来訪者

 春になるとあちこちで七女神のためのお祭りがある。そのためこの辺りでは農閑期を利用して花を育て、町へと出荷する。市場で売られる時期を見計らってほとんどつぼみか咲き始めの状態で刈り取るので、タイミングが合わなかったものは観光の為に残されている。間引かれているとはいえ、色とりどりの花々が人々を楽しませていた。


 規模で言ったら町のお祭りには負けるかもしれないけど、バスキ村のお祭りだってこんなに華やかだ。花畑の間を歩く人々は笑顔を咲かせている。


 どこまでも続く晴れた空と花畑。とても絵になる風景だ。……とても、絵になる風景だ……。


「あーあ、絵の具があればなぁ」

「諦めろ、無いものは仕方がない。バスキ村孤児院名物、野菜クッキーはいかがっすかー」


 ちょっぴり遠い目をしながら、ぽそりと呟いた言葉をトープはしっかりと拾っていた。


 駅弁売りの要領で首から箱をぶら下げて、トープと一緒にクッキーを売り歩く。村の外から見知らぬ人もたくさん来るので、絶対に二人で一緒にいるようにフリントさんとマザーからしつこい程言われた。


 一緒に絵も売ろうとするが、お客さんが怪訝そうな顔をするので途中で止めざるを得なかった。華やかなお祭りなのに黒一色で描いた冬景色の絵は、売れるはずがない。


 紙を買い足しつつ何本かの筆やバケツなどの道具も買って、絵の具にそろそろ手が出せるかなという時期だ。このお祭りをもっと早く知っていれば先に絵の具を買ったのに、本当に私は商売の運ってものが無い。


 箱の上には野菜が練りこまれた優しい色合いのクッキーが袋詰めになって並んでいる。クッキーでさえカラフルなのに何で私の絵は未だに白黒なのだ。


「あら、可愛いクッキーね。お手伝いかしら?一つくださいな」

「はい、お買い上げ有難うございます」


 いけないいけない。暗い顔をしてたらクッキーまで売れなくなる。売り手が子供だけのせいか、かなりの勢いで売れていった。減っていくクッキーを恨めしそうに見るトープ。


「うう、全部売れちまったら俺らの食える分が無くなる……」

「あはは、マザーの事だから別にとっておいてくれてないかな」

「ノアの分はあるかもしれないけど、ちょっとつまみ食いしたのがばれたからな」


 私に対しての被害は無くなっているけれど、食べ物に対してはまだちょっとだけ手が出てしまうらしい。育ちざかりの男の子だし、剣の稽古もつけてもらっているのでお腹が空いて我慢できないのだろう。


「もしもらえなかったら私の分を分けて上げるよ」

「ホントか?やったっ」


 そんな事を話しながらクッキー売りに精を出していると、不意に名前を呼ばれた。


「ノアール?おいっ、もしかしてノアールじゃないか」


 振り向けば見たことのない、キツネのような目の男の人が立っていた。観光というよりは偶然村に立ち寄った旅商人のようないでたちだ。腕こそ掴れなかったが、逃げることも出来ず目も反らせない。返事も出来ずに立ち尽くしていると、トープが助け舟を出してくれた。


「おっさん、ノアの知り合いか?」

「知り合いってぇか、頼まれて探してたんだよ。君は?」

「ノアと……ノアールと一緒の孤児院で生活している。案内するか?」

「ああ、頼むよ」


 トープは私の手を引っ張り歩き出した。男は私たちの後を素直についてくる。どうにも胡散臭い感じがするけれど、でも私の気のせいかもしれない。顔つきだけでそんなふうに見ては可哀想だ。細身でひょろっとしていて、ちょっと猫背。別におかしなところなんて何にもない。


 私を探している人がいるって事は、その人の元に引き取られることになる。降って湧いたような突然の展開から、きっと拒絶したがっているだけだ。


 画材を簡単に買えないという不満はあるけれど、それなりに楽しく暮らしていたのに冷水を浴びせられたような気分。


 今まで、過去がどうだとか全く考えないでいた。名も無き村の人たちはみんな死んでしまっていたから手がかりも何もなく、フリントさんやマザーの知り合いから行方不明の子供について探ってもらって、特に誰も名乗り出なかったから天涯孤独なのだとばかり思っていた。


 絵描きになると言う将来しか見据えてなかったし、いずれはアトリエに入ろうという目標が、状況によっては本格的に叶わなくなってしまうかもしれない。貴族、富豪、或いは少しだけ裕福な一般家庭かもしれないけれど、どちらにせよ自由は今ほどなくなると思う。


