実況中継?

 イーリック国の北部、ギルテリッジとの戦場跡地を含むテスケーノ領に入った。


 カーマインが会いに行くつもりの人は、前の戦でヴァレルノ部隊と協力関係にあった部隊に配属された指揮官らしい。

 前線で戦うことを希望していたにもかかわらず後方に置かれて不満を持っていたとか、上に二人兄がいるだとか、ちょっと婚期を逃しているだとか、いろいろな部分で共通点を見出してその人と意気投合したそうだ。

 親がテスケーノ領の領主で、引き上げる際には再会する約束をしたと言う。


「貴族の家なら、俺は馬車で待っていても良いか?」


 馬車を変形させなくても屋敷に居ることは出来るらしいので、貴族に対して気おくれしているトープが提案した。


「こういうのは慣れておいた方が良いんだけどな、まあいいか。ノアは来るよね?」

「うん、商売になるかもしれないから付いていくよ」

「んんー、僕は留守ばーん。理由はなんとなく」


 どのような意図か分からないけれど、カーマインはどうしてもそのお宅へ私を連れていきたいらしい。今朝は、訪問するための服を着るように言われていたし元よりその心算だったから構わないのだけれど。

 私が頷くとカーマインはほっとしたようだ。


「ラセットも従者として付いて来るから大丈夫だよ」

「大丈夫ではないようなことが起こるみたいな言い方だね」

「……単なる予感で済めばいいんだけれどね。なんか、戦いの気配がする」


 これも加護の力の一つ?戦いを予知できるなら準備も出来るから便利だね。でも私を連れて行っても何の役にも立たないと思うけど。


 領の中心部にある街に差し掛かっても戦による建物の損害等はあまり見られなかった。


  

「カーマイン殿、ようこそおいでくださいました。そちらは?」

「彼女はノアールだ。従者のラセットは知ってるな。ノアール、こちらはシャモア」


 馬車が着くなり屋敷から出てきてカーマインを出迎える人がいた。指揮官にふさわしい、堂々とした立ち居振る舞い。背も私より高く見目麗しい、カーマインと同じ年くらいの―――


 ―――女の人だった。


 胸の辺りがざわざわする。嫉妬ではなくて、鈍感なカーマインが心配だ。義弟の恋心に気付かず王女と婚約した前科がある。


「鎧姿しか見たことが無かったから驚いたよ。今日は化粧もしているんだな」


 カーマインが迎えに来るのを待っていて、めかし込んだとしか思えない。女性らしさを全面に押し出した、私には無い部分を強調させた服。落ち着いた色で大人びているけれど、その分だけ肌の色が強調されている。

 再会できた喜びと、隣に私がいる戸惑いと、上手に隠そうとする敵意。戦いの気配は物理的なものではなくて精神的なもの。しかも戦場に立つのはカーマインではなくきっと私だ。

 シャモアさんはカーマインにとても魅力的な笑顔を向ける。


「約束通り、会いに来てくれたのですね」

「今日は戦場跡のゴーレムについて話をしに来たんだ。跡地に入る許可とゴーレム退治の報酬の交渉に来た」

「ええ、父上が待っています。どうぞ、中へ」


 関所にいた時点でカーマインは連絡を入れていたらしい。


 隣国が友好国か敵国かの違いはあるけれど、テスケーノ領もアスコーネ領も国土の中では辺境にあたる。アスコーネはあまり王家からの信頼が無かったようだけれど、緊急時には現地の判断で兵を動かす権限だってあると思う。当然、領主は生半可な者では務まらないはずなのに、目前にある危機よりも娘の方が大事らしい。

 ―――つまり、ゴーレムの話よりも先に私の方に探りが入れられた。


「では、ノアールさんは女性で有るにも拘らず画家をしているのですか」

「ええ。でもシャモア様も戦場に立っていたのでしょう?」


 内心では戸惑いながらもしっかりとした受け答えをする。まだ貴族だとも平民だとも言っていないから普通に話してくれているだけなのかもしれない。


「補給物資を受け取り前線へ送る手配をするだけの仕事です。そしてカーマイン様はその拠点の護衛でした」

「恐ろしくなかったのですか?」

「カーマイン様が守ってくださったのでとても安心できました」


 うおぅ、来た。ここで軽いマウンティングか。頬を染めてはにかむほんのり乙女モードのシャモアさん。


「シャモア様を守るお役目をきっちり果たしたのですね。カーマインは戦場での話はして下さらないものですから」

「流血もあったから女性に話すようなものではないだろう。ノアに聞かせたくなかった」


 と、『戦場にいた女性』であるシャモアさんの前でカーマインが言った。一方的にバチバチ火花散らされてるのに全然気づいていないみたいだ。ラセットに目をやると肩を竦める仕草をする。

 以前からこんな具合だったのかな。社交の駆け引きは私も苦手だけどカーマインもあまり向かないみたい。よその国の指揮官てどのくらい顔が知れ渡っているのか、少し心配になった。


「ノアールさんと言ったかね。家名は何だったかな」

「わけあって今は名乗っておりません」

「ほう。平民の画家を手元に置いて旅をなさるなど、随分と酔狂な事でございますな。カーマイン殿」


 おおっと、ここで領主様参戦だ。苗字を名乗らないから平民とは限らないのだよ。…平民だけど。諸々の事情を話すつもりはなく、カーマインがどのような返しをするのか気になった。


