赤・あか・アカ

 孤児院でもらった野菜が夕食の材料にしか使えないのなら、個人的に野菜をもらいに行けばいいよね、って事でトープに捕まらないようにセージお兄さんの所へと行った。


「セージお兄さん。お手伝いをするので野菜を少し分けて下さい」

「あれ、ここん所は毎日孤児院に野菜届けているけれど、足りなかった?」

「そうじゃなくて、ええと」


 かなり迷ったが、絵を描くのが大好きで絵の具作りに欲しいという事を正直に話した。


「試したことがないからなぁ、ちゃんと作れるかどうか分からないよ?」

「それでも挑戦してみたいんです。夢をかなえる為に」


 グッと拳を握って見せた。セージお兄さんは少し遠い目をしながら何だか思い出に浸り始める。


「夢か……いいね。応援するよ。そう言えば僕も昔は騎士になりたかったな。棒切れ振り回して頑張ったよ。貴族しかなれないと聞いて諦めたけどね。お蔭で畑仕事をするための体力はついたし」


 片腕で力こぶをつくってみせるけれど、日よけ対策なのか長袖を着ているので分からなかった。それにフリントさんほど筋肉があるようにも見えない。


 熟れた野菜の収穫を手伝って、取り敢えずカーマインを描くために赤い野菜が欲しいと言ったら、昨日使った野菜と合わせて三つの種類を一つずつ用意してくれた。


 孤児院に戻りマザーが夕食の準備をする前に終わらせてしまおうと、左右と後ろを確認してこっそりと厨房に忍び込む。


 皿の入っている棚から小皿を取り出してテーブルの上に並べる。布巾とまな板と包丁、それから昨日手伝いながらこっそり探しておいたおろし金とすり鉢も用意して準備OK。


 手に入ったのは―――


 赤い茄子の形をしたジャガイモ味。

 真っ赤なパプリカ。ちょっと重い。

 大根みたいな根菜。まるで人参みたいに中まで真っ赤だけど汁気が多い


 成功したら野菜の名前を憶えないと色の名前が付けられないかもしれないね。後でマザーに聞こうっと。テーブルの上には赤い野菜と道具が並べてあって、まるで料理番組みたいだ。


 ……ノアールのいろどりクッキング!ちゃらちゃっちゃっちゃっちゃっちゃっ。なーんてロクな料理もしたことないのにね。やばい、絵の具が手に入りそうなので微妙にテンションが高い。さっさと始めよう。


 まずは昨日も食べた赤い茄子。皮だけ赤くて中は白いので、むいた皮をひたすら刻む。すり鉢に入れてすりこ木ですろうとしたら滑ってうまく行かない。布巾に包んでギュギュっと小皿に絞るけど、思ったよりも水分は出ない。ゆでれば柔らかくなってもう少し何とかなるかな。火が使えないのでこれ以上は無理。


 ……フードプロセッサーがあれば楽かもしれないのになぁ。


 次、パプリカ。輪切りにしたらなんと中身はキャベツみたいに詰まっていた。ちょっとマトリョーシカみたいでもある。道理で見た目より重たいわけだよ。刻んですりこ木ですると、茄子よりも濃い色が出た。


 最後に根菜。火を通す前は少し硬いので細かく刻むよりもおろし金ですった方が良いかな。ずりずりずりとすりおろすと身に混じって赤い液体が出てくる。


「ひぃぃぃ、ちょっと怖い……」


 まるで血のような、とまでは言わないけれどそんな感じの濃い色が出てくる。ちょっぴりグロテスクってどう考えても野菜に使う言葉じゃないよね。


 三種類の絵の具が出そろった。どんな色が出るのか試しに紙に載せてみないと分からない。


「あ、スケッチブック持ってこないと……そう言えば、筆が無い!」


 一生の不覚!仕方がない、今日は絵を描かずに試作だけと諦めて紙に指で色を付けてみるだけにしよう。


 私は慌てて厨房を後にして、二階の自分の部屋へ行く。スケッチブックはトープに取られないようにベッドの布団の下に隠してある。何だか完全にエッチな本扱いだ。


 絵が描ける。鉛筆も木炭も手に入っていないけれど、絵の具だけでも描けない事はない。自然と顔がにやけてくる。私の絵描き生活の第一歩が、今日踏み出されるのだ。


 足がもつれて転びそうになりながらも、走って厨房に戻る。扉を開けた先に見えたのは―――


 私が細かく刻んだ野菜を、小皿に絞った絵の具と調味料で和えているマザーの姿だった。


「うわああああっっ」

「あら、驚かせてごめんなさい。ノアは細かく刻むのが好きですね。私は嫌いなので手間が省けてうれしいです。この擂った野菜もソースで使いますね……どうしたんですか、ノア?」


 口をあんぐり開けて放心状態で立ち尽くしている私を、怪訝そうな顔で見ているマザー。絶対わかってやってるよね。


 絵の具、絵の具がぁぁぁぁぁ。私の夢の第一歩が会えなくマザーに料理されてしまったぁぁぁ。


 ショックを受けたまま手伝う事も忘れ、よろよろと自分の部屋に戻り枕に顔を埋めて泣いた。どれだけ落ち込んでいてもお腹は空くもので、夕飯時に呼びに来たトープに大人しく連行される。


 絵の具になり損ねた野菜は私のお腹においしく納まってしまった。思わず泣いてしまう程とてもおいしかった。


 次の日。始める前にスケッチブックも用意して、もっと手際よくやれば問題ない筈だと再度絵の具作りを試みる。


「セージお兄ちゃん、野菜ちょうだい?」


 昨日の今日でもらえないかもしれないから、精一杯のぶりっ子でおねだりをしてみた。両手を合わせて片側の頬に当て、首を傾げる。少し……いや、かなり恥ずかしい。


 どうだ、多分そこそこ可愛い幼女のおねだりだぞと上目づかいで見上げると数秒の沈黙。


 つ、辛い。


 セージお兄さんは唖然としていたが、突然お腹を押さえて笑い始めた。


「くっ……ぷっ、あはははははは。どうして女の子っておねだりする時におんなじことするんだろうね。ハライタイ」


 人当たりが良いセージお兄さんは頼まれごとをされることが多くて、孤児院の時の姉妹によくやられたそうだ。対象によっては可愛いと思うよりも脅しが入っている為、実は恐怖だったとか。


 おねだりが通じない悔しさと恥ずかしさで涙目になった私は、お兄さんを睨みつけた。ひとしきり笑った後はただひたすら謝る。……憎めない。


「ごめん。マザーから野菜を上げるのは止めてくれと言われたんだ。これから何度も野菜で絵の具を作る様になったら大変だからね」

「やっぱりわかってたんだ!マザーってばひどい」

「うーん、俺も食べてもらうために野菜を作っているからね。マザーの考えに賛成だよ」


 ぱちんと、熟れた野菜の根元をハサミで切りながらお兄さんが言う。


「そうか、孤児は食べられないのが当たり前なんだものね。感謝しないと」

「そうそう、せっかく美人さんに育った野菜こどもたちはおいしく頂いてほしいってのが農夫の本音だね」


 野菜に対する愛が強すぎてちょっぴり残念な感じも入っているセージお兄さんだった。

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