売れるかな
「ダメですね。どこも空いてません」
自画像販売者のメイズさんに話を聞いた後、フリントさんと一緒に商人ギルドで許可を取ろうとするが、すげなく断られてしまった。
「安全面から考えても許可できるのは今の時点でいっぱいいっぱいなんですよ。ここは大きなアトリエが三つもある芸術の町なんて言われていて人が集まってくるんです。アトリエに所属する為の試験に落ちたり、所属していても建物にすら入れてもらえない連中が描きながら路上販売をしていて、要するに順番待ちをしている状態なんですよ」
確かに、そんなに大きな町では無い筈なのに絵を路上販売している人は大勢いた。私が話しかけたメイズさんは、題材はともかく腕前はかなりの物だったけれど、それ以外の人たちは売り物にすることすら疑問に思ったくらいだ。
例えばこれがコミケだとしたら、たとえ素人絵でも将来性や情熱とか好きだと言う感情も混みで見るので応援したくなるものなんだけど。路上で売る以上は公の商いとして売っているから、それなりの対価でないとお金は出してもらえないだろう。
短時間しか観察していなくても、絵を見ているお客さんは結構いた。買っていくお客さんもそれなりにいた。だからきっと、私の絵もそこそこは売れるに違いない。
「市場で許可を取って野菜を売ってるんだが、野菜と一緒に絵を売るのは構わないか?」
「ああ、それなら構いません。決められた場所の中で、飽く迄野菜中心で絵がおまけ程度なら場所代もいりません。野菜を買いに来る連中が買うとは思えませんが」
ギルドの人にちくりと嫌味を言われてしまったが、正論だ。けれど市場で売り切った後に移動しなくて済むし、どちらにしろフリントさんと一緒にいないと危ないから願ったりかなったりだ。売る目途がようやくついたので一安心だ。
フリントさんに代わり、もう一つの質問をする。素っ気ないと思っていた職員は以外にもきちんと答えてくれた。
「アトリエに入らなくても画材が安く手に入るお店ってありませんか?」
「ああ、それだったらアトリエ・ベレンスのお店なら誰でも買えるよ。ここの前の通りを門に向かって直ぐだ。あそこは良心的だからね。ただ……」
私が聞くと商人ギルドの受付は、周りを見回して少しだけ声を潜めた。
「あそこで買う様になったら他のアトリエには入れない事を覚悟した方が良い。いや、悪い噂とかじゃなくてね……」
そのままアトリエについて教えてくれた。
アトリエにはそれぞれ特色がある。アトリエ・ヴィオレッタに所属するのは貴族が多い。フィールドワークはほとんどなく、肖像画や静物画など室内で描くものを取り扱っている。名前の通り女性が創始者で貴族の嗜み程度に絵を描いて、切磋琢磨するよりはほとんど社交場になっているそうだ。
二つ目はアトリエ・ヴェルメリオ。こちらは商業としての色合いが強く売り買いや値段に重きを置いているそうだ。一度絵が売れると同じパターンをいろいろな画家が描く、一歩間違えれば贋作の大量生産のようなことをやっている。人気のある女神や神話、歴史上の人物や出来事を題材にすることが多い。
三つ目のアトリエ・ベレンスは美術だけではなく、学術的な要素も持っている。医学書に乗っている解剖図なども扱っているらしい。ベレンスは画聖と呼ばれるほどで、その名声は国外にまで及ぶほどだ。純粋に技術の向上や知識の探求を掲げている為。アトリエ付属の売店は価格が良心的だ。その分、敵も多い。
「趣味程度で終わるなら構わないかもしれないけどね。一応頭に入れておきな」
「はい、有難うございます」
スケッチブックの表紙裏に忘れずメモをしておく。実は祈りの言葉も描いてあって、時々見直している。どのアトリエも流石に子供は入れてもらえない。入るころにすっかり忘れているようでは困る。
市場に戻り、マザーに事情を話した。野菜はかなり売れていて絵を置けそうなスペースが空いている。スケッチブックから絵を切り離して並べ、野菜の値札で一枚千ルーチェの札を立てた。
「こんな感じでどうでしょうか」
「いいんじゃないか。売れると良いな」
店番に飽きたトープは裏に積み上げた木箱にもたれて眠っている。フリントさんと入れ替わったマザーは、石筆や私たちの服の素材など生活に必要な物を買いに出かけた。
