泳いでいる想像が出来ない。


「寿命は五百年くらいだけれど、最期は泡になって消えてしまうの。他の生き物のように遺体も何もないから、誰かに泡になる瞬間を見られなければ、死んだことを誰にも知られずにいつの間にかいなくなる人魚もいるわ」

「それは……切ないですね」

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