「ええ、お蔭で片時も離れずヴァレルノにいた時より何倍も楽しい生活を送っています」

「片時も―――?」

「離れず―――?」


 ひょあぁぁっ。カーマイン様、御乱心っ!領主様とシャモア様がそろって怪訝そうな顔になっている。弁明をしようと焦るけれど言葉が出てこない。多分、何言っても私が恥ずかしがって否定しているみたいに取られかねない。私を撃沈させて何がしたいの、カーマインは。


「勿論節度ある生活の上で、ですよ。馬車には私や他の者も居りますし」


 とラセットがナイスなフォローをした。向こうは単なる従者としてしか見ておらず、礼儀をわきまえないものとしてラセットが睨まれる。

 ここは恩を返さねば。話題を強引に転換しよう。


「それでゴーレムを絵に描きたいのですが、跡地に入る許可を頂けますか?」


 私が提案するとカーマインもそれに乗る。


「おそらくそのまま退治する流れになると思いますが―――」


 カーマインが戦場にいた頃はゴーレムはもっと前の戦線にいたらしく、まだ見ていないらしい。神殿を通してギルテリッジ側からは制御不能として放棄、止められるものならそちらで止めてくれと通達があったと領主様が言う。技術が漏れるのを恐れていないのも疑問だし、止めることによってこちらに被害を与える目的だって考えられる。


 現地には兵を置き、神殿からも人材が派遣されているが解決には至っていないらしい。イーリックの農村地帯を破壊しながらゴーレムが暴れまわるようでは、ギルテリッジのみならず周辺の国も打撃を受けるので今のうちに何とかしたいのだろう。


 跡地への立ち入りについては許可を出せるが、退治の報酬はその神殿の者と交渉してほしいと言われる。復興の費用もかさむので節約したいのは理解できる。けれどこの分だとまだ現物の無い状態の絵を売るのも難しいかな。

 取り敢えず描いて、後で売り込めばいいか。


 立ち入ろうとして咎められた時の為に領主は許可証を出してくれた。領主の従者とラセットの間でやり取りが行われる。


「ところでカーマイン殿。うちのシャモアをいつ嫁にもらってくれるのですか」

「父上、気が早すぎます。私はこれから関係を深めるつもりで……あ、いえ、そのう」

「嫁?どうしてそのような話が。私は再会の約束をしただけのはずですし、当時は王女と婚約しているとはっきり申し上げたはずです」


 戦いの火は再燃し、領主様はど直球で来た。シャモアの反応を見るとカーマインの言う通りみたいだ。勝手に一人で盛り上がってしまったのだろう。ちょっとだけ、身につまされる。

 カーマインは目を白黒させている。ここまで言われて、漸く自分に向けられている好意に気付いたみたいだ。


「だから、王女との婚約を破棄してこちらに来られたのであろう?シャモアは健気にもずっと待っておったのですぞ」


 処刑の話は関所まで来ていたものの、こちらまで届いてはいないらしい。連絡の一つでもアスコーネにくれていれば状況は変わっていたかもしれない。受け取り手であるカーマインが塔の中にとらわれていたとしても、同盟国の貴族から婚約の申し込みがあったとヴォルカン様から王族へと打診され、助ける手立ての一つになったかもしれないのに。


「待っていただけ、ですか。では私は死んだものと思ってください」

「は?」


 事も無げに言ったカーマインの言葉を領主は理解できないようだった。


「私はヴァレルノで死刑宣告をされ、このノアールに救われて国外追放に至り、ここにいます。貴族としての籍も失っておりますから、今は平民です。お嬢さんの相手にふさわしくはありません」

「死刑……罪状はどのような…」

「国家反逆罪です」


 淡々と述べるカーマインの表情は暗い。聞かされた領主とシャモアの顔も。これから先、知り合いに会う度に説明するのはとても億劫で気が重くなるだろう。カーマインにはもっと気楽な旅をしてほしいと思うのは、単なる私の我がままだろうか。


「娘の話は無かったことにしていただきたい」

「カーマイン殿はそのような罪を犯す方では無いはずです。追放されたのならむしろ都合が―――」

「シャモア、やめなさい。お前を犯罪者の嫁にするつもりはない」


 犯罪者。今更ながら、ずしんと重たくのしかかって来る。諦めてくれるのは幸いなのかもしれないけれど、ひどく貶められた気分だ。そして、事態がややこしくなるからそれに反論も出来ない。

 失礼しますとだけ言って、カーマインは逃げるように席を立った。その腕をシャモアが掴む。


「まさか、貴族としての人生を捨てて彼女と歩むために?」

「単なる成り行きだ。俺は、本当に死ぬつもりだったんだから」



 結局、絵の取引の話題なんて出せるわけが無かった。

 馬車の中、私もカーマインも乗り込むなりずっとだんまりでトープとガガエが非常に居心地悪そうにしている。


「ノア、絵の仕事はうまく取れなかったのか?」

「うん?えーっと……」


 なんと答えたらいいものか迷う。犯罪者扱いされたと言っても許可はもらえたし、言い方が悪かっただけで領主の思いも分からなくもない。

 その辺りを省いてトープとガガエにも分かりやすくごく簡潔に説明する。


「会いに行った人が女の人で、カーマインのお嫁さんになるつもりだったみたい」

「あ?」


 トープとガガエが半眼になってカーマインを睨みつけた。


「シャモアがそんなつもりだなんて思いもしなかった。ごめん、ノア。嫌な思いをさせて」

「それは大丈夫だけど、カーマインも嫌な思いをしたでしょう?」

「今後、貴族の知り合いにはあまり近づかないようにするよ」


 ともかく、許可は出た。ゴーレムを描きに行こう。

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