「へぇ、絵も売り始めたのかい?」
「私が描きました!良かったら見ていってください。できれば買っていってください」
「あはははは、正直な子だねェ。どれどれ、ふーん、うまく描けてるじゃないか」
野菜を見に来た小太りのおかみさんが見てくれた。親しげにフリントさんに話しかけているところを見ると常連さんらしい。良くしゃべるおかみさんで、食堂を開いているみたいだ。野菜を指さしいくつか買った後に、もう一度絵をまじまじと見た。
「持って帰ったところで、店に飾るには華やかさがちと足りないねェ。額縁も無いんじゃゴミになっちまうよ」
おかみさんに指摘されて初めて気が付いた。大通りで絵を買う人たちは美術品に対する意識が高く、額縁を既に持っていてその中に入れる絵を探しているのだろう。対して市場にいる人は農産物を買うのが目的だ。ついでに買ってもらうには飾るシチュエーションも用意しなくてはならない。
額縁を用意するまでは流石に出来ない。真っ直ぐ切る技術にナイフに接着剤に……画材がかなり遠のいてしまうので、他に売る方法を考える。
「例えば、もしもはがきサイズがあったら白黒でも買いますか?」
「ああ、それだったらこの猫の絵なんかは遠くにいる娘に送るのに良いかもしれないね。二百ルーチェくらいなら買うよ」
立ち寄ってくれる人の意見も取り入れて、品物を変えたり値段を調整したりして何とか売れるようにしなければならない。自分の描きたいものとの差に葛藤はあるけれど、まだそれを言える立場では無い。画材を揃えて大人になって、世界中の景色や生き物を絵に納めるようになりたい。今はその準備だ。
「次にお店を出す時までには用意しておきますね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
お客さんの言葉に物凄く励まされる。たとえ買ってくれなくても足を止めてみてもらえるだけでも嬉しかった。
―――ただし、それも最初のうちだけ。
野菜ばかりが瞬く間に売れていく。バスキ村は近いという事もあって、どれも新鮮であることを常連さんは知っている。絵が視界に入っても野菜だけ買って忙しそうに移動する人や、どうぞ見ていってくださいと言っても困った顔をする人ばかり。
耐え切れずに自分から値下げをしていく。百ルーチェごと下げてメイズさんの助言の通り五百まで下げた。それでも、手に取って見ていってくれる人は少ない。
もしかして私の美的感覚がこの世界の人と違うのか。いや、でもフリントさん達は褒めてくれた……あ、もしかして子供の夢を壊さない大人の気づかいってヤツ?
心の中で葛藤している間にも時間はどんどん過ぎていく。あまりにも反応が悪くて不満が漏れてしまった。
「中々売れないな……」
ぽつりと呟けばフリントさんは「最初はそんなもんだ」と言う。
「野菜みたいに絶対に必要ってものでもないからな。財布に余裕のあるときでないとなかなか手は出ないだろ」
「でも、このままだと描いた絵が無駄になるし、一枚くらいは売れないと筆も何も買えません」
「急に売れすぎても同業者に目を付けられたり、ギルドに場所代を新たに請求されるかもしれないからな。ま、ここは忍耐だ。これから少しずつ工夫すればいい」
フリントさんが大きな手で私の頭をぽんぽんっと叩く。
「俺はちょっとほっとした。子供の小遣い稼ぎにしては金額が大きいからな」
確かに、七歳の子供に千ルーチェは大金かもしれない。となるとやはりはがきサイズから始めた方が無難か。でも、今、売れ残っている絵は無駄になってしまう。
不安が現実とならないように願うけれど、とうとう野菜は売り切れて市場に来ているお客さんもまばらになった。
「ノア、今日は撤収するぞ」
フリントさんが店じまいを始め、戻ってきたマザーとトープも帰る支度を始める。並べた絵をスケッチブックに挟んでござを畳む手伝いをする。馬車に乗り込む気分は憂鬱以外何物でもなかった。
―――結局、その日は一枚も売れなかった。
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