 男をちらりと振り返ってみるが、全く覚えがない。消えてしまった記憶に感情でも思い出でも何かしら引っかかるような兆しも無い。


 恐怖……は、無い。代わりに、安堵や喜びと言った感情も全く無い。あるのはただ戸惑いだけ。


 トープがいてくれて良かった。私一人だったら抵抗することも無く連れて行かれてしまったかもしれないから。


「マザー、ただいま戻りました!」

「ノア、トープ。思ったよりも早く売れたんですね。その方はどなた?」

「私を探していてくれた人、みたいです」


 男は、私の隣でうやうやしく会釈をした。







「それで、知り合いの貴族に探してくれって言われましてねェ。事情が事情だけにおおっぴらにも出来ないんで、こうやって私めが内密に探すような事態になったんですよ、はい」


 外で祭りの仕事をしていたフリントさんも交えて話をしている。滅多に使わない来客用の部屋に、私と、大人しくしていることを条件にトープも一緒にいる。


 男はラセットと名乗った。名を明かせぬ雇い主の元で、便利屋のようなことをやっているらしい。説明によると私はその雇い主とは別の貴族の隠し子で、旅の途中で行方不明になってしまったと言う事だった。身代金の要求をされることも無く、大々的に捜索も出来なくて雇い主に泣きついたらしい。


「出来るだけお嬢様を自由にってのがその方の教育方針でしてね。それがアダになってしまったようです。似顔絵もほら、この通りなんですけど、まさか黒髪が真っ白になってるなんて夢にも思わねェですよ」


 そう言って差し出した一枚の紙には、確かに私の似顔絵が描いてあった。……結構上手だな。絵画的な緻密さはないけれど、特徴をとらえていて分かりやすい。自画像を描くときの参考になりそうだ。


 男の言うとおり、棺桶の中から生還して一年が経つと言うのに髪の毛は元に戻っていない。私としてはもうこちらの方が当たり前になっているので特に気にしていないけれど、やはり印象は変わってくるのだろうか。


 それにしても、どうにも胡散臭いしゃべり方だ。ペラペラと本当によくしゃべるのに、雇い主や依頼人に繋がる話は一切出てこない。


「ノアールが旅をしていたルートは知っているのか?」


 フリントさんが聞いた事も男は難なく答える。


「えっと確か領都を出発して、このバスキ村よりも西寄りのルートを通って、海沿いにある街が目的地だったはずです。そっちのルートをしらみつぶしに探していたんでこんなに時間が掛かってしまいやして」

「護衛はいなかったのか?」

「いたはずです。それなりの馬車にも乗っていたはずなのに残骸も何も全く見つからねぇんで、途方に暮れていたんでさぁ」


 フリントさんとマザーは、私が記憶喪失であることなど、出来るだけこちらの情報を伏せて相手から話を聞き出している。あんな発見のされ方をしたから、やはり二人も迎えに来た人間に対してかなり警戒すべきだと判断したらしい。


 本当の家族みたいな人たちに、簡単に放り出されなくて良かった。


「それで、このまま依頼人の元へ連れて帰りてぇんですが……」

「できません。既に孤児として届け出をしていますし、引き取り手の身分が明かされないのであれば認可も取れません」

「ですよねぇ……取り敢えず今日の所は帰って雇い主にどうするか聞いて、後日また来ます。すんません、下っ端なもんですからどうにも判断できねぇんで」

「いえ、こちらもそうして頂けると助かります。あの、少々お待ちください」


 マザーは部屋から出て行ったかと思うと、すぐに戻ってきてクッキーの袋を一つ差し出した。袋には、売っている時にはついていなかったラベルが貼られている。ラベルにはさりげなく魔法陣を組み込んだイラストとバスキ村孤児院クッキーの文字。


「こちらをその方にお渡しください。せっかく来て頂いたのに、手ぶらで帰らせてしまうわけにもいきませんもの」

「あ、こりゃどうも。ご丁寧に有難うございます」

「ノアールは元気にやっているとお伝えくださいね」


 マザーがにっこりほほ笑みながらクッキーを渡す。あれは多分―――知識を司る藍色の女神と光を組み合わせた追跡用の魔法陣。何だかスパイ映画みたいでドキドキする。私も気付いてしまったけれど、マザーを見習って自然に振る舞えるように気を付けた。


 ラセットは何度もお辞儀をしながら孤児院を出て行った。 

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